第17話
初めてきみを見かけた時のことは今でも鮮明に覚えている。
「今朝は冷えてるな」
寒さでかじかむ手をコートのポケットに突っ込み暖かさを求める。
温かいコーヒーでも飲みたいな。この辺にはカフェなんて無かったよな。仕方なくキョロキョロと自販機を探す。
お、あった。公園の前に自販機が2台並んでいた。
おっと、誰か買ってるか。どうやら先客が居たようだ。
「うー、さみー。コーヒー、コーヒーっと」
その先客もこの寒さの中で小さな温もりを求めて缶コーヒーを買おうとしていた。
ガコン。
「って、うわ!」
遠くからでもその様子が気になってつい見てしまっていた。
「これ冷たいやつじゃねーか! 僕確かに温かいやつ押したよな?」
この寒空の下キンキンに冷えた缶コーヒーか。ツイてないねぇ。ふっ、と笑みを浮かべてしまった。
「くそー、冷てぇ」
温もりを求めて期待を裏切られた彼は冷えた缶コーヒーをちびちびと飲みながら歩いて行ってしまった。
ご愁傷さま。ふんふんと鼻歌を歌いながら温かいコーヒーのボタンを押す。
ガコン。出てきたコーヒーを拾うと思っていた温かさとは違っていて一瞬頭が混乱した。
「冷たっ」
くそー、やられた。まるでトラップだな。
「俺もツイてないねぇ」
見知らぬ先程の彼に、心の中で笑ったことを謝罪した。
✱
ここの公園は最近本社に異動してから通勤途中に毎日通り過ぎる。いつものように公園を通り過ぎようとすると入口に屈んでいる人が居た。どこかで見かけたような気が。
「いってぇー、雪で滑って転ぶとかだっせぇ……」
公園の入口付近は日陰で道が凍っているからな。気をつけて歩かないと転びそうになる。
「あ!昼飯のパンがあぁ」
無惨にも押しつぶされたパンがコンビニ袋から飛び出していた。しかもよく見るとあれはポケモンパンか?ポケモンパンって大人でも食べるんだな。変なところに感心してしまった。
「くそぉ、ツイてねぇ……」
彼がツイてないところを見かけたのはこれで二回目だ。二度あることは三度ある、ということにはならないように祈っておこう。南無。
バッ、と彼が急にこちらへ振り向いた。と思ったら押しつぶされたポケモンパンが入った袋を抱え一目散に駆けていった。
分かるぞ、恥ずかしさに耐えられなかったんだな。
うんうん、と一人頷き歩き出した瞬間つるりと足を滑らせ尻もちを着いた。
……恥ずかしさで顔から火が出そうだ。
何事も無かったかのようにすっ、と立ち上がりそそくさとその場を後にした。
何故だかツイていない彼と縁を感じるみたいだ。呪いか?いや、さすがにそれは失礼だな。
「どういう縁なんだろうなぁ」
自分でもまだ気づいていない。この縁が深く繋がることになるとは。
✱
その日は早めに仕事を切り上げて帰り路につく。腹が減ったので何か口に入れようとコンビニに寄ったのだが何を思ったのか、いや例の彼がよぎったんだな。ポケモンパンを買ってみた。
「初めて買ったぞ」
しげしげとポケモンパンの入ったコンビニ袋を見つめた。
さっさと帰って食ってみるか。味も気になるがどうやらこのパンにはシールが付いているらしい。おまけ付きの物は何歳になっても心躍るもんだ。
そんなことを考えながら機嫌よくいつもの公園の帰り路を通っていると。
お、居た。例のツイていない彼だ。
いつもは見かけるだけなのにその日は何故だか話しかけてみたいと思った。
彼が嬉しそうに微笑んでいたから。まるで恋人を待っているみたいに見えて。
ちょっと気になったんだ。それだけ。だったのにな。
✱
夜の公園に一人きり。大の男がブランコに座って空を見上げている。
あーあ、泣かせちゃったな。願い、届かなかったか。雪は大粒の牡丹雪へと姿を変えてきた。
「さあてと、そろそろ行くか」
恋に敗れた負け犬は大人しくしっぽを巻いて温かい家へ帰りますか。
ポケットに手を入れるとコツンと何かに手が当たる。あぁ、そうだったな。
ポケットにはあの時のオルゴールが入っていた。
結局俺じゃ君の涙を止めてあげられなかったな。ごめんな。
空からはしんしんと大粒の雪が降り注いでいるのに彼と過ごせた短い日々を思い俺の心はじんわりと暖かさを感じていた。
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