9.

 車が家に着く。紅葉は呆然としたまま、一言も喋らない。何が起こっているのか把握しきれていない様子だ。英斗が紅葉を抱えるように部屋に連れて行く。紅葉の部屋に入り、ベッドに腰掛けさせる。英斗は隣に腰掛けると紅葉の肩を抱きしめた。


 その瞬間、紅葉の瞳から涙の粒が溢れ出して流れた。


「なんで?なんであんなことしたの?私はそれでも新さんと一緒にいられるなら、それで良かったのに・・・。それなのに・・・それなのに・・・」


 最後は言葉にならずに嗚咽を漏らしながら泣いている。新との恋が終わってしまう・・・。その現実を受け入れることができるのか、紅葉には分からなかった。


 英斗が静かに言う。


「辛い思いをさせたとは思っている。でも、俺はこの行動が間違いだとは思っていない。日に日に弱っていく紅葉をこのまま見過ごすことができなかった・・・」

 

 英斗の言葉に紅葉は何も言わなかった。いや、正確には言えなかった。自分の状態がおかしいのは自分でも分かっていた。英斗や千秋がすごく心配しているのも分かっていた。


 だから、悩んでいた・・・。


 このまま付き合い続けても苦しんで周りに余計心配をかけるんじゃないか?


 別れる方が賢明なのではないか?


 でも、新との付き合いを自分から終わらすことができなかった。


 優しい新と付き合えて幸せだったのも本当だったから・・・。


 紅葉は新と付き合っていた日々を思い出しながら、この恋が終わる事に静かに涙を流し続けた。隣で英斗が優しく言葉を言う。


「・・・多分、紅葉は初恋シンドロームの状態だったんだろうな」


 英斗の言葉に紅葉が反応をする。


「はつ・・・こい・・・シンド・・・ローム・・・?」


 聞いたことのない言葉に紅葉が聞き返す。

 英斗は自分に引き寄せるように紅葉の肩を抱き、静かに語りだす。


「初恋症候群、というものなんだけど、特に女性に多いかもしれないな。初めて付き合うわけだから、盲目状態になってその人しか見えなくなる。初の恋人だからね。この人だ!っていう運命的なものを感じてしまうんだよ。誰もがそうなるわけじゃないけど、紅葉は純粋で真面目なところがあるから、その状態には陥りやすかったのかもしれないな・・・」


 英斗の話に紅葉は何も言わなかった。一つの物語を聞くように聞いている。


 

 その頃、新はある店の前にいた。呼吸を整えて店に入る。店内を見渡すと新が来たことに気付いて手を振っている。

 新はそのテーブルに行き、向かいの席に座った。


「こんにちは、新くん」


 そう言って、鈴乃は微笑んだ。



 沢山泣いたからか、紅葉がぼんやりとした顔をしている。英斗はそれに気付いて紅葉の体を横にして寝かせた。しばらくすると、寝息が聞こえてくる。

 英斗は寝たのを見届けると、そっと部屋を出た。自分の部屋に戻り、スマートフォンを確認すると、鈴乃からラインがきている。そのラインには一言だけ書かれていた。



『成功!』


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