美少女ロボット。人間になり、人間を知る。

@esora-0304

第一章 カーヤ人間になる

1、 

『という仕事を‥‥‥』

 イヤホンから聞こえるお気に入りの曲を聴いていたら、

「カーヤ。お前は人間になる」

 突如そう告げられカーヤはイヤホンを耳から外し、小首どころか大首を傾げた。人間の首では曲がらないほどに。

「ハカセ。ハカセが何を言ってやがるか、理解するには私が持っている処理速度じゃ、演算が間に合わないのですが?」

「うん、とりあえずカーヤ。君はもう少し本音と建前を使え分けられるようにしようか」

「わかりました。ところで酒に酔った勢いで言ったとしか考えられないトンチンカンな発言について、さっさと説明を始めてください」

「‥‥‥大丈夫かな、この子で」

 そう言って、ブショ髭でしわくちゃな白衣に身を包み、酒を水のように常時服用しているため、常に頬が赤い博士こと畦野は不安げな視線を目の前の少女に向ける。

 個体ナンバー001(他にないけど、格好良いからそうつけた)彼女の名前はカーヤ。黒いショートボブの髪に、オレンジ色の瞳。白いワンピースを着こなし(今は秋なので、見た目は少し寒々しい)一見しただけでは十六歳ぐらいの女の子にしか見えないが、人工知能を搭載したロボットである。

「人間よりも、人間らしいロボットを作るのが私の夢。と仰ったハカセがついに夢と現実をごっちゃにした発言をしはじめたことに説明をしやがれ」

「カーヤ。もう少し私に対しての敬いの心を持った発言をしたまえ」

「敬い‥‥‥‥対象を高位のもの、上位のものとして礼をつくす意」

 カーヤは流し目で畦野をみる。そして大きく首を傾げる。

「高位?」

「そりゃそうだ。俺は君の創造主。つまり神様みたいなものだ」

「‥‥‥まぁ、そういうことにしときましょう。それで神様。説明を」

 なんだか、とても馬鹿にされている気はするが、話が進まないのでなんとか飲み込み、一枚の資料を彼女に渡す。受け取ったカーヤはサッと目を通す。とある女の子プロフィールだった。

橘柚月たちばなゆづき。すいません幼いかと」

「なんの話をしている」

「ハカセのお嫁さんでは?」

「四十近いおっさんが十六歳の女の子を嫁として出迎えるわけないだろ!常識的に考えて、発言をしろ!」

「でも、博士は常に常識に囚われるな。常識とは覆すものだと」

「本当に良い性格に育ったな、お前」

 頭を抱える畦野。

「植物状態って、わかるか?」

「脳幹。生きていくために必要な臓器に指示を出す司令塔。以外の脳の機能が失われた状態です」

「ああ、彼女は数年前の交通事故で、植物状態になっている。意識を戻すかもしれないが、戻らないかもしれない。それまでには莫大なお金がかかる。経済的な理由で諦める人も多い。

 そしてこの橘柚月のご両親も、苦しんでいる」

 何か実感がこもったような言い方だ。

 「そこで君が出てくるわけだ。カーヤ、君の人工知能を電気信号として彼女の脳に送り、それによって彼女の失われた脳の機能の代わりに彼女の体を動かす。言葉は美しくないが、リモートコントロール。ラジコンのみたいなものだ」

「そんなことして何になるのですか?」

 中々に長文を話したのに、カーヤの返答はとても早く、そっけない。実に彼女らしいと畦野は微笑む。

「そうだ。最初は上手くいっていても、どこで問題が生じるかは分からない。

 最悪彼女の脳の唯一無事な機能である脳幹にまで影響を及ぼし、脳死。不治の病になるかもしれない。

 大体、その状態で生きているとは言えない。いうならばゾンビだな」

「もったいぶらないで、さっさと結論を言いやがれ」

「だからもう少し口調を。ああ、もういい。

 ああ、そうだ。私の目的は、普段は脳から体への電気信号を、体から脳に送るというものだ。

「体から脳?」

「ああ。脳の機能は止まっている。でも、彼女の体は常に動いているんだ。

 手足を動かし、口を動かし、食事をして、排泄をして、睡眠をしている。

 そうなってくると脳はもしかしたら勘違いを起こして、彼女本来の脳機能が再び動き出す可能性があるんじゃないかと、私は踏んでいる」

 カーヤは検索をかける。だが、当然。

「前例が全くありませんけど」

「ああ、ないな。だが、前例があるものに探究心を向ける科学者などいない。

 やってみる価値、私はあると思うし、彼女の両親も望んでいる」

 橘柚月の両親の気持ちはカーヤには分からない。親どころか、人間ですらない彼女には万が一でも理解できることじゃないだろう。

 そして理解する必要もない。

「私は個体ナンバー001。カーヤ。

 マスターであるハカセによって救われて、ハカセの研究のご助力になるために生まれたものです」

 全く光らないオレンジ色の人工的な瞳。いうならばカメラでこちらをみてくるカーヤの瞳をじっとみる。

「わかった」

 目を瞑り、そう言った畦野の顔は少し寂しそうにカーヤには見えた。

「後、一つ言っておくことがある」

 そう前置きして、畦野が言った言葉に。

「わかりました」

間髪入れずに答えたカーヤに畦野は心の中でつぶやいた。

 やっぱり、お前人間じゃないんだな。

 と。

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