第11話 萌え萌えキュン

 ジャアアアァァァ。


 8畳の部屋から廊下への扉を開けている状態で、キッチンに立つ大平有希の姿を眺める。


 キッチンに立つ彼女はメイド服の恰好をしていた。


『着替えて来ます』


 食材を買い終えて、俺の部屋の前をスルーしながら言い残し、503の部屋に戻って行った彼女は数分後、本当にメイド服で俺の部屋に戻って来た。


 わざわざ着替えるなんて面倒だろうに、なんて思ったが、先程メイド服を、『合法的に着れる』とかなんとか言ってたのを思い出した。そんなに好きなんだな。メイド服。


 そこまでいくと、芯がしっかりしているというか。なんというか。


 いや、だからこそ生徒会長も務まるのかと納得してしまう。


 キッチンに立つメイド様は、流石得意料理というだけあって手際が良かった。


 卵なんて片手で割っていたし、ボールに入れてかき混ぜる菜箸の手つきは相当作ってきたのだと伺える。


 我が家に炊飯器なんてものはないので、レンジでチンしてできる米を、先程購入したIH専用フライパンに入れて、ケチャップをかけて、慣れた手つきでフライパンを振っている。


 チキンライスの良い匂いが、キッチンからこちらまで漂ってきて、早く食べさせろと胃が訴えかけている。


 しかし、なんとも奇妙というか、不思議な体験というか。


 昨日まで誰も立つことのなかったキッチン。1度も使ったことのないIHコンロを、今日はメイド様が使っている。


 キッチンも心無し、俺みたいな奴が使うよりも、銀髪美少女に使われて喜んで見えるのは、彼女が楽しそうに料理をしているからだろうか。


「できましたよ」


 あっという間に完成したオムライスを、綺麗になった部屋に運んでくれる。


 先程までゴミで埋まっていたコタツテーブルの上に、お店で注文したような、ふわとろのオムライスが並べられた。これが本来のコタツテーブルのあり方であるよな。


 匂いだけで美味しいと思わせるオムライス。早く、早くと体全体がメイドのオムライスを欲している。


「じゃあ、さっそくと──」

「待ってください」


 小学生みたいに、『手を合わせてください、いただきます』をしようとした矢先にお預けをくらってしまう。犬のようによだれを垂れ流して彼女を少しばかり睨みつける。


「守神くん。なにかご希望はございますか?」

「希望?」


 なんのことを聞いているのかさっぱりわからずにいると、彼女は秘密道具を出す青いネコ型ロボットよろしく、どこからかケチャップを取り出した。


「メイドが作ったオムライスといえば、絵を描くのが定番でしょ?」

「どこかで聞いたことがあるな」


 メイド喫茶に行ったことはないが、メイドがオムライスに絵を描いてくれるのはどこかで聞いたことがある。その情報がネットだったか、テレビだったかは覚えていないが、本当に描いてくれるのだと感心してしまう。


「大サービスです。本来ならば売れっ子の私が絵を描くなんて多額の料金を頂くのですが、今回は無料で描いてあげましょう」

「まじか。そりゃありがたいな」

「一応、あなたの専属メイドですからね、一応」


 一応で文を囲んで、不本意で仕方なしにということを強調されてしまう。


「しかし、いきなり絵を描いてくれると言われても、なにを願えば良いかわからないな」

「なんでも良いんですけどね。ご要望がなければお任せで描いてあげますけど」

「それじゃ、お任せで」

「では、男の子が好きなものを描かせていただきます」


 大平有希はケチャップを使って、これまた慣れた様子で絵を描いている。バイト先でも彼女へ絵を要望するご主人様は多いのだろうか。


 器用にケチャップで描いて、徐々になにを描いているのかが浮かび上がって来る。


「ふぃ」


 描き終えた大平有希は、額の汗をぬぐった。


「力作です」

「おお! すごい!」

「でしょ」


 自慢げに言ってのける彼女へ、パチパチと手を叩いて称賛を送る。


「でも、圧倒的これじゃない感!」


 態度は称賛を送ったが、言葉では否定的な声を出してしまう。


「え? 上手く描けたでしょ? 超ファミコン」

「上手いんだけどね。超うまいよ。コントローラーの部分とか超うまい。でも、世代が違う」

「男の子はファミコン好きでしょ?」

「あんた、最新ゲーム機のこともファミコンっていうタイプ?」

「というか守神くん。今からこれに萌え萌えキュンするんですか?」

「あんたが描いたんだよ? お任せにして文句言うのもなんだけど、超ファミには萌えないよ」


 そう言った後に、先程の彼女の言葉に疑問を持つ。


「てか、萌え萌えキュンってなに?」

「守神くんは初めてですか。では、僭越ながら私が萌え萌えキュンをご教授させていただきます」

「おねしゃす」


 コホンと咳払いをすると、萌え萌えキュンの取り扱い説明を開始してくれた。


「私が、『おいしくなぁれ、おいしくなぁれ』と言います。そしたら、手でハートを作って、『萌え萌えキュン』で手を突き出してください」

「おけ」

「では、いきますよぉ」


 大平有希は呪文を唱えた。


「おいしくなぁれ、おいしくなぁれ」

「「萌え萌えキュン」」


 場に沈黙が流れ、オムライスの煙が食欲を注いでくれる匂いを放っている。


「はい♡ 美味しくなりましたぁ♪」

「いえぇーい!」

「守神くんってノリ良いですね。さっきのも全力でしたし」

「こういうのは全力でやらないとな。それじゃ、いただきます」


 スプーンですくって、超ファミのオムライスを頂くとする。


「……めっちゃうまい」


 流石は得意料理というだけあって、究極にうまかった。ここまで美味しいのも、もしかしたら、おまじないのおかげかもしれない。全力で萌え萌えキュンしたかいがあったな。

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