第90話 メイドとの噂が広まっている

 野球部の試合が終わってから数日が経過した。


 もうすぐ修学旅行だと胸を躍らせながら、旅行の日を指折り数えて楽しみにする。


 それくらいしか今月の大きなイベントはないかなと思っていた。


「なぁ、守神。お前って妖精女王ティターニアと付き合ってんの?」


 まただ。


 ほとんど喋ったこともない、クラスメイトでもない奴からの質問。


「付き合ってねぇよ」


 もう、何度も同じやり取りをしているので、いい加減にして欲しい。まるでマスコミを相手にしているスポーツ選手みたいで嫌気が差す。


「そ、そうだよな。あはは。そりゃそうだ」


 似たようなリアクションを取られてしまい、そのまま去って行く。これもテンプレ。


 野球部の試合以降、俺と有希が付き合っているのではないかという噂が広まった。


 野球部の人達は噂を流すことをしないと思うから、サッカー部か、それとも、応援していた女子か。


 誰かが流した噂は一気に広まり、毎日同じ質問をされてしまう。


 もう何度も否定しているのだが、否定の噂が一向に減らない。







「自業自得」

「それはまさにそうだぞ晃」


 昼休みになり、野球部の一件以降、更に仲が深まった白川琥珀と、正吾と共にランチタイムへと突入する。


「2人であんだけベンチで、イチャコラセッセしてたら、噂の1つや2つ余裕で広まるでしょ。それを見せつけられたわたし達に、『このことは秘密な』とかほざいてんじゃないよ。ゆきりんに愛の言葉を囁けよ」

「晃が俺意外に愛の言葉を囁くのか。ゾクゾクするぜ」

「ガタイのイケメンがうるさいよ。寝取られ体質発動させてんじゃないよ」

「ごみん」


 白川に言われて、シュンとなる正吾は、モソモソと寂しく食事を始めた。


「守神くん」


 正吾のことを気にしている場合ではなかった。


「野球部を救ってくれたわたし達のヒーローは、さっさとヒロインに告白して、末永く爆ぜてください」


 若干怒りながら白川に言われてしまう。


 告白……。


 その単語を聞くと、なんとも言えないドキドキがやってきて、食事が喉を通らない。


「なにを恋する乙女みたいな雰囲気を醸し出してるのさ」

「そ、そんな空気だった?」

「そこらの女の子より乙女みたいだったよ」


 まじか……。


「流石は、ヒーローでもありヒロインでもある守神晃しゅじんこうだぜ」

「そうか。俺ってどっちでもあるんだ。好きな時に選べるチート能力。まさに守神晃しゅじんこう

「守神くんって案外バカだよね」


 呆れた声を出す白川は、ジト目で俺を見た後に、なにか思いついたような笑みを浮かべる。


「そうだ。わたし達で修学旅行の班組もうよ」

「おっ。良いな」


 白川の発言に正吾が乗っかった。


「そうだな」


 断る理由もなく、俺も肯定した。


「ゆきりんには守神くんから誘っておいてね」


 さも、当然のように有希も同じ班に誘うことになっているのは、俺達の仲が深まっている証だと思い、なんだか嬉しかった。


「ゆきりん?」


 それにしたって、そのあだ名が少々気になる。


「良いでしょ? 可愛くて」

「大丈夫か白川。晃がそう呼びたいと叫びたそうにしているが」

「してねぇわ!」

「あ、ごめん守神くん。でも、守神くんは生徒会長にご主人様と呼ばせてる性癖の持ち主だったよね。独占欲強めな人の前で仲良しアピールはわたしが空気を読めてなかったよ」

「やめろよ。あながち否定できないことでグーで殴ってくるなよ」






 学校が終わり夜になる。


 いつもの食事を終えて、ちょっとした雑談タイムとなる。


 最近、メイド喫茶で新メニューが増えたとか、シャンプーの新商品を試してみたなんて話題を話してくれる。最近の有希はめっちゃ喋る。普段聞き手に回ってくれているので、こうやって話してくれるのは嬉しく思う。


 話題が修学旅行の移り変わり、昼休みに白川から頼まれていたことを有希に話しておいた。


 返事は、「はい。よろしくお願いします」とのことで、簡単に同じ班になれた。


「同じ班だと噂に尾ひれが付きそうだな」


 嬉しい反面、そういうややこしいことが増えそうな気がして少し億劫になる。その程度で有希と違う班になる未来なんてないのだけど。


「噂?」


 有希は小首を傾げていた。


「噂って?」

「え、あ、いや、その……」


 俺はあれだけ聞かれているというのに、有希は本当にわからないといった様子であった。


 なんて言えば良いか上手い言葉使いが思いつかず、恥ずかしいけどそのまま伝えることにする。


「お、俺と有希が、その……。付き合ってるって……」

「そんな噂が流れているのですか?」

「有希は聞かれないの?」

「全く」


 心底知らなかったと言わんとする有希は、難しい顔をしていた。


「最近生徒会で忙しいのと、メイドカフェも相まって、学校では生徒会の人達としか喋っていませんからね。休み時間も生徒会室にいますし、雑談をする暇がなかったので」


 なるほど。だから最近、やたら喋ってくれるのか。


「私に噂を聞けない分、晃くんが全部背負ってくれているんですね」

「それは大袈裟過ぎるけど」

「これは対策を考えないといけませんね」

「対策? なにかあるの?」


 うーんと有希は唸り声を出していた。


「本当は明日から……。でも修学旅行まで忙しいから……。だったら本番で……」


 有希は、呪文を唱えるように、ぶつぶつと呟くと、「整いました」と言い出した。


「その心は?」

「今はまだ秘密。です」

「秘密の多いメイド様だことで」

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