夢の中へ
モンタロー
9
僕はこの瞬間が好きだ。
昼休み。早々にコンビニの5本100円のスティックパンをせっせと口に詰め込む。
「福引きか」
今日は来週の修学旅行に向けてショッピングモールに服を買いに来ていた。
どうやらイベント期間だったようで、一階の広場の真ん中で抽選会をやっていた。
やっと自分の番が回ってきて、笑顔が素敵な受付のお姉さんにレシートを渡した。
「合わせて10,120円ですね。こちら十回分の福引券です。左にお進み頂いて係りの者にお渡し下さい」
そうして言われるがままに回した福引で奇跡が起きた。
「おめでとうございます!二等の1万円分お食事券です!」
変に一等の旅行券とかが当たるより使いやすくてずっと嬉しかった。今日の買い物は実質タダだ。
レストランフロアを探索し、食事券を使う店を決める。
最後まで高級焼肉と悩んだが、回らない寿司にした。
目の前でいかにもな感じの大将が握った大トロを僕の前に差し出した。
脂の乗った刺身が僕を誘惑していた。
チャイムの音で目が覚めた。
いいところだったのに。
「
まだ外界を確認しきれていない霞んだ頭に聞き馴染みのある優しい声が届く。
眠い目を擦って振り返るとそこに立っていた彼女、山田さんは僕の顔を覗き込んでいた。
「今日の放課後予定ある?相談があるんだけど……」
「今日か……ごめん今日は予定があるんだ」
「早く行こー!」
そのとき廊下から彼女を呼ぶ声が聞こえると、彼女ははーい!と快活に返事をしたあと僕に
「また今度都合のいいときお願いしたいな」
と言って小走りで友達の元へ向かった。
どうせその相談というのはまた隣のクラスの彼のことだろう。
彼女への気持ちは、彼女に伝えても困らせてしまうだけだろう。そう抑え込むことは出来ても彼女の背中を押すことはどうしても出来なくて。いつも恣意的に彼女に不利なアドバイスをして無駄な抵抗をしてしまう。ほんと僕、嫌な奴。
午後の授業を終えたら手早く身支度を済ませて、そのまま歩いて五分程度の場所にあるオレンジの看板のコンビニへ向かう。
バックヤードで制服に袖を通して、すぐ持ち場についた。
帰り際に店長に頂いた売れ残りの弁当を手にぶら下げて帰路に着く。
日が落ちた町に
数分歩くと家に着き、戸を開けると酒とあたりめと煙の臭いが混ざりあっていて
父さんが家を出て間もないのだろう。
母さんが死んでからの半年。あのクソ親父は働きもせずずっとこんな調子だ。外に出るようになっただけましか?いや、
仕方なくちゃぶ台の上の酒の缶を片付けて、頂いた弁当を広げた。
海苔弁を平らげて、時計を見る。家を出るまであと一時間といったところか。
次のバイトまで三十分だけ仮眠をとろうと少し埃っぽい布団に体を預けた。が、さっき寝たばかりであまり眠たくなかった。どうせバイト中に眠くなるなら今寝られればいいのに。
この時間で部屋を掃除しようとも思ったがそんな気にもなれず、なにがなしにテレビをつける。
画面に映ったのは貧困世帯を特集したニュースのコーナーだった。
市販の風邪薬でも気持ちよく眠れるらしい。
この番組は薬物乱用の啓発を目的に放送されているのだろうが、眠ることだけが毎日の楽しみである僕には広告でしかなかった。
「あ、もうそろそろ出ないと」
夜のバイトは給料が良いので、遅刻なんてする訳にはいかない。
バイトを終えて家に帰ってきた。
父さんは寝ているようだがどうでもいい。
年齢を偽って夜勤をしていたことがバレて、またクビにされてしまった。
これで何回目だ。
こっちはこうでもしなきゃ今日の飯も約束されていないのに。
そこでふとさっき観た番組を思い出した。
滅多に開けない薬箱を開けて風邪薬を取り出し、適当にひっくり返して飲み込んだ。
数分でさっきまでグルグル頭の中を駆け回っていた悩み事がどうでもよく感じられて、泥のように眠れた。
「海野くーん。起きて、着いたよ」
そこは電車の中だった。隣にいたのは山田さん。
そうだ、今日は山田さんと水族館に来ているんだった。好きな人と遊びに行く行きの電車で寝た自分を疑った。
改札の所に水槽があって、無数の小さな
水槽をバックにふたりで写真を撮り、水族館に向かって海沿いの道を歩いた。
水族館の建物が見えてくるまで一度もお喋りは尽きなかった。他愛もない話だが、幸せな時間だった。
学生用のチケットを二枚買って、ゲートの前に着いたとき、突然大きな音が鳴った。何度か止めたがその度鳴った。
目が覚めると、見慣れた部屋でスマホが爆音を鳴らしながらブルブル震えていた。
いいところだったのに。
でももう大丈夫。いい方法を見つけたから。
そう思って嫌々身支度を済ませ、学校へ向かった。
それからは毎晩薬を飲んで寝た。飲まないと眩暈や悪寒がするようになったが、それを我慢した先に、父さん母さんとの当たり前の日常や、山田さんとの時間が待っているのだからこれくらいどうってことはない。
僕は今、世界一幸せだ。
薬の瓶を取り出す。中身はもう残り僅かだったので、全部口に入れて飲み込んだ。
葉月の夜は冷える故、布団を取り出し頭まで被って床に就く。幸せな時間が待っていると思うと笑いが止まらない。
枕は濡れていた。
夢の中へ モンタロー @montarou7
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます