第25話 冒険者ギルドに猫耳っ子がいました

 さて用事の済んだ俺達は、王都の混雑した街並みを歩いている。


 人混み、それは陰キャにとっては相いれない場所だ。


 陽キャみたいに、「わぁ、賑やかで楽しいね!」などという強メンタルかつポジティブな発言は決して出てこない。


 理由は簡単、陰キャには共感力と言うモノが装備されてない。


 健全かつ賑やかで明るい活気というものに対し、その楽しさにワクワクするなどと言う共感力などない。


自分だけが周囲と雰囲気に取り残され、強い拒否感と虚無感に囚われてしまう。


 例えば、文化祭やクラスマッチに運動会、大勢が一同に会する場所では、みんなが感じる楽しさとは裏腹に、俺は一人ぼっちでより一層自分の孤独を味わっていた。


 思想家エマーソンは言った。「群衆の中にあっても孤独を守る人こそ、至高の人である」と。


 つまり、群衆の中で孤独を感じる陰キャこそ、人間にとって至高の形態と言えるのだ。


 俺は孤独を友として生きていく。期せずして俺は至高だったのだ、うん。


 と言う訳で、そんな至高の人である俺は、王都の人混みに飲まれ押されまくり、「あっ、すいません、邪魔ですか、あっ、ごめんなさい、ど、どうぞ」とペコペコへりくだってアタフタしていた。


「おいトウノ、こっちだ、迷子になるぞ」


 群集に飲み込まれまくる気弱な俺に、ミルが心配して声をかけ手を取り引っ張ってくれた。


「ああ、すまん」


 ふ~、助かった。


あのままだと俺は確実に迷子になり、野良犬の様に生きてゆくしかなかったな。


恐るべし王都表通りの大群衆、次は路地裏の道を調べ上げこそこそと歩こう。


 さて現在、装備を整えた俺達は再びミルの案内で、今度は冒険者ギルドを目指していた。


 ただし、俺は冒険者ギルドの中に入る気はない。


 何故なら、大勢の荒くれ陽キャ冒険者達で溢れる場所にわざわざ出向くなど、ダンジョンより危険で怖い。確実にトラブルの地雷地帯と言える。


陰キャ危うきに近寄らずどころか、腰が引きまくって逃げ惑うだ。


 最初に欲しかった必要な情報もヒヨリとミルから聞いたし、すでに冒険者登録も済んでいるし、冒険者カードもあるし、さらにはシステム的にギルドに行かなくても報酬は入金されている。


 つまり俺としては、このままダンジョンに潜ってこそこそと働いて、地味に生活を送っていければ何も問題ないと言う訳だ。


 とは言えミルが「場所くらい知っておけ」と言うので、一応の所在地確認だけの為に案内してもらっていた。


ビビる俺としては、ヒヨリの結界が早速役立ちそうだと密かに思っていた。


と言うか、もう張っといていいですよ。


「ここだ」


 ミルがそう言い指差した建物は、俺の想像の斜め上を突っ走っていた。


「えっ、ここ?」


 なんですか、これ? お洒落オーラが凄まじいんですけど。


 荒れくれ陽キャ共が集う、よくある古風な冒険者ギルドとはまるで違う。


 その様相は中世風ではあるが巧みにモダン建築を取り入れ、まるでヨーロッパのナショナルブランドショップを巨大化させたみたいだ。


 大袈裟なでかい看板などもなく、壁に小ぶりな金のプレートが打ち付けられ、確かに《冒険者ギルド・王都本部》とシンプルに書かれている。フォントも嫌味なくお洒落だ。謎の中二フォントとは違う。


 その敷地面積も庭付きで開放感が溢れて広く、おまけに隣接するのは酒場ではなくお洒落なオープンカフェテラス。


 外からでも見える優雅な空間には、大勢のリア充冒険者達がくつろいで座り、陽気な日光を浴びながら楽しそうに談笑している。皆さん様になってます、俺には無理。


 彼らは冒険者と言えど身に付ける装備は洗練され、髭面で強面のおっさんもいるが、明らかに上質かつ気品を感じるお洒落オヤジだ。


ましてや若い男女の冒険者に至っては、もう眩しくて直視出来ない。思わず「俺なんかが冒険者になってごめんなさい」と言いそうになった。


 普通は古臭い木造建築に隣接する騒がしい酒場あり、乱暴な言葉が飛び交い、癖のある男女がたむろする、とかじゃないの? 


