第29話 合い鍵交換

 ここ最近は段々と早起きになっていっている。8時過ぎまで寝ていた自分が信じられないほどに早い。とはいっても、まだまだ特別なアラームが必要だがね。


 その特別なアラームというのは……。


 ピンポーン。


 俺の部屋の玄関のチャイムが、その特別なアラームだ。


 これは有希がやって来たことを知らせるチャイム。食費を折半している有希は朝ごはんも作ってくれる契約となっているのだが、自ずと朝起こすことも同時にやってくれている。


 ここ最近、このチャイムのおかげですんなりと起きられるようになっていっている。


 今日もチャイムを聞くとベッドから起き上がり、玄関へと向かう。


「最近、早いですね」


 玄関を開けた先にいるブレザーに衣替えした銀髪美少女に、朝の挨拶もなしでそんなことを言われてしまう。


「人間って慣れるものだよな」

「ふふ。そうですか」


 どことなく嬉しそうに言ってのける有希は、慣れた足取りで部屋に入って来ると、

「そうだ」と思い出したように言いながらスカートのポケットからなにかを取り出した。


「こ、晃くん」


 まだ呼びなれていないが、なんとか俺の名前を呼んでくれると、手に持ったものを見せてくれる。


「昨日、流れで鍵をお借りして返すのを忘れていたのですが」

「あー」


 そういえば、昨日母さんがやって来た時に、隙を見て出て行ってくれと渡したのを思い出す。


 鍵を受け取ろうとして、一旦手を止めた。


 よくよく考えたら、専属メイドとして家に来てもらう時、毎回チャイムを鳴らして入ってもらっているよな。


 最近はほとんど毎日朝食を作りに来てくれているし、作り置きのタッパーを届けてくれる時もチャイムを鳴らしてくれている。


 チャイムを鳴らして数秒で出れる時もあれば、トイレをしている時だってある。長い時間待たすことはないが、その短い時間も積もれば大量の時間となるだろう。


 人を、ましてや女性を玄関で待たすという行為は紳士的にNGだろう。


 あと、正直、玄関まで出向くのはだるい。


「有希が合い鍵として持っててくれないか?」

「へ?」


 受け取ろうとしたのに、急にそんなことを言ってくるので、有希は間抜けな声を出し、少し焦った声を出した。


「そ、それは……」

「有希もいちいち玄関のチャイム鳴らして待機するの面倒だろ?」

「まぁ……。それはそうですが」

「玄関まで行くのだるいし」

「それが本音ですか……」


 はぁと呆れたため息を吐くと、有希はどこか悪戯をする少女みたいな笑みを浮かべる。


「知りませんよ? 勝手に入って掃除しますよ?」

「ありがたくない?」

「勝手に食材使って料理しますよ?」

「ありがたくない?」

「か、勝手に入って、ベッドを温めておきますよ!?」

「ありがたくない!?」


 全部が全部、プラスに傾いている気がするのだが。


「てか、俺のベッドに入るの?」

「言葉のあやです!」


 言葉のあやではないと思うが。なんとなしに流れで出てしまった言葉だということはなんとなくわかる。


「ま、まぁ? 晃くんが良いのなら預かっておいてあげます」


 有希は差し出した手を引っ込めて俺の部屋の鍵をスカートにしまう。


「そういえば、今日はちょっと冷えるみたいですよ」

「そうなんだ」


 だから有希はブレザーなんだなと思っていると彼女が質問を投げてくる。


「晃くんのブレザー、アイロンかけて私の部屋にありますけど、どうします?」


 昨日、有希が自分のと一緒にアイロンをしてくれたのを忘れていた。その行為に感謝しながら彼女へ答える。


「じゃあ、俺もブレザーで行こうかな」

「わかりました。じゃあ、取ってきますね」


 そう言って、有希は来たばかりの俺の部屋から出て行ってしまう。せっかく来たのに申し訳ないと思っているのも束の間。すぐに俺のブレザーを持って帰ってくる。お隣さんの移動時間というのは凄まじくも速い。


「どうぞ」

「うぉ」


 渡されたブレザーは、シャキッとしていて、まるで入学式を思わせるほどに綺麗である。こんなに綺麗なブレザーなんて本当に1年の時以来だと思いながら受け取ると、続いて有希が手を伸ばしてくる。


「それと、これを」


 渡されたのは家の鍵だった。それは俺の部屋の鍵と同じ形。やっぱり返却しようと思って渡したのだろうかと思うと、彼女が説明してくる。


「私の部屋の鍵です」

「え? なんで?」


 急に女の子から鍵を渡されて、変な声で質問をしてしまった。


「晃くんの部屋の鍵を借りたなら、私もあなたに鍵を渡すのが筋でしょ?」

「そうなの?」

「そうなんです」


 言い切る彼女に、男へ合い鍵を渡すデメリットを言ってやる。


「良いのか? その、色々悪戯されたりとかってのは考えないのか?」


 寝ている隙に、とか、こいつは色々考えないのだろうか。


「あ、あなたのことは信用しているつもりなので。そういうことはしないとわかっていますし」


 それに……と顔を若干赤らませて呟く。


「晃くんになら……悪戯されても、まだ許せるというか……」

「へ?」

「と、とにかく! 晃くんは私のご主人様なんですから! メイドへ合い鍵を渡したら、メイドもご主人様へ鍵を渡すものなんです! それが筋なんです! これ以上の説明は不要! 終わり! とっとと鍵を受け取ってください!」


 そう言って半ば強引に鍵を渡されてしまう。


「ほらほら、朝ごはん作りますよ」


 そう言っていつも通りに朝ご飯を作り始める有希。


 まぁ、悪用するつもりもないし、預かっておくか。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る