2.
次の日は日曜日ということもあり、紅葉は英斗と一緒に朝食を食べていた。紅葉の腕に光るものを見て英斗が言葉を発する。
「・・・彼氏からのプレゼントか?」
英斗の言葉に紅葉は一瞬何のことか分からなかったが、すぐにブレスレットのことだと分かり、嬉しそうに言った。
「うん!新さんからのクリスマスプレゼントだよ!」
「安物のブレスレットか」
「気持ちこもっているもん!!」
和やかな朝食に英斗が悪態を突く。紅葉はそれに抗議するという、賑やかな朝食風景だった。両親はその様子を微笑ましそうに見ている。
「こらこら、仲が良いのは分かったから早く食べてしまいなさい。いつまで経っても片付かないわ」
母親が二人をたしなめるように優しく言う。父親はその様子を優しい顔で見守っていた。いつもの日向家の食卓の雰囲気だった。そこに英斗が言う。
「紅葉、今日は友達と出掛けるんだろ?俺も街の方に用事があるから送って行ってやるよ」
「うん。ありがとう、お兄ちゃん」
紅葉は今日、友達の千秋(ちあき)と遊ぶ約束をしていた。
千秋は高校からの友達で大学も同じところに進学した。新と出会った合コンに紅葉を誘ったのも千秋だ。そして、昨夜電話で千秋にキスできたかどうか聞かれて、していない理由を話すと千秋はため息をつきながら
「あの人も紅葉同様そんなに奥手なの?まるで小学生の恋愛みたいね。それとも、キスできない理由があるのか・・・」
と、言われてしまったが、紅葉が、
「私は新さんを信じているもん!」
という言葉に、「やれやれ」と肩を落とし、二人でクリスマスパーティーをしようと言ってきたのだった。
出掛ける準備をして玄関に行くと英斗はすでに車のエンジンをかけて待っていた。どうやら、体を冷やさないためにエアコンを付けておいたらしい。
「お待たせ、お兄ちゃん!」
「よし、行くか」
車が走り出す。エアコンを付けておいてくれていたお陰で車の中は快適だった。
「そういえば、お兄ちゃんは何の用事があるの?」
「麻薬の取引」
「え・・・?」
ダークな事を言う英斗に紅葉は焦る。
「冗談だ。ちょっと行きたいところがあるだけだよ」
英斗の言葉に紅葉は何処に行くのか聞きだしにくくなって、聞かないことにした。
「そうだ、紅葉。また、あのナッツビタ・・・?ビッツ・・・?」
「ナッツビスコッティのこと?」
「そうそう、イタリアの伝統のお菓子とか言っていたやつ。あれ、美味かったからまた作ってくれよ」
そんな会話をしていると、千秋と待ち合わせの場所に着き、車を降りた。
「やっほー、紅葉。こんにちは、お兄さん」
千秋が英斗にお辞儀をする。高校の時に家に遊びに来た時、何度か英斗と顔を合わせているので英斗のことを千秋はよく知っていた。千秋はミニスカートにロングブーツという格好だった。革のジャケットをカッコよく羽織っている。どこか頼りになる姉御という雰囲気が漂う女性だった。天然で可愛い系の紅葉と頼れるかっこいい姉御系の千秋。タイプの違う二人だが、周りからは「付き合っていてもおかしくない組み合わせよね」と、よく言われていた。
「こんにちは、千秋ちゃん。今日は紅葉をよろしく頼むよ」
「分かりました!お任せ下さいな、お兄さん!」
「もし、千秋ちゃんの言うことを聞かなかったら冷た~い氷水をバケツ一杯頭からぶっかけていいからね」
「あはは、了解でーす!」
英斗と千秋の怖い会話に紅葉がすかさず反応する。
「お兄ちゃん!千秋ちゃん!さらっと怖いことを会話しないでー!!」
紅葉の抗議に千秋が頭を撫でる。
「ごめんごめん。相変わらず紅葉はいじりがいがあるね~」
「千秋ちゃんの意地悪~」
「紅葉、あんまり遅くなるなよ?それじゃあ千秋ちゃん、よろしくね」
定番のやり取りを終えると、英斗は去っていった。それを見送り終わると千秋がすかさずに言う。
「相変わらずお兄さんに大事にされているよね。ところで・・・」
「・・・何?」
千秋が紅葉の腕を指す。
「そのブレスレットと腕時計はどっちがどっちからのプレゼントなの?」
「ブレスレットが新さんからで、腕時計がお兄ちゃんからだけど?」
千秋が紅葉の腕をじっと見つめていると思いきや、急にスマホを取り出して何かを調べ始めた。そして・・・、
「・・・やっぱりこれだ」
千秋はそう言ってスマホの画面を紅葉に見せる。そこには紅葉が付けている腕時計の写真だった。値段をみると・・・
「じゅ・・・十万円!!」
あまりの値段に声が大きくなってしまった。
「これ、クリスマス限定の腕時計だよ。限定生産だからそれなりにお値段がするみたいね」
千秋の言葉に紅葉は目を白黒させながら慌てふためいている。口も金魚のようにパクパクさせてどう言っていいか分からない様子だ。そんな様子を気にも留めずに千秋が言葉を続ける。
「さすが、大きな病院でカウンセラーしているだけあるわね。妹にこんな豪華なプレゼントなんて太っ腹じゃない・・・て、紅葉はいつまで金魚状態になっているの?」
「だ・・・だってだって、そんな高価なものだなんて知らなかったから、値段知って付けていていいのかなとか思っちゃうよ~」
そう言っている紅葉の目は涙目だった。
