第15話 秋功学園文芸部
「どうして……」
そんなこと言うんですか、とは聞けなかった。
そもそも話してほしいと言ったのは一志だ。
本山はそれに従って正直に話しただけ。
感謝するのはいいけれど、怒るのも悲しむのも違う。
だから、今聞くべきことは他にある。
「よければ詳しく教えてくれませんか。秋功学園の文芸部がどんなところだったのか」
「わたしは構いません」
「本当ですか? ありがとうございます」
「しかし何年も昔のことですし、一週間で退部したからあまり詳しくないですよ」
「え、一週間ですか?」
あまりの短さに驚いた。
それでは仮入部といった方が正しいのではないか。
しかし、まじめで責任感の強い本山がそんなすぐに退部するとは考えにくい。知り合ったばかりとはいえ、彼女の人となりを知る程度には会話をしている。
だとしたら、ここには長くいられない。すぐにでもやめたい。そう思える理由があったのではないか。
「それでも聞かせてください。お願いします」
「わかりました」
本山は近くにあったベンチに座る。
少し距離をあけて一志も腰を下ろす。
「わたしが文芸部に入った理由は二つあります。一つは、本好きな友達を見つけるためです。本について語り合える人が周りにいなかったので、ここなら見つけやすいと思ったんです」
たしかに本について議論できる人を見つけたいなら文芸部ほど適した場所はないだろう。ネットでも簡単に見つけられるが、面と向かって話す方が楽しいこともある。
「もう一つは小説を書いてみたかったからです。わたしもこの町出身の作家さんがいたことは知っていたので、その文芸部に入れば小説の書き方を学べると思ったんです」
本好きな人が小説を書くようになるのはよくある話だ。漫画好きな人が漫画を描くようになり、音楽好きな人が楽器を演奏するようになるのと同じ理屈だ。
友達を見つけたいから。小説を書きたいから。入部理由としては、いたって普通だ。もしも文芸部が廃部になっていなければ一志も似たようなことを入部届に書いていただろう。
しかし、本山が文芸部に所属していたのは7日間。
たったそれだけの期間で本好きな友達を作ることや小説の書き方を学ぶことはできたのだろうか。
「ところで、秋功学園の入学理念は今も変わりありませんか?」
「ええ。今も文武両道、実力主義、競争主義ですよ」
「そうですか……」
本山の声に変化はなかったが、ほんの少しだけため息が混じっているようだった。
秋功学園の教育理念は、文武両道、実力主義、競争主義の三つが掲げられている。
文武両道とは文字通り、勉学と武道の両方が優れていること。この学校では勉学と部活動の両方でいい成績を収めるように指導されている。実際、武道やスポーツ系の部活動では、全国大会に出場するほどの強豪校として知られているらしい。
実力主義と競争主義は、すべてにおいて成績で評価されると言い換えてもいい。入試の成績で一組から六組まで生徒が振り分けられ、進級時には定期試験の成績でまたクラス分けされる。生徒たちは三年間を勉学に身を捧げ、他者との成績競争を強いられることになるのだ。
そこで一志は、入学式の後に行われた部活動紹介を思い出す。運動部だけでなく文化部も大会やコンクールでいい成績を取ったことを誇らしげに語っていた。
「もしかして……」
まさかそんなことは、と疑念を抱きながら重い口を開く。
「文芸部も賞を取ることを目的にした活動をしていたんですか?」
「おっしゃる通りです。本は楽しむためではなく売れ筋を研究するために読む。作品は読者のためではなく出版社のために書く。プロ作家を目指す人たちにはいいかもしれませんが、わたしのように趣味で小説を書きたい人間には居心地のよくない場所でした」
ほんの一瞬、本山の顔が曇ったように見えた。
目をこすって見直すと何事もなかった。
そんな錯覚をしたのは、話の内容が他人事とは思えなかったせいかもしれない。
「雑誌のインタビュー記事で『異なる価値観の仲間と活動した文芸部が創作の原点』と、尊敬する作家さんは言ってました。でもそれは、ファンサービスだったんでしょうか……」
その記事を読んで秋功学園の文芸部に行くと決めた一志にとっては少し辛い話である。
「嘘ではないと思います。わたしも文芸部にいた卒業生に会ったことがあります。お菓子を食べながら本について語ったり小説や詩を書いたり、楽しい場所だったと話してくれました」
「それなら、いつから文芸部はプロ作家の養成所みたいになったんでしょうか」
以前の一志なら理想的な環境だと喜んだかもしれない。
だが今は少し複雑な気持ちだ。
今でも売れ筋を研究して出版社の望むものを書くやり方が間違っているとは思っていない。プロ作家になるための道が一つではないように、その方法も一つではないから。
ただし、自分のやり方が絶対に正しいと言って他人に押しつけるつもりはない。
それぞれ異なる創作観を持つ人が集まるからこそ文芸部に入る価値があると思っていたのに。みんながみんな同じやり方を選んでは、多様性が失われることになる。上からの命令は絶対であり、必ず従わなければいけないなんて……これではひと昔前の体育会系の運動部のようだ。
いくら教育理念があるとしても、これはやりすぎではないのだろうか。
創作は自由であるはずなのに、どうしてわざわざ不自由になろうとするのか。
本山は、人形のように硬い表情と無機質な声で一つの可能性を提示する。
「おそらく卒業生からプロ作家がデビューしたからだと思います。武道やスポーツでは、すでにプロ選手もオリンピック選手も
功績をなにより重んじる高校ならあり得る。
それは限りなく正解に近い気がした。
「入部してすぐに顧問から言われました。『このやり方に従えないのなら部を去ってくれ』と。なにも学ばないままやめるのは嫌だったのですが、結局は一週間しかいられませんでした」
「……そうだったんですか。話してくれて、ありがとうございました」
本山が退部した理由には納得がいった。
だが彼女には合わなくても、自分には合っていたのではないかという疑問が一志の心の中にうずまく。
アスレチック広場を走り回る子どもたちが砂ぼこりを巻き起こす。それらは風に乗ってベンチまで運ばれてくる。一志の目に砂が入ったせいで涙が流れた。
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