第2章
第8話 新しい仕事
玲と一志は、新作を考えるために今日も議論する。
互いの家では、つい熱くなって激論に発展してしまう。
だから、人目があるところで話し合うことにした。
しかし、高校の図書室や市立図書館では私語厳禁。
ファミレスやファストフード店は長居しづらい。
そこで駄菓子屋の喫茶スペースを使わせてほしいとお願いした。
千代子とその両親も、0ちゃんねるの朗読劇のためなら、と
「だーかーらー、一志は女心がわかってない! もっと女の子をかわいく書けないの?」
「いや、かわいいだろ。天ヶ沢が好きな少女漫画にもこういうヒロインいるじゃないか」
「かわいさが足りてない。昔からキャラクター造形が苦手なところ変わってないね」
「わかってるよ。新人賞の評価シートでも毎回キャラが弱いって書かれるからな」
「ごめん。言いすぎた」
「いいよ、べつに。ダメなところを指摘するのは当然なんだから」
「おーい。会議するのはいいけどさ、もうちょい声を落とせよー」
千代子の低く大きな声を聞いて二人は我に返った。
駄菓子を買いにきた小さな子どもたちがこちらを見つめていた。
「チョコ姉に迷惑かけたらダメだな……」
「うん、気をつけよう……」
それからは小さな声で会議を続ける。
互いにアイデアを出しながらノートにペンを走らせる。
おもしろそうだと思ったものは、プロットにできないかと意見を出し合っていく。
「これはどう? 男の子と女の子が異世界で不思議な体験をする話」
「前回もファンタジーだったからなあ。アクションとかバトル要素でも入れるか?」
「なんかラノベっぽくなりそう。それに私、バトルものはあんまり好きじゃない」
脚本を書くのは一志で、採用するかどうかの最終決定権は玲にある。
そのため、二人が満足する作品、最高におもしろい物語でなければいけないのだ。
「ねぇ中野零先生」
「だからペンネームで呼ぶなよ。せめて中野先生にしてくれ」
「じゃあ零先生。新人賞に応募する小説はいいんですか?」
「しばらくこっちに専念する」
前回の朗読劇から一週間。
ほぼ毎日のように議論を重ねているものの、制作は難航している。
一方が納得しても、もう一方が納得できない。
二人ともおもしろいと思っても、どこか不満に感じる。
そのせいで小粒のアイデアと作りかけのプロットばかりが増えていく。
「それから原稿料のことなんだけど、本当にこんなのでいいの?」
玲は机の上に置かれた駄菓子を指さす。それが一志の原稿料となっている。
「うん。僕はまだプロ作家を名乗るだけの実力がない。お金はもらえないよ」
もっと上手く、もっとおもしろいものを、という気持ちの表れである。
「おーい。ちょっといいか?」
また千代子が声をかけてきた。
今は二人とも大声では話していないから問題ないはず。
店内には、まだ子どもたちが残っているから閉店時刻でもない。
「二人に会いたいって奴が来てるんだよ」
一志と玲が出入口の方に目を向けると、小さな人影が揺れているのがわかった。
「誰だろう」
「なんの用かな」
「この前の朗読劇を聞いてぜひ仕事を頼みたいんだってさ。よかったな!」
一志と玲は、ほんの一瞬視線を合わせてからすぐにうなずく。
会議は煮詰まっていたし、気分転換したいとも思っていた。
なにより仕事を頼みたいと聞いたらそれどころではない。
「おーい、入ってこいよー」
小さな人影がゆっくりと動く。
入ってきたのは眼鏡をかけた女の子……いや、女性だった。背は子どものように低いけれど、顔にはうっすらと化粧がされている。長い髪を後ろで一本に結んだスーツ姿のその人は、就職活動中の女子大生のように見える。
「あれ?」
一志は、どこかで会ったことがある気がした。
女子大生の知り合いはいないはずなのに。
小柄な女性はしっかりとした足取りでやってくると、深々と頭を下げてあいさつする。
「こんにちは。
あまりに丁寧な態度と口調に驚いたが、一志と玲もすぐに立ち上がってあいさつを返す。
「は、初めまして。中野一志です」
「天ヶ沢玲と言います。よろしくお願いします」
こういった状況に慣れていない一志よりも声優として働いてきた玲の方が自然に対応する。
それでも年相応に緊張するのか、ほんの少し顔をうつむかせた状態で話している。
「高校生相手にそんなかしこまらなくてもいいだろ。もっと笑えよ、リカちゃん」
様子を見ていた千代子は呆れたように言う。
周りにいた子どもたちがそれを聞いて笑う。
「チョコは黙っていてください。わたしは仕事で来たんですから」
本山と千代子は互いをあだ名で呼び合う。
それなりに長く深い付き合いなのだと一志は察する。
しかし、元バンドマンの駄菓子屋店員と市役所職員とは、どんな繋がりなのだろう。
「なんでさ。あたしも0ちゃんねるに関わってるんだから仕事相手みたいなもんじゃないか」
「わかりましたから。ちょっと静かにしていてください」
最初は硬くて近寄りがたいと感じていた本山の印象が千代子のおかげで少しずつ柔らかくなっていく。だが今のやりとりを見せられても二人の接点がまったく見つからない。
「チョコ姉と本山さんってどんな関係?」
「私も気になってた。もしかして、チョコ姉のバンドのファン?」
「昔からの友達さ。保育園から中学校までいっしょに通ってたんだ。な、リカちゃん?」
「ええ。宿題を見せろとか、勉強を教えろとか、チョコには苦労させられました」
千代子の説明に
「チョコ姉と同い年には見えないな」
「だよね。大学生かと思っちゃった」
一志と玲はささやき合う。
実際、背が高くてエプロン姿の千代子と小柄で童顔な本山が並んでいると、親子に間違えられてもおかしくないだろう。
そんな二人の話を聞いていたのか、本山は大きく
「そろそろ仕事の話をしてもよろしいでしょうか」
一志と玲は、背筋を伸ばして大きくうなずいた。
千代子は、ごゆっくりと言って去っていく。
「わたしは市役所職員ですが、部署異動で今は図書館で働いています。来月に朗読劇イベントを計画していて、本日はその朗読劇イベントにご協力をいただけないかと参りました」
柔らかくなった本山の口調は元通りになっていたが、先ほどより硬い印象は与えてこない。
話を聞いた一志は、見覚えがある理由に気づいた。
図書館で本の整理やカウンター業務をしている本山の姿を見かけたことがある。その時はスーツではなく紺色のエプロンを着ていたから、今日は気づくのが遅れてしまった。
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