第7話 燃える大草原

 さあ昨日ぶりにやって来ました、ダダッピロ大草原です。オレの異世界生活始まりの地です。


 来たばかりではひとりだったけど、今は違う。オレを含めて6人もいるぞ。これでなにするかって?


「さあ行け、英雄として勇名を轟かすためにッ!」


「「「うおおおおおッ!」」」


 ゴブリンとの戦争だよ! ほんと異世界は地獄だぜ!


「って、なんで一斉に突っ込んでくの!?」


「奇襲をかけ、一気に攻めます! ガンガンいこうぜガンガンと!」


 受付嬢かつギルドマスターであるミオンさんは、見かけに寄らずかなり脳筋だった。いのちだいじにだろそこは。こんな無策で勝てるのか?


「イ、イクゾー!」


 オレも走り出したところで、すぐに屈んだ。そうすれば茂った背の高い草に隠れられる。


「うへー、もさもさだ!」


「ちょっとガマンしてろよ、ハル」


 目的はひとつ。腹のところに隠していたゴブリンと話すためだ。


「悪いな。ゴブリンと人の戦争が始まったまった」


「ブブッ!? 急になに言ってるゴブか!?」


「こっちは6人いる。この戦い、どうなると思う?」


「ゴブゴブゴブ」


「なんて?」


五分五分ゴブゴブ、ゴブ!」


「ああ、なるほど。ってそれ大惨事になるじゃねーか、早く止めないと!」


 とはいえ、地の利を活かせるのはゴブリンのほうだ。目では動きを追えない。なにかいい術は……。


「きょうも、いいかぜー。びゅーびゅーだあ」


「そうだ! 風とお話してさ、ゴブリンの位置を教えてもらえないか!」


「いいよー。それ!」


 ハルは羽ばたいたあと、ジッと耳をすました。風の音と、草木がざわめきが際立つ。こんな気持ちのいい青空なんだ、清冽な気分になるだろうな。戦いが無ければ。


「いるぞ。まえに、いっぱいいる!」


 風との会話を終えたようだ。その位置を視線で訴えている。


「どれくらいいそうだ?」


「ごじゅう!」


「……いや、ヤバいだろ。数じゃ圧倒的に負けてる」


「その数だと斥候部隊ゴブね。ほんの小手調べに過ぎないゴブ」


「だいたい棲家はどこなんだ?」


「普段は穴を掘って暮らしているゴブ。あるヤツに備えてもっと棲家を広げたかったゴブ。だけど」


「あー……。これ以上はやめよう。これ以上は誰も喜ばない」


「そうゴブね……」


 草原の向こうの森まで手を伸ばし、ハルを連れさらって邪魔な母ハーピーをおびき寄せて倒そうとしたところ、オレに会ったってところか。


「とにかく、戦いを止めなくちゃ! 向こうだな!」


「うん!」


 またゴブリンを服に隠し、ハルが教えてくれたところまで突っ走る。


「あー、おまえに名誉をひとり占めにするつもりだな!」


 先頭を走っていたルークを無視して、ひたすら走る。


「それで姉ちゃんに認められて、あわよくば付き合おうとしてるだろ! そんなコト、おれがさせないぞ!」


「いや待て待て。ンなワケないだろ、いろいろ飛びすぎ!」


「あんな美人はそういないぞ」


「美人なのはオレもそう思うけどさ。今言うコトじゃない!」


「そうだろ!? だよなあ! おれだってゴブリンをたくさん倒して、姉ちゃんに認められたいんだよ、わかるだろ!」


 そんなコトで突っ込んでちゃ、いくら命があっても足りないぞ。オレは走るスピードを上げた。皆ヨロイを装備してるから追いつける。ラッキーだ。


「でも……叱られるのもクセになるんだよなァ、身震いするくらいに。でも褒められるのも気持ちいいし……」


「アホかこのシスコン!」


「おこられると、かなしいぞ?」


 どっちにしろ生きてこそだろう。オレが先頭に立ったところで、服のゴブリンを解放した。


「いいか。おまえがリーダーに止まるよう進言してくれ。オレはあいつらを止めるから」


「やってみるゴブ。今までありがとうゴブ!」


 礼なんて言わないでほしい。ただでさえ情が移ってるのに。オレも冒険者たちを止めなきゃ。


「みんな、ちょっと待て!」


 オレは両手を広げて静止を促す。ルークが止まると、釣られて他の冒険者も止まった。


「なんだよ急に!」


「ゴブリンたちの戦力も知らないで挑むのは危険なんじゃないか?」


 もっともなコトを言ったつもりだが、立ち止まる冒険者たちは笑い出した。


「アレか? 見せかけで超ビビってるな?」

「へい構わん、行くぞ」

「全てはチャンス!」


 彼らは剣を携え、また歩き出した。


「お、おい!」


「まったく、わかってないなアンタは。おれたち冒険者の飢えは、勝利でしか癒やせねえんだよ! そして王国市内に住むんだ!」


「つまり貧乏から脱出したいってコトか!?」


「そうだよ!」


「なるほどね。その気持ち、否定しないけどさ!」


 オレも貧乏だったけど、こんな危険を冒してまでカネを求めたコトはない。理屈ではない異様な熱気を発しているのが、すこしうらやましい。


「ブッブブー……。ただいまゴブ」


「おー、おかえりー。ってうおぉい! なんで帰ってきたんだよ!」


「は? おいアンタ、なんでゴブリンがすり寄ってきてんだ?」


 ヤバい、ルークにゴブリンと話してるところを見つかった。それにこの落ち込んだ様子だと止められなかったみたいだ。


「結果は残念だったみたいだな。悪いけど、オレのほうもだ」


「さっきは五分五分って言ったけど、訂正するゴブ。ニンゲンたちの勝ち目は薄いゴブ!」


「……どういうコトだ?」


「おい、アンタもしかして、ゴブリン野郎とグルだったのか!?」


「少し黙ってろ!」


 オレがルークに怒鳴ったとき、ハルは羽ばたく要領でバシバシと頭を叩いてきた。


「な、なんなん、なんだハル!」


「かぜ、あつい。ゴブたち、サラマンダーのほのお、つかうぞ!」


「サラマンダーの炎を?」


「そ、そうゴブ! サラマンダーの死体を加工して、とんでもない火を吹く兵器を作り出したゴブ!」


「火をって……、こんなところでマジにやるつもりか? また大火事になる!」


「だから逃げたほうがいいゴブ!」


 オレは振り返って、ミオンさんにも聞こえるように叫んだ。


「ゴブリンたちは火を使うぞ、みんな逃げろ!」


 しかし冒険者たちは止まらなかった。ひとりがオレを横切ったとき、小さな矢が足下に刺さった。事前にハルに教えてもらったから、ゴブリンも難を逃れたけど。


「ありがとゴブ……。あ、矢尻に火がついてるゴブ!」


「もー、言わんこっちゃない!」


 すぐに踏むと火はすぐ消えたが、しかしそれは、一本では済まない。火矢は次々に発射された。それでも冒険者たちは止まらない。


「こんな炎で止められるか。ゴブリンどもに示すぞ、おれの武勇を!」


 止まない火の雨を駆ける冒険者たち。双方は勝利を確信し、だかこそ止まらないのだろう。オレは懸念する。


「……ゼッタイに泥沼になるじゃん」


 熱狂したこの草原で、オレは生き残るコトができるだろうか?

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