第146話 花よりも華であるキミの隣に立てる男になりたいと願う
火照った体が春の夜風に当たって冷めていく。
もうすっかりと遅い時間になってしまっているので、近所にある緑地公園には人の姿は見当たらない。
公園の街灯は点いているけれど、全体を明るく照らしてくれているわけではないため、公園全体は薄暗い。
それでも、隣を歩く銀髪美少女の髪は月明りだけでキラキラと輝いている。特別なにかを髪に付けているわけではないが、特別な存在だからこそ出るオーラなのかもしれない。
プラチナの輝きを放つ有希に誘われた公園の散歩。
風呂から上がると、とっくに電話を終えていた有希は引きつった顔をしていた。
「ちょっと外に出ませんか?」
せっかくの有希の誘いを断ることなんてできないので、風呂上りの火照った体で公園までやって来た。
特に会話なく歩いているのだが、別にそれが気まずいとか、なにか喋らなきゃ、なんて心理状態には陥らない。
すっかり隣にいることが当たり前になっているので、無言の中を歩くのもどこか心地良い。
何も話さずともわかり合えているというか。心が繋がっているというか。
「ちょっと座りませんか?」
トコトコと歩いているとベンチがあったのを見て有希が提案してくれる。
「ああ」
拒否をする意味もないので、素直に頷いてから彼女と共に座る。
座るとまた無音の時間が流れる。風も止んだ音のない世界。時が止まった俺達を、月と星々が天空から見守ってくれる。
このまま時が止まってくれたら良いのに。
「このまま時が止まってくれたら良いのに」
ボソリと呟く彼女を見て小さく笑ってしまう。
「俺も。有希と同じこと考えてたよ」
「えへへ。やっぱり私達はラブラブですねー」
嬉しそうに笑う彼女は次の瞬間、視線を伏せてから、ポツリと語り出す。
「だから、周りがなんと言おうと知ったことじゃありません」
「なんの電話だったんだ?」
電話の後から有希の様子が少しおかしい。公園に誘ってくれたのもそれが原因だとわかるので、優しく手ですくうように質問を投げた。
こちらの質問に彼女は慌てて返してくれる。
「あ、す、すみません。なんだか愚痴っぽくなってしまって」
謝ると、ふとなにか思い出したように、「そうそう」と前置きをしてから生徒会長モードで注意してくる。
「晃くん。人のスマホの電話に出たらダメですよ」
「そ、それは、ごめんなさい」
言い訳もできないので素直に謝ると、次は恋人モードで頭を撫でてくる。
「はい。ちゃんとごめんなさいできましたね。えらい、えらい」
素直に謝って良かったと思っていると、次いで後輩マネージャーモードで悪戯っぽい笑みを見してくる。
「まだコーラ臭いですね」
「うっそ……」
「あはは! 髪もベタベター」
「ダーククロニクルファンタジーしつこ過ぎるだろ」
「晃くん」
ちっちっちっ。ととどめにメイドカフェのゆきちモードで言われてしまう。
「DARK CHRONICLE FANTASY。ですよ」
「無駄に洗練された無駄のない発音」
そんないつものノリでお互い笑い合ってから本題に入る。
「母から電話がありまして」
その入りに少しばかり、ドキッとしてしまう。
彼女は大手ハンバーガーチェーン、マックスドリームバーガーの社長令嬢だ。
もしかしたらなにかしらの理由で学校を離れないといけない。
そんなことを言われるかと思い、内心ドキドキであった。
「晃くん? 顔色が青いですよ」
こちらの顔色に気が付いた有希が心配そうに見つめてくれる。
「あ、い、いや。それで、母親からなんの電話だったんだ?」
聞きたいような、聞きたくないような質問に有希は端的に答えた。
「進路どうするかの電話です」
「……進路?」
「はい。以前にも申しましたが、私は両親が大嫌いです。ですので勝手に進路を決めていたのです。両親も私と喋るのも嫌でしょうから。ですが、親子というのは厄介なものですね。好き嫌いで断ち切れるものではないみたいです。親は娘の進路先は把握しないといけないみたいで、その確認の電話がきたのです」
「確認だけ?」
「はい」
「戻って来いとか、政略結婚の相手がとかじゃない?」
「あはは。なんですか、それ」
有希はあっけらかんに笑ってみせる。
「仮に、戻って来いと言われても無視しますし、政略結婚の相手なんて、こうですよ! こう!」
シュッシュッとシャドーボクシングみたいに殴ってみせる。それを見て安堵の息を吐いた。
「そ、そっか」
「もしかして、心配してくれたのですか?」
「そりゃ、電話の後から様子がおかしかったから」
「ふふ。いつも言っているではありませんか。私から晃くんの側を離れることなど絶対にありません」
「じゃあ、一生離れられないな」
そう言うと、自然と手を絡ませる。お互い見合うと微笑み合った。
「本題はそれだけだったみたいなのですが、母に言われてしまいました。『あんたなに男作っているんだ』と」
「ああっと……」
それは俺が電話に出たからだよな。なんてバツの悪い顔をしていると、気にしないでと言わんとするような笑みで続ける。
「母はそれが気に入らないみたいです。私のことは放置なのに、私が勝手なことをすると怒る。だから嫌いなんですよ」
どうやら有希の母親は矛盾的行動をするような人らしい。
「母親に私達の関係を認められたいなんて思ってはいません。ですが、なんだか非常に腹が立つというか。こんなに素敵な人を知りもしないで否定された気がしまして、なんとも言えない気持ちになりました」
言いながらこちらを申し訳なさそうな顔で見てくる。
「すみません。こんな小さなことでわがままを言ってしまい」
「小さなことでも、わがままでもないよ」
でも、そっか……。
やっぱり俺と有希の関係を認めてくれる人は少ないのかもしれない。
学校でもまだまだ睨んでくる奴はいる。加えて母親にも否定される。
有希は気にしないのかもしれないが、俺としてはやっぱりショックだよな。それは俺が有希の隣に相応しくないと言われているみたいだ。
「もう、桜も終わりですね」
ふと彼女の言葉に周りを見渡すと、随分と花びらが散った桜の木が見える。さっきまで意識していなかった。
「やっぱり花より有希だな」
「なんですか? それ」
クスリと笑う彼女へ造語の説明をしてやる。
「綺麗な花よりも綺麗な華に目がいく。ま、世の中のどんな綺麗な物よりも有希より綺麗なものはないって感じ」
「え、えへへー。なんですか、それー。なんですか、それー」
有希は照れながら、ギュッギュッと手を握ってくれる。
そんな彼女を見ながら誓う。
有希の隣に立てるような男になる。
そう言うと彼女はきっと、「もう既になれていますよ」と甘えさせてくれるだろう。
だからこっそりと誓うことにしよう。
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