「泣かんでも・・・。可愛い妹のために奮発したのならありがたく受け取っておけばいいんじゃない?」
「うぅ~・・・。私なんて手作りのクッキーだよ~。バイトは心配だからダメって言われたからお小遣いでやりくりするしかなくて、新さんのプレゼントのことがあったからお兄ちゃんのプレゼントは手作りが精一杯だったんだよ~」
そう言って、項垂れる。千秋はそんな紅葉に頭を撫でながら元気づけた。
「でも、お金ないからプレゼント無し!じゃなくてちゃんと手作りでプレゼントしたのでしょう?それならそれでいいじゃない。お兄さんも紅葉がバイトしていないことは知っているし、お小遣いで材料買って作ってくれただけでもお兄さんは嬉しかったと思うよ。私もお兄ちゃんいるけど、プレゼントなんてもらったこともあげたこともないわよ。本当、紅葉のところは兄妹仲が良いわよね~。妬いちゃうわ」
そんな会話をしながらパーティーをする場所であるカフェに着いた。そして、ケーキと紅茶が運ばれてくる。紅葉は木こりをイメージしたチョコレートケーキ。千秋はモンブランだった。二人でおしゃべりをしながら楽しい時間を過ごしていた。
そして会話の中で千秋が話したことに紅葉は唖然となった・・・。
「・・・新さんがそう言っていたの?」
その頃、英斗はとある洋食屋に来ていた。そう、この店は新がバイトをしている洋食屋クレールだ。
「いらっしゃいませー」
店員に案内されて席に着く。メニューを見てナポリタンとコーヒーを頼むことにした。呼び鈴を押して店員が来るのを待っていると一人の男性店員がやって来る。
「お待たせ致しました。ご注文をどうぞ」
丁寧な言い方とやわらかい物腰の店員だ。英斗が注文をすると、
「ご注文、承りました。お料理が出来上がるまで少々お時間を頂きます。出来上がるまでしばらくお待ちください。では・・・」
店員はそう言うとその場から離れていった。英斗は「あいつだな・・・」と心の中で呟く。さっきの店員こそが紅葉の恋人の新だった。いつだったか、紅葉から新の写真を見せてもらったことがあるし、バイト先も聞いたことがある。ただ、新から恥ずかしいからバイト先には来ないでねと言われたらしく、紅葉はその言葉通りに律儀にここには訪れたことが無かった。
それなりに格式のある洋食屋のせいか、店員は皆タキシード姿だった。言葉遣いも行き届いている。奥にお手洗いがあるのが見えてお手洗いに行くことにした。お手洗いのすぐ近くにスタッフルームがあるらしく、扉は閉まっている。英斗がお手洗いを済ませて出てくると、スタッフルームのドアが少し開いていて、会話が聞こえてきた。
「新くん、昨日の夜に女の子と一緒にいたでしょう。彼女?」
「いえ!そのっ、とっ、友達の女の子ですよ!」
「あらそうなの?遠目だけど、可愛い子だったから彼女かと思ったわ」
「いや、そんな・・・。いっ、妹みたいな子ですから・・・」
そんな会話が聞こえてくる。その女の子は十中八九、紅葉で間違いない。そして、新の口ぶりからすると・・・。
(なるほど、そういうことか・・・。にしても、女の声、どこか聞き覚えがあるような・・・)
英斗は席に戻り、料理が運ばれるのを待った。少しして料理が運ばれてくる。
「お待たせいたしました。ご注文のナポリタンです。コーヒーは食後でよろしかったでしょうか?」
「ああ」
目の前にいる客が紅葉の兄だと知らない新は普通に接客している。そこへ・・・、
「英斗?」
ふいに女性の声がして英斗が顔を上げるとそこには良く知っている顔があった。
「鈴乃・・・」
女性は松井 鈴乃(まつい すずの)。英斗の大学時代の恋人だった人だ。鈴乃の猛アタックで付き合うことになったが、半年で英斗から「やっぱり好きになれない」と言われて別れてしまっている。英斗からずっと好きな子がいるという話は聞いていたが、結ばれるのは難しいということも聞いていたので、鈴乃は条件を出した。
「半年付き合ってみて欲しいの。それで、私のことを好きになってくれたら正式に恋人として付き合ってほしい。でも、半年たっても私のことを好きになれなかったらその時はきっぱりと諦めるわ」
そう言われて、英斗は渋々条件を飲んだが、やはり半年たっても気持ちは変わらなかったので別れることになり、卒業してからは一度も会っていなくて今に至る。久々に会った鈴乃は大学時代に比べてぐっと大人の女性になっていた。
新が英斗と鈴乃の顔を交互に見る。
「鈴乃さんの元恋人・・・さん?」
話を聞いて新は唖然とした。恋焦がれている女性とその元恋人・・・。久しぶりに再会したからか英斗と鈴乃の会話が弾んでいる。新はいたたまれなくなり逃げるようにその場を離れた。そして、裏口から外に出て、空を見上げる。
「鈴乃さんから見たら僕は子供なんだろうな・・・」
あんな、いかにも大人の男・・・という雰囲気の英斗に敵うはずがないと新は悟った。溢れそうになる涙を拭い、気持ちを引き締めて店に戻る。英斗のところに鈴乃はもう居ない。
英斗は食後のコーヒーを済ませると、会計をして店を後にした。
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