第69話 爆弾投下

 4人でコタツテーブルを囲み、勉強会が開始される。


 いつも座っている場所に俺が座り、有希もいつも座っている俺の正面へと腰を下ろしている。右隣に正吾、左隣に白川が座った。


 コタツの毛布は有希が定期的に洗ってくれているので、今日もふかふかで気持ちが良い。洗剤の香りも微かに香る。


 コタツというのはスイッチを入れてからすぐには温かくならない。しかし、今、コタツの中は最高に温かい状態だ。


 それなのに、まだ俺への処刑が決行されないでいる。


「大平さん」

「はひっ」


 白川が普段通りに名前を呼んだだけなのに、有希は声を裏返して返事をする。


 まぁ動揺するわな。なんせ隠れてバイトしている先の制服をあんなに堂々と見られたら。


 でも待って欲しい。


 有希の場合はなんとでも言い訳ができるわけだ。いや、そもそも言い訳なんて必要がない。


 だって、ここ俺の家だもん。


 あのメイド服、絶対俺のだと思われてるもん。


 ブブゥとポケットに入れているスマホが震えた。


 スマホ同様に震えている俺の手で、スマホを取り出し画面を確認する。


 LOINが入っていた。


 差出人は、有希だ。


『すみません。スチームアイロンをしたまま忘れておりました』というメッセージと共に、申し訳なさそうに謝るネコのスタンプが押されていた。


 有希もスタンプを押すんだなって思うと、どこか新鮮な気がして顔がほころんだ。


「なぁなぁ晃」


 ほころんでいる場合じゃない。


 正吾が話しかけてきたので、なんとかいつも通りに、「んぁ?」と返事をするとシャーペンで自分のノートを差した。


「この問題なんだけどよぉ。教えてくれね?」

「あ、ああ。ここは──」


 返事をしながら疑問に思う。


 どうしてだ。どうしてこの2人はなんの反応も示さないんだ?


 見えてるよな? あのカーテンのところにかかっているミニスカメイド服、見えている、よな?


 もしかしたら、選ばれし者しか見えないなにかなのか? 伝説のメイド服的な? じゃあ、なに? 選ばれなかった人は、あのメイド服着た有希が裸に見えるの? なにそれ。選ばれない方が良いじゃん。


「なぁるほど。サンキュー」

「ああ」

「でさ。あのメイド服。晃の?」


 そりゃ見えてますよね。


「もう! 近衛くん!」


 正吾の質問に、白川が少し怒ったような口調で言ってのける。


「男の子には色々な趣味があるんだから黙っておきなよ。わたし達が急にお邪魔したのが悪いんだから」


 うん。予想通り、ミニスカメイド服は俺のものだと認知されていたな。それを黙ってくれていた白川はなんて優しい女の子なんだと思う。


 有希は口を、パクパクさせて、なにかフォローを入れようとしているが、やめてくれ。今のあんたの精神状態じゃ、火に油を注ぐことになりかねない。


「わりぃ晃。知らなかったぜ。お前がメイド服でシコッてるなんてよ」


 いつもならぶん殴っている案件だが、今は殴ると惨めな思いをしてしまうのはこっちの方だ。


「そうだよな……。中学の時は色々あったもんな。ストレス発散は大事だよな。うん。俺が一肌脱いでやるか」


 正吾は思いついたように立ち上がる。


「晃。俺が今からメイド服を着るから、俺でシコってくれや」

「「ぶっ」」


 女子2人が吹き出した。


「いや、待て、なんでそうなる?」

「幼馴染の親友だろうが。お前のリピドーを受けるのも俺の役目さ」

「なんでお前はナチュラルにそういう発言ができんだよ。そういうところだぞ? 俺とお前が勘違いされるの」


 もちろん、正吾の発言は本気の発言ではない。これは俺達なりのノリ。


 正吾はメイド服を着る変態を演じて、有希と白川の俺へのダメージを軽減してくれている。


「ダメ!」


 だが、正吾の意図は俺に通じるが、有希には通じない。


 彼女は大きく短い声を出すと、スタッとメイド服を抱えて正吾を睨んだ。


「このメイド服を着て良いのは私だけです!」

「大平……? ええっと……」


 全くそういう感じじゃなく、おふざけだった正吾は、あたふたとして俺に助け船を出してくるが、俺もどう助けて良いかわからない。


「このメイド服は私のものです。この服を着て晃くんのお世話ができるのは私だけなんです!」


 とんでもない爆弾を投下しやがった。


 これには、正吾も白川も驚愕の顔をしている。


「お、おい。有希……?」

「良いんです。私のミスのせいで晃くんが、メイド服を隠し持ってる変態と思われるくらいなら、私の秘め事を曝け出した方がマシです」

「有希……」


 そこまでして俺を庇ってくれるのか……。


「大平……」

「大平さん……」


 正吾と白川が何とも言えないか細い声で有希の名前を一旦呼んだ。


 次になにを言われるのか大体予想していた俺と有希の顔に緊張が走る。


「大平がそこまで晃を庇う必要はないって」

「そうだよ。そんなバレバレの嘘ついてまで庇わなくても、わたし達は守神くんのこと避けたりしないよ」

「ああ。変態って思うだけだ」

「それそれ」


 なるほど。


 生徒会長、妖精女王ティターニアという肩書きが強すぎて今の話しが信じられないのだろう。


「ち、違います! 本当に私ので……」

「大丈夫、大丈夫」

「うんうん。守神くんが変態ってことで」


 まぁ、有希の秘密をバラされるよりは、俺が変態で終わるのが平和的だろう。


「だから! 本当に……。もう! 私は──」


 有希は頑固なところがあるので、1度決めたことを貫こうとする。


 今回のも折れる気はないみたいで、再度真剣に俺と有希の関係性を説明した。

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