私達のスピード婚からの幸せな話
鴨居 伸
出会い
太郎と別れてから私はなんだか空気の抜けたような毎日を送っていた。
つまらん。
男に飢えているわけでは無いし、そんなに気にしているつもりもないのだけれど浮気されたことでなんだか気持ちが落ち込んでいる。
これって裏切りやんな。
私の事よりも今、目の前におる楽しそうなことが出来る女に心を奪われてしまっているってことやんな。
男は浮気するんやな。
そう思っていたけれどお母さんに聞いたらお父さんは浮気は絶対にしないと言い切っていた。
浮気しない男もどこかに居てると思う。
私はどうなんやろう。
そんな気持ちになったことは無いけれど彼氏や旦那がいて、他の別の人の事をすごく好きになってしまう事なんてあるんやろか。
いやいや、まだ全然そんな人に出会ってないやん。
太郎も浮気なんかしぃひんかったら今も一緒に居てるやろうしもしかして浮気の事を知らなかったら一緒に居るのかもしれへん。
裏切られても知らなかったら。
そんなん嫌やな。絶対に嫌やな。私だけを好きでいて欲しい。
私は私だけを見つめてくれる、そんな男に出会えるのやろか。
もしかしたら浮気されても一緒に居たいと思えるような男が居るのかな?
そこまで惚れてしまう事ってあるのやろか?
高校生の時に付き合った男も調子に乗って浮気した。
太郎もそうやった。
浮気されたことで私はもうアカンと思ってしまった。
一緒に居たいとは思わなかった。
私だけの彼。
私は他の誰かと共有する男はいらない。
周りに女が集まるような男は浮気するんやろか。
私は浮気されたことで少しは傷ついたと思う。
次は一途な恋愛がしたいな。
身を焦がすような居ても立っても居られないような恋がしてみたい。
一途に愛して愛されて。
なんか幸せになれそうな気がするやん。
私は夢見る乙女やさかいに。
でも当分は一人でもええかな。
あるときから若い男の子が駅の改札近くで立つようになった。
毎日ではない。土曜日と日曜日。
時間は朝の10時くらいから夕方の5時くらいまで。
それに気が付いたのはその男の子がいつも同じ場所でじっと改札口を見つめていたからだ。
年齢は十八歳くらいだろうか。高校生に見えた。
私はギタリストで時々ライブハウスに呼ばれて演奏をしたり、仲間との練習で
電車に乗って移動するためにたびたび駅を利用していた。
阪急茨木市駅での話だ。
私は身長が171cmありどこに行っても人目を引く。
金のメッシュに長い髪。 長い髪というだけできれいな女だと思われるようだ。
でもがっかりされたことは無いと思う。
週に何度か大きなギターケースを抱えてスポーツシューズを履いて歩きまわっていた。
何故その男の子が気になったのだろう。
まるで銅像のようにあまり動いていなかったからだ。
気が付いてからはその子がいるのかどうか確認するようになっていた。
何をしているのだろう。 気になっていた。
誰かを待っている風でもある。 あるとき思い切って声をかけてみた。
「こんにちは」 「はい。こんにちは」
「いつもここに立っているのを見かけるけど何をしているんですか?」
「何をって、説明が難しいです」
「誰かを待っているとか?」「そういうことです」
「待ち合わせではないのですよね」
「待ち合わせではないです。 偶然を待っているのです」
「偶然? じゃあその人は何時か現れるの?」
「うーん。現れるかもしれないし、現れないかもしれないです」
「何か心もとないですね。 なぜその人を待っているのですか?」
「僕の元カノなんです」
「元カノを待っているの、どうして?」
「ひと月くらい前に気になる人ができたって言われてそれっきりになっていたんです。でも休みの日に駅に来ると彼女にそっくりな人が居てて、まさかなと思って目を離すと姿が消えているんです。
それが三度ほどあってやはり彼女だったのかもと思って待つことにしたんです。
確かめたかったのです。彼女かどうか。彼女だったら何しに来たのかを」
「それでまだ会えていないのね」 「そういうことです」
「ごめんね、変なこと言うけど。多分もう会えないと思う。三度目の正直って言うでしょう。それを逃してしまっているから無理やと思う」
「そんなこと言わんといてください。まだ来るかもしれないし」
「そう。私は君が何をしているのか気になっただけで邪魔をするつもりは無いから。
頑張ってとしか言いようがないけれど。ちなみにお名前は?」
「シンと言います。 お姉さんは?」
「私はコハル。よろしくね。いくつなの?」
「二十四歳になりました」
「嘘! 私の方が年下やなんて」
「えっ?おいくつですか?」
「二十一歳になったところなの。 お兄さんやったなんてすごく若く見られるでしょう」
「そうですね。駅でタバコを吸っていると私服さんが寄ってきますね」
