第29話 トラブル
市役所と0番線商店街の合同イベント開催に向けて準備を着々と進めていく。
脚本の内容やステージ企画について考えたり、市役所や商店街の担当者たちと打ち合わせをしたり、毎日忙しい。
それでも最高におもしろいイベントにするため、みんな
一志は学校と仕事の両立が上手くできず体調を崩しかけた。
そんな時に学校と声優をこなしていた玲の助言が大いに役立った。
持つべきものは優しい幼馴染である。
ただし脚本に関する話し合いでは、いつも以上に白熱して情け
なんとか〆切までに脚本を完成させた一志は、いつものように最初に玲に読んでもらった。
今回も10分程度の長さの朗読劇。
登場するのは、もみじの妖精のモミジロウくんとモミコちゃん。
彼女は表情一つ変えずなにも言わずに読み進めていく。
「ねぇ。これって本当に一志が書いたんだよね?」
背筋に嫌な汗が流れる。
緊張のあまり声が出せず、うなずくことしかできなくなった。
「大丈夫。おもしろいよ。こんなにすごい作品なら私もがんばらないとね」
玲は、とびきりの笑顔と明るい声でそう言った。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
そして当日の朝を迎えた。
一志と玲は0番街表通りを歩きながらイベント会場まで向かう。
商店街のシャッターには、鉄道の街らしい電車の絵が色鮮やかに描かれている。この町で生まれ育った人には見慣れているものでも、今日はいつもより輝いて見えるようだった。
「ねぇ一志」
「なに?」
「どうして中野零ってペンネームにしたの?」
「前に言わなかったか。僕には才能がないっていう自虐と、それでもがんばるっていう決意」
自分で言っておきながら恥ずかしくなってきた。
子どもの頃に付けたペンネームとはいえ、改めて声に出したり意味を話したりするとカッコ悪い。いや、かなりダサい。
今からでも別のペンネームに変えようか。
それでも愛着があるからどうしようか。
「それだけじゃないでしょ」
「え?」
「ペンネームの由来。別の意味も込められてるでしょ」
「……0番街が好きだからって意味もあるけど」
まさか玲は気づいているのだろうか。
一志は適当にごまかして歩を速める。
角を曲がって裏通りに入るとイベント会場が見えてくる。
駄菓子屋の前にある公園の敷地内には特設ステージと関係者控え室のテントが建てられている。これからスケジュールの最終確認とリハーサルを行う予定だ。
しかし、どこか様子がおかしい。
ステージ前はすでに人で埋めつくされ、人の波は道路にまで及んでいる。裏通りはイベントのために車が通らないようになっているが、前回のあおぞら朗読劇の倍、いやそれ以上の数の人が来ている。
しかも親子連れではない、二十代から三十代くらいの男性が多いようだ。
「イベント開始までまだ時間あるよな? なんでこんなに人がいるんだ?」
一志は首をひねりながら時計を確認すると、やはり開始時刻までまだ一時間以上ある。前回のイベントがそれなりに成功したと言っても田舎の小さなイベントだ。ここまで盛況になるとは思ってもいなかった。
「うん……なにかあったのかな……」
たくさんの人を見るとまだ恐怖する玲が言葉少なにつぶやいた。
ボランティアスタッフは、人波がこれ以上広がらないように整理してくれている。
客の一人がアニメのキャラクターTシャツを着ているのが目に入った。それは玲が声を担当したアニメのヒロインだった。
テント内に入ってすぐに今日の主役であるモミジロウくんモミコちゃんが出迎えてくれた。といっても着ぐるみだけ。担当する市役所職員は、まだ到着していないらしい。
顔色が悪い玲をイスに座らせ、一志は事情を知っていそうな人を探す。
「そうですか。わかりました。お気をつけて。いえ、こちらのことは心配しないでください。はい、それでは失礼いたします」
誰かと電話していた本山が通話を終えて一志の方を向いてすぐに告げる。
「申し訳ありません。広報課の職員二人がここに来る途中で事故にあったようです」
「えっ! 大丈夫ですか?」
「ケガはないと言っていたので大丈夫だと思います。しかし……」
本山は、もみじの妖精たちの着ぐるみに目を向ける。
そうだ。
職員が来られないということは彼らに命が宿らない、魂が込められないことを意味している。モミジロウくんとモミコちゃんの息の合ったダンスを練習していたのに、それを見せられないのは残念だ。
「すぐに代わりの職員を呼んでもらえないか確認します。今できる最善のことをしましょう」
こんな時でも落ち着き払って対応する本山が頼もしい。
「よろしくお願いします。ところで、この人の多さはなんなんですか?」
一志は本当に聞きたかったことを尋ねる。
「わかりません。チョコの話では、早朝から待っていた人もいたそうですが」
ますます訳がわからない。
新作ゲームの発売日や有名アイドルや歌手のイベントならわかる。
しかし、無料の子ども向けの朗読劇イベントにこれだけの人が並ぶ理由がまったく思いつかない。
「これだけ多くの人に来てもらえるのはありがたいことではあります。けれどこれは異様です。今はチョコや商店街の人たちに調べてもらっています」
「わかりました。僕も手伝ってきます」
一志も自分にできる最善を尽くそうとした時、突風を起こすかのように誰かが入ってくる。
千代子だった。
今日はエプロンではなく派手な柄のTシャツを着ている。
「原因がわかったぞ! 街の電柱とか掲示板の至るところにこんなのが貼られてた!」
千代子の太く低い声に怒りの感情が混ざっている。
目つきも鋭くて今にも暴れそうな気配を漂わせている。
「お疲れさまです。見せてください」
本山は、平然と近づいてきて千代子の手に収まっていた紙を受け取る。強く握られていたせいでボロボロになっていたが、どうやらそれはチラシらしい。
テーブルの上で広げると、本山の眉間に小さなしわが寄る。
一志も見てみると怒る理由にも納得がいった。
『現役女子高生声優・天ヶ沢玲が朗読劇イベントにやってくる!』
『美少女声優・天ヶ沢玲が復活! ステージで歌と踊りを披露するよ!』
ゴシップ記事のような煽り文句に本人の写真まで大きく貼られている。
もちろん、市役所や商店街が作ったものではない。
しかし、いったい誰がこんなものを作ったのか。
玲が声優をやっていることやこの町にいることを知っている人は多いから犯人を特定するのは難しい。
「これだけじゃねぇ! SNSでもどっかのバカが宣伝してたらしいんだ! クソッ!」
千代子は怒り足りないのか、汚い言葉を吐きながらチラシを丸めてゴミ箱に捨てた。
一志は携帯端末で『声優 天ヶ沢玲』で検索してみる。
それらしいものがすぐ見つかった。
アカウント名は『声優・天ヶ沢玲の復活を願うファン』。
話している内容も玲のことばかり。
図書館のあおぞら朗読劇のことも、今回のイベントについてもずっと前から言及している。
「誰が……どうして……」
冷静になってSNSを見直してあることに気がついた。
このアカウントは少し前に作られたばかりらしい。
その頃は、まだ企画が動き始めたばかりだ。
それなのに、どうして知っているのか。
犯人はイベント関係者ということか。
いや、それ以外にも知っている人がいる。
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