14:エピローグ・カーテンコールを皆様に

「ご支援、誠にありがとうございました。皆様のおかげで、こうして『ざまぁ』を果たせました」


 カメラ目線で、公治は深々と礼をした。


「また、対象No.5、皆月日奈に関する違約行為に対しても、寛大な対応をありがとうございます。その他5名については当初の誓約の通り、今後の処遇を皆様にお任せ致します…… かして換金するも、バラして換金するも、どうぞ御随意に」


 頭を上げた公治の顔は、すでに無表情な能面ではなかった。控えめで穏やかな、安堵するような微笑みが浮かんでいた。


「重ね重ね、本当にありがとうございました。応援して下さった全ての方々に良き日々がありますよう、また、この業界に更なる隆盛がありますよう、お祈り申し上げます」






 こうして、事件は終わった。




 皆月日奈は、行方不明になった3日後に、警察に保護された。

 常駐の社務員もいない、小さな神社の拝殿の隅で、隠れるようにうずくまっていたところを発見された。

 どうしてこんなところに? と尋ねると、まぁ神様の御導おみちびきみたいなもので…… と答えるなど、一時は要領を得ない発言をしていたが、健康状態に大きな問題も無く、無事に親元へと返された。

 ご迷惑おかけしました、と恥ずかしそうに頭を下げた彼女の頬は血色も良くなっていて、見送る警官達も安堵した。


 皆月日奈が見つかったことで期待されたが…… 池口蓮也、鬼塚龍一、伊沢凛子、金堂貴志、そして住田美花の5名の行方は、未だ分からないままだった。

 それ以上は行方不明になる生徒が出ることもなく、休校は1週間程度で解除された。

 一時期は反社の関与、集団駆け落ち、某国の拉致、果ては神社で見つかった少女の話に尾ひれが付いて生まれた妖怪の仕業しわざ説まで、様々な流言飛語が町内からネットまで駆け巡った。

 だが、新たな展開も無く、続報も寄せられない事件は一月もすれば世間から忘れられていき、不安と悲しみにくれる家族だけが残された。


 公治のクラスは火が消えたように静かになった。

 ヒーローも、チャンピオンも、クイーンも、プリンスも、アイドルも消えた。


 イベントを仕切っていた美人委員長が、放課後も休日もバイトに精を出すようになり、クラスで遊びにいく機会がめっきり減ってしまった。


 ……公治に手を出した人の中で、今も学校に来ているのは、曲がりなりにも人前で謝罪していた彼女だけ。

 それでも、公治に向かって、お前がやったんだろ、と言い出すクラスメイトは、一人もいなかった。

 皆、先を争うように頭を下げ、震える声で謝罪を繰り返した。

 

「別に、俺を疑うのは仕方ない。証拠も無しに無実だと決めつけてくれ、なんてことは言わない」

「だが、お前たちは俺を疑ったんじゃない。犯罪者だと決めつけた。容疑者と犯人の違いは分かるよな?」

「仮に相手が本当に犯罪者であったとしても、国家資格を持たない人間が勝手に罰を与えれば犯罪になる。その自覚と覚悟があったのか?」

「自分の何が悪かったかよく理解した上で、軽率に人を攻撃するような真似まねは慎むことだ。今後の行動で反省を示してくれ」


 高校生が正論を並べて同級生に説教するなど、ちょっと前のクラスであれば笑い者にされるだけだっただろう。

 今では誰もが真剣に耳を傾けた。分かった、肝に銘じる、ありがとう、などと神妙な顔でうなずいた。


 そして、公治は変わらず、休み時間は一人で本を読み、放課後はバイトに向かう学園生活を送っていた。

 しばらくは居心地が悪そうにしていたクラスメイト達も、徐々にそんな状況に慣れていく。

 賑やかなクラスが、落ち着いたクラスに変わった。それだけ。

 やがて、あの5人がいなくなったことなど、どうでもよかったように…… まるで初めからそんな連中などいなかったかのように、クラスでは和やかな談笑が交わされるようになっていった。




 皆月日奈は、掛け替えの無い日常を満喫していた。


 初めのうちはさすがに戦々恐々としていたが、風俗に沈められたり内臓を売られたりすることもなければ、ストレス解消に殴られたり犯されたりすることもない。

 それどころか、怒鳴られたり嫌味を言われたりすることさえなかった。ら抜き言葉も別に直さなくてもいいって言われたし、二度と指摘されることもなかった。


 クラスのみんなと遊びに行く回数は激減したが、バイトはバイトで楽しかった。

 そのバイト代の半分はご主人様に献上する生活だが、美花たちの末路に比べれば天国みたいなものだろう。

 ちゃんと話すようになってすぐに分かった。薄々思っていた通り、住田公治はに冷静で、理知的で、温厚な人間だった。人を思いやり、多様な価値観を認め、理不尽を嫌った。


 いい人だね、と、言ってみたことがある。

 まさか、と返された。

 俺は犯罪者だ。現行の法律、特に刑法を信頼していないクセに、都合のいい時だけ利用する卑怯者だ、と言われた。

 父親の話をこぼした時と同じ目をしていたので、反論とかはしなかった…… 住田すみだ公治がまだ久住くずみ公治だった時、彼の父親は、ある事件の犯人達が、出所後に元受刑者を集めて作った犯罪組織に殺害されたらしい。


 せっかく褒めてるのに、ほんとノリが悪いなぁ、と日奈は思う。

 まぁ、割り切って付き合うしかない。生かしてもらってるだけで丸儲けなのだ。不満なんか言ったらバチが当たる。


 ご主人様の言う通り、いい子にしてればいい。

 バイト先に口下手な同僚がいても、先輩たちとつるんで笑い者にしたりなんて、もうしない。

 面白半分で人を傷つけなければいいだけという、今にして思えば当たり前すぎる、まともな生き方。

 美花や蓮也のご機嫌を伺うよりも、よっぽど楽じゃん?


 首に付けられた、妙に武骨なチョーカーに、そっと手を触れる。

 詳しい説明はされなかった。外し方も知らない。月に一度はメンテナンスすると言われただけだ。

 まさか、本当に爆弾だったりするんだろうか……

 まぁ、気にしても仕方ない。首輪が有ろうが無かろうが、公治を裏切ることなんてできやしない。

 恥ずかしい動画を撮られてしまっていることも…… いや恥ずかしいなんてレベルじゃない、犯罪系YouTu6erのトップを取れそうな頭イっちゃってる動画だけど…… 別にどうでもいい。

 裏切るとか逆らうとか、うっかり考えただけでパニック発作を起こして死にそうになるんだから。マジで。救急車呼ばれた。


 いつか、彼とまともな関係を築ける日が来るのだろうか?

 自分みたいな人間のクズが、彼の信用を取り戻せることがあるのだろうか?




 彼があの時、「教えてくれよ」と祈るように問いかけた言葉に、本当の意味で答えてあげられる日が来るのだろうか?




 まぁ無理でしょ、と投げ出した日奈は、スマホをタップしてスケジュール帳を開くと、バイトの合間に課題を片付ける段取りを考え始めた。

 犬なら犬で、警察犬や牧羊犬には負けたくない。デキるところを見せて、せいぜい可愛がってもらわなくては。




 星良ちゃんは、お姉ちゃんみたいにならないでね。お願いだから、真っ当な人間に育ってね……






(完)

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