「私服さんって?」
「少年課の刑事さんですよ。 自分干支はなんやって聞いてきます」
「あはは。そうなんや」
私とシンの出会いはここから始まった。
それからシンを見かけたら声をかけるようになった。
「今日はどうやった?」 って聞いていた。
シンは「今日も空振りですね」って。
「ずっとここに居ててしんどくないの?」
「しんどいのはしんどいです」
「寒いから風邪ひかんようにね」
「コハルさんありがとう」
シンは一途な人みたいだ。 悲しいくらいに。
私の薄情さを分けてあげたいくらいだ。
でもシンと出会ってしまってから私自身、薄情だと思っていたけれど全然違っていた。
あるときからシンの姿が見えなくなった。
初めて会ってから一ヶ月くらいだろうか。
シンは私よりも背が低かった。そして童顔だ。だから私よりも若く見えていた。
実はシンを初めて見た時から気になっていた。
今までシンみたいな人を気にした事なんてなかったのに。
懐かしい感じがしていた。
どうしてなのかはわからないけれど。
髪型はパンチパーマだった。
似合っていないわけではないけれどもっと他の髪型が似合うと思っていた。
服装もどちらかと言えばダサい感じだ。
若く見られることが嫌で背伸びしているのが見え見えだった。
でも土日にはいつも居たのにいなくなると余計に気になってしまった。
土曜日と日曜日に駅に来るとどこかにいないか目で探すようになっていた。
ひと月が経ちふた月が経つとまた居ないことが当たり前になってきた。
でも駅に来る度に探していた。どこにもいなかった。
なんでこんなに気になってるんやろか?
それに何故かシンの顔が浮かんでくる。
もしかしてこれってあれか!?
それから数カ月たったある日、シンを見かけた。
おった! やっと見つけた!
なんかわからんけどむっちゃうれしい!
私はシンに声をかけた。 「シーン! 久しぶりー。 覚えてるー?」
「ああっ。 覚えてますよ。 コハルさん。お元気でしたか。相変わらず背が高いですね」
「バカ。なに言うてんねん。普通はおきれいですねとか言うやろ」笑
「ごめんなさい」笑
「あっ、いや、ごめんなさい、年上の人にタメでしゃべってしまって」
「全然気にしません。 今からまた演奏に行くんですか?」
「今帰りやねん。 シンは?」
「僕はちょっと気晴らしに出てきただけでそこの本屋に行ってました」
「そうなんや。 なんか買ったの?」
「いや、特には」
「エロいの買ったんと違うの?」
「うーん。欲しいけどって結構グイグイ来ますね。どないしたんですか?」
「突然消えたからちょっと気になっててん」
「あー、そうですね。ほんまに突然来なくなりましたね」
「シン、あのなちょっと話ししたいんやけど。今日はこれから予定あるん?」
「なんにもないですよ」
「もしよかったら飲みに行かへん?」
「えっ。僕とですか?」
「そうやで。嫌やったらええけど」(こんなこと言って断られたらどうするねん)
「あんまり飲まれへんのですけど僕でいいの?」
「ぜんぜんオッケーやで。じゃあ決まり。着替えてくるから一時間後にまたここで会おう」
「了解。 コハルさん家は近いの?」
「むっちゃ近いよ」
「僕も近くですよ」
「へぇ、ご近所さんかもしれへんね」
「そうですね」
「じゃあ取りあえず電話番号教えて。なんかあったらあれやから」
「ごめんなさい。電話ないんですわ」
「そうなんや。じゃあどうしよう。まあええわ。とりあえず解散しよう。絶対に来てや。絶対やで」
「ハイ、絶対に来ます」
それからきっかり一時間後にシンと約束した場所で合流した。
「シン、ここやで」
「ああ、コハルさんお待たせしました」
「いやいや、時間通りやんか」
「取柄は時間を守るくらいしかないので」笑
「そうなんや。でもええ事やで。約束の時間守るのは」
「ありがとう」 「シンはこの辺詳しいの?」
「そうでもないです、あまり飲まないので」
「そうか。じゃあ適当に入れるところに入ろう」
「はい」
阪急茨木市駅周辺は結構いろんな飲み屋さんがあるけれど私たちはとりあえず黒木屋に入った。
こうやってシンと向かい合って飲むのは初めてやしこれからどんな話をするのかも全然考えていなかった。
じゃあなんで飲みに誘ったのかって言われたら最後のチャンスやと思ったから。
シンが消えてから私はシンを探していた。
だから今日見つけたとき逃がしたらあかんって思ったんや。
見つけたときは本当に今しかないって思って声をかけた。
一度だけでもちゃんと話をしてみたかったから。
図体はでかいけれど気持ちは乙女やからこう見えてもすごく勇気がいったんだ。
でもこのあとあんなに急展開するとは思っていなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます