爆音自転車(カクヨムWeb小説短編賞2022「令和の私小説【テーマ=己の過剰な偏愛】」部門応募作品)(短編)

夕奈木 静月

第1話 爆音自転車

『バラララララランッ!! バラランッ!!』


 これはバイクではない。僕の自転車の音だ。小学4年の僕は同じクラスの下谷しもたにと一緒に放課後の小学校内に自転車を乗り入れて遊んでいた。


 冒頭の爆音は自転車のチェーンカバーに段ボールを二つ折りにしたものをはさんで、車輪のスポークがそれにれる音だ。


 最高だ。これはもうバイクだ。我ながら素晴らしい発明だと鼻高々はなたかだかで僕は縦横無尽じゅうおうむじんに走り回る。下谷も真似をしながら必死でついて来る。


「いええーいっ!! どけどけい!!」


 学校に残っている生徒たちはみんな僕らの方を見ている。すごい注目度だ。僕は有頂天うちょうてんだった。


「こぉらあーっ!! 峰亜ほうあ、こっちに来なさい!!」


 教頭先生が走って僕らの後を追ってくる。ちなみに僕の名前は峰亜輪私ほうありんじだ。音訓混ぜて逆さに読むと悲しいことになるからこの名前は大嫌いだ。


「へへーんだ、ここまでおいでー!!」


 僕はペースを上げて先生を振り切ろうとした。


 その時。


「いってええぇぇぇ!!」


 下谷が転倒した。段ボールがチェーンケースとスポークの間に入りこみ、後輪がロックしたようだ。


「下谷ぃぃぃぃ!!」


 叫ぶも下谷はすでに教頭の餌食えじきになっていた……。爆音の発生源を詰問きつもんされ、段ボールを奪われている。


 くそっ……! 僕は振り返らず走った。あいつの分も爆音を振りまいて、学校を滅茶苦茶めちゃくちゃにしてやる。


 次第に音が小さくなってきた。段ボールに曲がりぐせがついてきたようだ。新しいものに替えないと。


 僕は砂利じゃりが敷きつめられた中庭に自転車を止めた。爆音のんだ周囲には静寂せいじゃくが戻り、鳥のさえずりが聞こえるほどだった。


 背負ったリュックから新しい段ボールを取り出して自転車に装着する。

 よし、準備OKだ。それにまだまだ残弾ざんだんはある。僕はサバイバルゲーム中のアタッカーのようにリュックの中身を確認した。


「おーいっ、○○!」


 下谷がこちらに駆けてくる。


「チャリは!?」


「とられた……。でも、にげてきた」


「よしっ、チャリを取りもどすぞっ! どこにあるんだ?」


 僕らは二人乗りをしながら爆音をかなでた。それは校舎の壁に幾度いくども反射してより大きな音のかたまりになった。


 職員室の窓が開き、先生たちが一斉いっせいにこちらを見る。


 だが、僕は目の前の光景など気にはしない。もっと崇高すうこうなものに……この音をまとった僕はもっと気高けだかいものになるんだ。


 でも、そんな僕の祈りはあっさりとついえた。


「うわあああぁぁぁぁっ!!」


 後ろに乗っている下谷のズボンのすそが段ボールもろとも車輪に巻き込まれ、タイヤがロックしたのだ。


 僕らは砂利の上に頭から突っ込んだ。


 そこで追っ手の気配を感じた。最悪だ。痛みに耐えながら振り返ると、6年生の担任をしている狂暴で悪名高い男性教師が僕らに向かってきていた。


「こらあっ!!」


 終わったか……。


「先生、これはメッセージなんです。これから思春期に入り、バイクで暴走する人たちが出てきます。そういうことをしたら人にめいわくになる、ということを伝えたかったんです、ぼくは」


 自分でも信じられない速度で勝手に口が動いた。


 拳を振り上げていた暴力教師はその手を下ろした。


「二度とやるなよ」


 言い捨てて彼は去った。



 僕は自転車を返してもらった下谷と一緒に、傷だらけの腕や足を引きずりながら学校の外に出た。


 そして正門前の道で再び段ボールを装着した。


『バラララララランッ!! バラランッ!!』


 再び爆音がとどろいた。


「ぎゃははははっ!! いえーいっ!!」


「こぉらああーっ!!」


 教頭の怒鳴り声を背に、僕らは意気揚々いきようよう家路いえじについた。


 その最中、下谷は再び後輪がロックした自転車から転落して骨折した。僕は下谷のお母さんからしかられ、家でも滅茶苦茶叱られた。


 その後の数年間、僕の家の段ボールは家に届いてすぐに処分された。

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