第135話 野球で魅せつけろ(第2ラウンド)
第2打席の第1球。今度は第1打席とは違い、得意の変化球で勝負する。
まずはスライダーから投げてやる。
右ピッチャーの俺から投げられるスライダーは左バッターの芳樹の胸元をえぐる様に横に曲がる。
キンッ!
しかし、簡単にバットに当てられてしまう。ボールは真後ろに飛んで、ファールだ。
「相変わらず真横に曲がるスライダーだ」
「そりゃどうも」
元4番からお褒めの言葉をいただき、続いて第2球。
次もスライダーを投げるのだけど、このスライダーは真横に曲がるのではなく、斜めに曲がっていくスライダー。スラーブとも呼ばれている。
キンッとこれも当てられてしまう。
「相変わらず色々なスライダーを持ってるね」
「流石。今のも当てるか」
続いて第3球。ツーシームを放ってやる。
ツーシームはボールが1回転で縫い目が2回しか引っかからないため、普通のストレートと比べて揚力が少なく、若干沈む球。
キーン!
真芯で捉えられた打球は特大の大ファール。
「お前本当に高校生かよ」
そう思わせるほどの飛距離だった。
「そりゃこっちのセリフ。2年のブランクがあって、よくもまぁこんだけ投げれるよ」
褒めてくれてちょっぴり嬉しかった。
「ま、晃くんのツーシームは軽いからね。ピンポン球みたいに飛んでいくよ」
「うっせ」
上げて落とされた俺の第4球はジャイロボールだ。さっきの小さく沈む球で次は沈まない球。普通の高校生なら打てないだろう。
キーン!
逆方向への特大ファールを打たれる。
「晃くんのジャイロは引きつけて打つと飛ぶよね」
「どんだけ大きい打球でも、フェアゾーンに入れないと意味ないぞ」
「次はそこの一級河川に入れてあげるよ」
「ぬかせ」
ピッチャー有利の勝負。最後の最後に笑うのは俺だ。
俺のウィニングショットは縦のスライダーだ。ヴァーティカルスライダー。Vスライダーとも呼ばれる。
ジャイロボールと球の回転方向は同じだが、縦のスライダーは名前の通り、縦に大きく曲がるスライダー。つまりは落ちる変化球。
基本的にジャイロボールが打たれた時は縦のスライダーで決めるのが俺の勝利の方程式。これを打てるのはガチ勢のアメリカ代表だけだろうよ。
大きく振りかぶる。
頭の中で、芳樹が俺のボールを空振りする未来を描く。
自分でも褒めてやりたいくらい大きく縦に曲がる。最高の縦のスライダー。
カキーン!!
だが、想像は現実通りにはいかなかった。
打球を見ずとも、快音を鳴らしたバットの音だけでホームランだとわかる。
真芯で捉えられた打球は、瞬く間に川の方へと飛んで行った。
宣言通り、一級河川へ放り込まれてしまった。
「僕の勝ちだね」
「……くそっ!」
膝をついて本気で悔しがる。
負けて当然と言えば当然。2年のブランクがあり、相手は甲子園常連の強豪校の4番。体の大きさはもちろん、この2年でやって来た練習量の差は測りきれないだろう。
でもやっぱり負けると悔しい。悔しくて吐きそうだ。
「晃くん……」
ゆっくりと駆け寄ってくる芳樹は、膝をついて悔しがっている俺へ、いつも通りの口調で語りかけてくれる。
「僕はキミが肩を怪我して野球をやめると言われた時、どう引き止めるかずっと考えてた。考えて、考えて、考えて、考えても答えは出なかった」
でも、と小さく漏らす。
「単純なことだったんだね。僕らは野球バカなんだから野球で止めれば良い。あの時、僕が晃くんに勝負を挑んでいたら、もしかしたら
芳樹は有希の方を見ながら呟く。
「でもそれは僕の役目でも、正吾くんの役目でもなかった。大平さんの役目。結果的にみれば、3人一緒の未来より、支えてくれる彼女との
芳樹は手を差し伸ばしてくれる。
「キミとの勝負で改めて野球の楽しさに気が付いたよ。もう遅いのかもしれない。間に合わないのかもしれない。高校でプロのスカウトは来ないかもしれない。それでも野球を続けることにする」
本来の目的である、芳樹が野球をやめることをやめさせることに成功はした瞬間ではあるが、なんとも複雑な気分である。
「勝負に負けて喧嘩に勝つみたいな心境だわ」
言いながら芳樹の手を取り立ち上がる。
「キミをここまで回復させた大平さんには感謝だね」
振り返り、正吾となにか言い合っている有希を見た。
「ああ。彼女には頭が上がらない。最高のメイドだよ」
「最高のメイドなんて言葉がキミの口から出るなんてね」
笑いながらバッターボックスに戻っていく芳樹の背中に声をかける。
「おい。もう勝負はついたろ」
「こんなに楽しい勝負を終わらすのは勿体無い。もっとやろう」
振り返り、悪ガキみたいな顔で言われてしまう。
「もしかして、これ以上打たれるのが怖いのかい?」
「にゃろ……」
挑発されて簡単に乗ってしまう。
「お前らああ! 延長戦じゃ!!」
「「しまって晃!!」」
「有希までいじってくるやん!」
勝負なんてことは忘れ、ワイワイと少年少女みたいに野球を楽しんだ。
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