第168話 コウモリゴリラは悟りを開いている(守神晃視点)

 6月と聞くと梅雨を連想するが、まだ梅雨入り前の季節。


 どんよりと曇った空の下行われた球技大会。男子は外でサッカー。女子は体育館でバスケ。


「うう、う、晃……。俺達の夏が終わっちまったな」


 正吾が体操服を泥だらけにして泣いて、俺──守神晃へと喋りかけてくる。


「サッカーで10対8ってのは中々ないんじゃないか」

「惜しかったよな。まじで。うう……」


 今大会5得点の正吾が、えんえんと悔しそうに泣いている。


「ゴールキーパーが出しゃばって前に出るからだろ。大人しくゴール守れよ」


 そうだ。こいつは体が大きいのでゴールキーパーを任されていた。それなのになんか知らんがドリブル突破で5得点をあげやがった。意味不明だ。


「だってよぉ。俺だって攻撃したいじゃんかよぉ」

「攻撃的な姿勢が仇となったか」


 こうして俺達の球技大会は秒で終わってしまった。悔いは特にない。


 誰が言ったわけではないが、男子のほとんどが体育館へ足を向けていた。自分のクラスの女子の応援だ。


 体育館ではタイミング良く、俺達のクラスである3年A組と縁もゆかりもない3年D組の試合が行われていた。体育館は試合待ちの女子で埋め尽くされている。上を見上げると、2階と表現するべきか、キャットウォークが空いていたので正吾と共に適当な空いたペースへと移動する。


 上からバスケの試合を覗くとスコアが見えた。


「お、ウチのクラス勝ってんな」

 

 正吾が嬉しそうに声を出す。彼の言う通り、46体40でA組が勝っている状況。キョロキョロと有希の姿を探すと一瞬で見つけられる。銀髪を2つ括りのおさげにしている。髪が綺麗過ぎてめちゃくちゃ目立っていた。


 ダムダムとドリブルで相手を交わしていき、遠目からのスリーポイントシュートを放つ。


 パスっと華麗にゴールネットを揺らしてプラス3点が追加された。


「……あれ?」


 追加されたのはなぜかD組の点数であった。46体43になり俺と正吾は顔を見合わせて互いに?マークを浮かべた。


妖精女王ティターニアの反乱か?」

「なんで国王自ら反乱してんだよ」

「いや、だってよ、そう考えるしかないだろ。A組なのにD組にポイント入れてるし」

「そりゃ、まぁ、それはよくわからんが……」


 正吾と内容のない会話をしていると、隣で観戦していた3人組の女子が親切に教えてくれる。


「あ、大平さんD組に助っ人に入ったんだよ」

「助っ人?」


 首を傾げてオウム返しに質問をする。


「D組の子が怪我しちゃってね。代わりに大平さんが出てあげてるんだよ」

「なるほど」


 なら合点がいくってもんだ。


 事情を聞いて改めて試合を観戦する。自然とボールが有希に集まる辺り、D組の人達も負けるよりは勝ちたいと言うのが見えるな。有希にボールを回した方が点が入るって考えだろう。


 女バスでもないのに綺麗なドリブルをしながら突破していく。気持ち良く、1人、2人、3人──。


 パシン!


 リズム良くかわしていたのに、ボールを奪われてしまう。ボールを奪ったミディアムヘアの女子は、有希に負けず劣らずのドリブルでそのままレイアップシュートを決めた。


「あの子は女バスの子か?」


 指を差して正吾に尋ねる。


「間違いなく、ウチのマネージャーだな」

「俺にもそう見える」


 白川琥珀はクラスメイト達とハイタッチをかわしている。


 その後も、白川はパスを回したり、自分でシュートを打ったりと状況に合わせて攻撃していた。


「晃。どっちを応援するんだ?」

「んぁ?」


 正吾が珍しく真剣な顔をしていた。


「裏切りの妖精女王ティターニアか、同族の仲間モブか」

「己は真剣な顔をしてなにを聞いてきてんじゃ」

「割とまじな質問なんだけどな」

「今のが?」

「ああ。めっちゃ真剣だぜ」


 正吾はすぐに顔に出る。質問の内容はあれだが、今回はどうやら真剣みたいだ。


 なら、こっちだって真剣に答えてやるよ。


 大きく息を吸い込んで、一気に息を解放した。


「有希いいいいいい! 頑張れええええええ!」


 体育館に響き渡る俺の声に、体育館にいた人達全員の目がこちらを向いた。鬱陶しいと思う目だろうか。急に叫び出すから驚いた目だろうか。様々な感情を含んだ様々な人の目のことだろうが、俺の視線の先には見慣れた綺麗な瞳しか映っていない。


 銀髪の2つ括りの女の子と数秒見つめ合うと、髪をほどいて括り直す。次に彼女はポニーテールへと髪型を変えて、前髪を大きくかきわけた。


「誰? あの爽やかイケメン」

「晃のところのメイドだろ?」

「おいおい。あいつはいくつギャップ萌えがあんだよ。こっちの好きが追い付かねーよ」

「晃。お前が好きとか言うのやっぱりキモイわ」

「ほっとけ」


 そんなやり取りの中、正吾は少しだけ悲しそうな顔を見してくる。


「でも、晃はやっぱりそっちを選ぶわな」

「あん?」

「いや、そりゃ大平の応援するわなって思っただけ」

「当然だろ。世界を敵に回しても、俺は有希の味方だ」

「かっこいい。流石は俺の晃だぜ」

「お前の物になった覚えはないぞ」


 こちらの言葉を無視して正吾は大きく息を吸い込んだ。


「白川ああああああ! 負けんなああああああ!」


 俺よりもバカでかい声が体育館にこだまする。それを聞いた白川は苦笑いを浮かべていた。そりゃいきなりゴリラから名指しをされれば苦い顔にもなるってもんだ。


 てか、え……?


「お前、白川のこと……」

「まさか。俺なんかがどっかの誰かさんの代わりなんて末恐ろしくてできっこない」


 一体なにを言っているのか俺には理解できなかったが、珍しくずっと真剣な顔をして語ってくる。


「勝てなくっても、敵いっこなくても、誰か1人くらいは応援してやりたいって思っただけだ。相手がどれほど強大でもな」

「バスケの話か? なら1組が勝ってるぞ?」

「でもよ、俺は別に晃の敵になったわけじゃねぇ。いつでも味方だ」

「ごめん。なんの話だ?」

「さしずめ、俺はコウモリってわけか……。ふっ、悪くねぇ。でもこれだけは覚えておいてくれ。俺は全員ハッピーエンドを願ってるだけさ」


 いい加減に頭を殴っておいた。もちろん、漫才のツッコミの要領で。


「さっきから勝手に気持ち良く語ってんじゃねぇよ! お前はコウモリじゃなくてゴリラじゃ、ボケ!」

「ウホ?」

「お前の頭は常にハッピーエンドだよ」

「みんなでハッピーエンドになろうぜ」

「いや、ほんと、なんの話しをしてるかわからんが……」


 バシュっと有希が白川よりボールを奪って、白川に負けず劣らずのレイアップシュートを決めた。


「有希と白川。俺と正吾。応援しているどちらかが負ける。それが勝負ってもんだろ」

「……悲しいねぇ」

「なにを悟りを開いてんじゃ」


 今日の正吾は意味不明だが、彼の応援が効いたのか、白川はその後シュートを決めまくっていた。

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