第22話 その美貌に並ぶ者なし
「もう出るのか」
7時過ぎ。
朝食を食べ終えて、軽く洗い物をしてくれた大平有希。玄関にてローファーを履く彼女へ、感心というか、尊敬というか、なんというかな声が漏れる。
こちらの漏れた声に、片足を上げて、指を靴を指に突っ込みながら答えてくれる。
「文化祭も少しずつ近づいてきていますのでね。まだまだ繁忙期とまではいきませんが、やれることは少しでも片付けておきたいので」
「優秀な生徒会長様なこった」
生まれた年は同じはずなのに、どこでどう育てばここまでの差が出てしまうのだろうか。ここまで優劣がはっきりしていると、感銘を受けてしまうほどにもなる。
トントンとつま先を叩いてローファーを履くと、「あ、そうだ」と何かを思い出したようにスクールバッグから何かを取り出した。
青色の布で包まれた何かを俺へと手渡してくれる。
「なんだ? これ」
「お弁当です」
「お弁当……?」
確かに、言われて思ったが、持った感触としてはお弁当だと理解できる。しかし、なんでお弁当を渡されたのかは理解ができない。
「安心してください。ちゃんと男の子でも使えるお弁当箱ですので」
「いや、お弁当箱なんて、ハローなギディちゃんでも、プリンセスものでもなんでも使うけどさ」
「そういうのは気にしないタイプなのですね」
「根本的に、なんでお弁当を渡してくれるんだ?」
「なんでって。先ほどから言っていますが、朝、昼、晩の食費を折半するので、お昼もあるに決まっているではありませんか」
「あー……」
なるほど。寝ぼけた頭ではお昼をどうするかなんて考えもしなかったけど、お弁当という手段があるんだな。納得だわ。
「すみませんが、お弁当はリクエストを聞けなかったので、私のお任せとなっております」
「いや、大平の料理ならなんでも美味しいからお任せで良いよ」
「そ、そうですか」
こちらの素直な意見に、彼女は少しだけ照れ臭そうに顔を背けていた。
「あ、あなたも。せっかく早起きしたのです。ギリギリに家を出ず、余裕を持って学校に行ってはいかがですか?」
照れ隠しをするように見せかけて、おっしゃる通りの事項を言われてしまう。
「善処します」
答えると、はぁとため息を吐かれてしまったが、すぐに表情を戻して手を上げてくれる。
「行ってきます」
「行ってらっしゃい」
こちらはまだ寝巻きのジャージー状態で手を上げて見送る。
ガチャリと玄関のドアが勝手に閉まると回れ右をした。
「たまには、早く学校に行くか」
せっかく早起きしたのだから、大平有希の言う通り、早めに行くのも悪くないかもしれない。
俺は寝巻きを脱いで制服に着替える。
7時20分。中学の修学旅行の時以来、初めてこんな時間に家を出た。
♢
1時間、時間を早めただけで世界は変わっていた。
いつもの通学路の国道も車の数が少ないし、歩道を歩く人も少ない。全くないというわけではないが、指で数えるほどの通行人しかいない。更に言えば、学校へ向かう方向に人が歩いていないので、この歩道が俺専用の歩道と錯覚して気持ちが良い。
太陽の位置も違うので、昨日と同じ晴れでも、微妙に輝きが違って見える。
気のせいだとは思うが、どことなく空気が美味しい気がする。
早起きをして、朝ごはんを食べて、早く家を出るだけで、こうも世界に変化が訪れるのか。
毎日、ギリギリでの登校。たまにダッシュをするくらいまでカツカツな時間に登校するので、朝は体力が結構消耗したりする。
しかし、今日はその限りではない。
余裕を持って、自分のペースで歩いてきたので、登校が苦にならない。
足取り軽く、いつもより歩幅が広くなると、なんだかあっという間に学校に到着する。
いつもなら、ギリギリダッシュ仲間の生徒達と一緒に入る正門も、今日は余裕しゃくしゃくでくぐり抜ける。まるで、カメとウサギのウサギが、手を抜かずに走り抜けた世界線みたいなノリで正門を抜けて昇降口までやってくる。
遠くのグラウンドの方で朝練をしている部活生の声が聞こえてくるが、昇降口には誰もいなかった。
誰もいないのに遠くから部活動の声が聞こえるのなんて、なんだかエモいな、なんて思うのは俺だけだろうか。
カツンカツンと、誰ともすれ違わない校舎内。俺の上履きの音だけが響き渡る廊下。
普段、自分の足音なんて聞かないので、俺の足音ってこんな感じなんだと、新たな自分の一面を知れて、心底どうでも良くて笑みが溢れる。
1人で怪しい笑みを浮かべながらいつもの教室に入る。
その先に見た光景を見て、つい足を止めてしまう。
教室には朝の太陽の日差しを浴びた妖精が座っていた。
マンションで見た時とはまた違った印象。
長い銀髪が窓越しの太陽の光を浴びて、キラキラと宝石のように輝いている。
彼女の美貌に並ぶ者なし。
と言っても言い過ぎと思えない。
ただ席に座っているだけ、と言われればその通りだが、ただ席に座っているだけでこうも神々しいオーラを放って座れるのは、美少女の中でも群を抜いて綺麗と称する他ない。圧倒的美貌は才能と言わざるを得ないだろう。
この世の頂点に君臨した美しい妖精は、人の気配を感じたのか、顔を上げてこちらと目が合う。
すると、手の届かない幻想のような妖精から、1人の少女になったかのように、勝ち誇った笑みを見せてくれる。
少女のような笑みを見て、俺は異世界から現実世界に戻って来たかのように、ようやくと歩みを始めることができて、自分の席へ向かう。
「気持ちの良いものでしょう? 早起きって」
まるでこちらの心を見透かしたような声を出してくるのは悔しいが、彼女の言う通りなので、言い返す言葉が思いつかない。
「だな」
観念して、短い肯定文を返しながら席に着くと、嬉しそうな顔をされる。
「この気持ちの良い朝の気分を毎日味合わせてあげます」
「毎日……か……」
ふと、思う。
毎日、異世界転生──さっきみたいな幻想的で神秘的な妖精の姿を1人占めできるのなら。
「悪くないな」
「ふふ。そうですか、そうですか」
こちらの思いを知ってか知らぬか、大平有希は満足そうに言いながら、自分の作業を進めていた。
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