第8話 小さな友人、ゴブ夫
青い空に白い雲、眼下に広がる緑、静かに吹く風。なんて清らかな景色だろう。
そこに飛び交う火の雨。草原はあっという間に炎は走る。冒険者も走る。ゴブリンと人間の言葉を交わせぬ異種族同士の争いは止まらず、ただ狂熱を帯びる。
「燃える……燃えてしまう……。これは面倒なコトになった。ハル、矢に気をつけながら消火に回ってくれ!」
「あいよー!」
まだ火が小さいうちなら、ハルにも消火できるハズだ。オレも成すべきコトを成さねば。
「なあ、ゴブ夫。この火矢よりもヤベーのがあるのか?」
「ゴブ夫? あ、えっと。あるゴブ!」
「よし、また服に隠れてリーダーのとこに案内してくれ。ハルも危ないと思ったら隠れているんだぞ!」
「あいあい!」
リーダーの元へ行かなきゃ止められないか。止められたとして次はミオンさんが止まるか、それもわからない。
「ゴブリャアァァーッ! ニンゲン、死すべし、死すべし!」
「待機こそ悪手、撤退こそ恥! 姉ちゃん見ててください! おれの踏み出す一歩は、未来の英雄へのロードだあー!」
しかしゴブリンも冒険者も言葉では止められなかった。かくなる上は、結局言葉は通じても、話が通じないのでは――
「肉体言語しかないだろうよ!」
ここでオレはへの字を召喚し、ひたすら走る。ゴブリンがいればカーブの部分でなるべく遠くまで吹っ飛ばし、冒険者がいれば頭を引っ叩いた。
「なんゴブか、あのニンゲンは。見境なしにぶっ叩いてるゴブ!」
「ああん? なんで?」
「酷いですね君!」
「いやどっちやねん!」
向けろ向けろ。オレにヘイトを向けろ。ゴブリンどもは矢を打ち尽くし、冒険者どもは重いヨロイを引きずってかかってこい。
「ブブッ、あれがリーダーの言ってたサラマンダーを倒したニンゲンゴブか。得物は強いけど、動きは素人ゴブねえ。一斉射撃ゴブ!」
「聞こえてるぜ」
オレは大きめのキの字を召喚し、地面にぶっ刺して壁にした。鉄の矢尻が小気味いい音を立てる。
「あの黒いやつ、矢が刺さらないゴブ。火も通らないゴブ!」
キの字を盾に隠れていると、ルークがそそくさと隣にきた。
「アンタ誰の味方なんだ? ゴブリンをかばったと思いきゃぶん殴るし、おれたちもぶん殴ってよ!」
「オレはこの戦いを止めたいだけなんだよ。中立だ、中立」
草原にぽつぽつと火が着いている。見た感じでは大惨事だ。冒険者たちのヨロイに熱がこもるだろうに、ミオンさんが指を弾いて痛みを癒しているようだ。
「どっちつかずは姉さんの一番キライなヤツだぜ。ちなみに二番目はミミズ」
「いや聞いてねえよ!」
「そんな姉さんも愛おしい……、ん〜しゅきい!」
「撤退よりその発言のが恥ずかしいだろ……」
もう放っておこう。ゴブ夫は前に行けと小声で言ってくれている。それに従おう。
オレはキの字を引っこ抜き、棒高跳びのようにそれをタテに持って草原を駆ける。2本の横棒がいい具合に盾になってくれて助かるな。
「このまま敵将の下へ突っ込む気だな? でも居場所は知っているのか?」
「ストップゴブー!」
ゴブ夫の号令で足を止めると、服の中からゴブ夫が飛び出した。
「さっきの振る舞いといい、アンタ、もしかしてゴブリンと会話を?」
ルークはひとまず無視し、ゴブ夫ひとりだとそそかしいのでオレもついていく。
「また帰ってきたゴブか、懲りないゴブねえ。ニンゲンと馴れ合うヤツに居場所はないゴブ。って、おまえはあのときのニンゲンゴブね!」
黒コゲになった草の上にリーダーゴブリンがいる。その傍らには陽炎を放つ赤い筒状のものがあった。
「アンタのおかげゴブよ、このサラマン
「止めるワケにはいかないか? どっちもいっぱい死ぬぞ」
「いまさら引くにゃ引けないゴブ。さあゴブども、大砲を持つゴブ!」
「あ、熱いゴブ。前が見えねェ、ゴブ……」
ゴブリンが6人出てきて、大砲を担いだ。手袋をつけていても熱そうだ。マスクのゴーグル部分も曇っている。
「さあっ、あの高いたかーい空に目がけてぇ、導火線に点火ゴブ!」
リーダーの指先に釣られて視線を上げると見知った影があった。翼を畳んでオレに急降下している。
「あっ、おい待て! 今やったらぶちのめすぞガチで!」
「えっ、コワ……。アンタ、情緒が不安定ゴブよ?」
「うるせえな、ハルが来たんだよ!」
「ハル?」
慌てた様子でオレの肩に止まる。勢いがすごいから、足の爪が少し食い込んだ。痛い。
「アヤトー! なんかきた!」
「うおおッ、耳元で大声を!」
「ハルってあのときのハーピーかゴブ。ニンゲンに拾われるとは運がいいゴブね」
「ゴブゴブ、うるさい!」
「だから耳元!」
浅からぬ因縁があるのはわかるが、今はそういう状況じゃないぞ。
「それで、なにが来たんだ?」
「ボール!」
「ボール?」
「こっちに、きてる!」
なんだろう。西部劇でよく転がってる丸い草みたいなヤツかな。
「ボール? あのハーピー、なんて言ったゴブか?」
「ボールが転がってるって」
「こんなときに……ウソだろゴブ」
「こっち、きてるぞ!」
「こっち来てるって。……オレたち逃げたほうがいい?」
「うん!」
「ルーク、ミオンさんに伝えろ!」
ルークが素直に聞いた。見当がついて、なおかつそんなにヤバいヤツなのか。そのコトをゴブ夫たちにも伝えると、リーダーゴブリンはサラマン大砲を下ろすよう合図した。
「ブブ、身を隠せる場所は!」
右往左往しても、あるのは焼けた草原だけ。いくらゴブリンの小さな身体でも身を隠せるものなどなかった。
「ない……ゴブ」
「こうなったら一旦休戦して、そのボールと戦うしかないんじゃないか?」
「……覚悟を決めるゴブか。サラマン大砲を準備ゴブ!」
「くるぞ!」
ハルの掲げる羽先に、黄色いボールが見えた。真っ平だというのに不自然なまでに転がる、転がる。速い、これは逃げられない。てか潰される!
オレはへの字を召喚し、立てる。ボールは字の輪郭に沿って上り、そして面白いように宙を舞った。
「やったか!?」
「これで倒せたらワケないゴブ……」
突然、回転が止まると、ボールの左右からなにかが伸びた。太陽に照らされた影は、そのまま落下する。
「アイツは……ゴブリンイーターは、強いゴブ!」
灰を散らしその伸びたナニカで着地した姿は、恐るべき異形だった。丸い顔面から大蛇のような長く巨大な腕だけのモンスターだ。胴体も足もない。
「腕で着地したのか……?」
「アイツの言葉もわかるゴブか?」
ゴブリンイーターは異様なまでに鋭い目と、やはり大蛇のような口を大きく開き吼えた。
「……わかるワケないじゃん」
だがこれだけはわかる。捕食の合図だ。こっちだってヘビに睨まれたカエルではない。気圧されてたまるか、勝つのはオレたちだ!
「さあ、戦うぞ!」
ゴブリンイーターが あらわれた!
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