そんな俺の持つイメージとは完全にかけ離れ、クリーンでスタイリッシュな空間がそこにあった。


 もうこれは入る入らないじゃない。


 もし俺が入ろうなどと考えれば、高級レストランなどにあるドレスコードと同じく、ギルド陽キャコードに引っかかってしまい、きっと迷惑行為で黒服SP「二度とくんじゃねぇぞ!」とボコられて終わりだ。


すいません、調子に乗ってました。俺がギルドに入るか選ぶのではなく、ギルドが入れる人を選ぶんですね。ご指導ありがとうございます。


 そんな風に恐れ戦き、さっさと帰ろうとしていた俺の腕をミルが掴む。


「トウノ、折角来たんだ、一応中をのぞいていけ。入り口はこっちだ」


「いや、俺が馬鹿だった。多分これ以上近づくと胃に穴が空き血を吐きそうだ」


「何を言っている? 行くぞ」


 戸惑う俺の腕を引き、ミルが向かったのは建物の横の路地。


「えっ? どこに行くんだ、ミル?」


「そっちの表は陽キャ冒険者専用スペースだ。我々属性反転者専用の入り口はこっちにある」


 すると、建物の日陰になり暗く狭い路地を進むと、ミルがマンホールのふたを指差した。


「ここからだ」


「へっ?」


 ミルが慣れた手つきでマンホールを開き、穴の中にある地下へと続く梯子を降りろと言う。


 呆気にとられつつ言われるがままに、ヒヨリ、俺、ミルの順番で梯子を降りた。


 俺が上を見るとミルが器用に内側からマンホールを閉めていた。流石はスパイ、こういう仕草は手慣れているな。ところでどこに行くんでしょうか?


 梯子はすぐに終わり、俺達は臭い下水道が流れる地下通路に降り立った。


 完全に真っ暗で視界は悪く、何も見えない。


「ちょっと待ってくれ」


 最後に降りたミルがそう言うと、気付かなかったが壁のくぼみにランタンが置かれていた。それを手に持ち、軽く魔力を流すと頼りない光が灯った。


「こっちだ。一人で来るときはこの壁の矢印を見失なうな。ランタンは予備があるが使った分はキチンと戻せ」


 そう言い手に持つランタンを壁にかざすと、白いペンキで大雑把に描かれた矢印が描かれている。


「って、ミル。なんなんだここは? 地下通路とか完全にレジスタンスかなんかじゃないか、お前、又どっかの支部に俺達を連れて行く気か?」

 

「安心しろ、ちゃんとした正規の属性反転者専用ギルドがこの先にある」


「マジですか!」


 ちゃんと棲み分けがが行われてるのね、流石は差別国家、安心しました。


 通路の空気はじめじめと湿度が高く、横の水路では汚水が濁流となりうねり、カビや苔のある幅一メートル程ある嫌な踏み心地の地下通路を歩く。そこでは、ただ寂し気に俺達の靴音だけが反響していた。


そして少し進むと大きな脇道があり。その奥に【冒険者ギルド・ようこそ属性反転者様】と古びた看板を掲げる木造の怪しげな扉があった。


もはやダンジョンの隠し部屋に近い。


「ここは上にあるギルド本部の真下に当たる場所で、一般冒険者と隔絶して属性反転者を受付している。では入るぞ」


「なんか、ここまで来ると逆に興味が湧くな」


 表のギルドにビビりまくった俺でも、この怪しさはちょうと好きだ。


 無愛想な木造の扉にミルが手をかけ開くと、突如もわっと黒い煙が湧いた。


「な、なんだ、これ、火事か!」


 俺が入り口から後ずさると、ミルは構わずに中に進む。


「気にするな。―――おい、カミユ、いつも喚起をしろと言ってるだろ!」


 ミルは煙の中に入り、平気な顔で声をかける。


「あっ、その声はミルさんにゃ! いらっしゃいませー――にゃっ!」


 年若い女の子の可愛いらしい声が聞こえたと同時に、でかいうちわがブンブン振られているのが見えた。祭りですか?


「いやぁ~、失礼致しましたにゃ!」


 煙が晴れると、そこにはでかいうちわを握り締め、小柄だが大きな瞳がくりんとした猫耳の女の子が、何故かメイド服で立っていた。


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