第15話 友だち
――兄さんが居ない時、僕はいつも一人きりだった。
『なぁ』
『えっ?』
公園のブランコをキィキィと揺らしながら本を読んでいたぼくに、同じくらいの歳の男の子が声をかけてきた。
きょろきょろと周りを見回してみても自分の他には誰も居ない。
『ぼく?』
『そうだよ』
目の前の男の子は、そんなの当たり前だろうと言わんばかりに機嫌が悪そうに頷く。
『おまえさ、友だちいないだろ』
初めて会ったばかりの男の子は、唐突に胸にグサリと刺さる言葉を浴びせてきた。
『……いない、けど』
『けど?』
『ぼくには!にいさんが、いるもん……』
ぼくは、小さく消え入りそうな声で反論した。
あぁ、と男の子は記憶の中の人物に思い当たったようで。
『あれ、おまえのにーちゃんか』
にいさんの事も何か言われるんじゃないかと思い、イヤな鼓動を打つ胸の辺りをぎゅっと握り締めた。
『カッコイイな!』
何を言われるのかとヒヤヒヤしながら目を瞑って構えていた体は、発された言葉に対して反射的にビクッと震えてしまった。
だが、予想していたものとは違った言葉をかけられたことに気が付き、こわごわと目を開ける。
『ん』
目を開けると、男の子が手をこちらへ伸ばしていた。
『え?』
『ん!』
意味が分からずに戸惑っていると、男の子は満面の笑みで。
『おまえと友だちになってやるよ』
そう言ってきた。
ポカンとしているぼくの手を、構わず掴みブンブンと上下に振る。
『え?え?』
ぼくは、ただただ、頭の中がはてなでいっぱいだった。
『じゃあなー!また明日!』
目の前の状況に置いてけぼりのぼくを残して、男の子は風のように公園から去って行った。
『え?』
それが、僕と夏樹の初めての出会いだった――。
次の日、学校へ行くとその男の子と再び出会った。
「えー、今日から皆と同じクラスになる、金原夏樹くんです」
「夏樹って言います!よろしくお願いしまーす!」
夏樹は小学校一年生の二学期の時に、ぼくと同じクラスへ転校してきた。
明るくて運動神経抜群の夏樹は、あっという間にクラスの人気者になっていった。
ぼくはと言うと、人気者とはかけ離れて、同級生の男子グループからイジメに遭っていた。
ある日、いつものように隠された靴を下校時に探していた時。
「おまえ、イジメられてんのか?」
ゴミ箱の中から靴を取り出していた所を、夏樹に見られてしまった。
「う……」
探しているところを見られた事は、恥ずかしかったし、イジメられてる事はバレたく無かったから……嫌だった。
「やり返さないのか?」
「そんな!こと……出来ないよ」
やり返さないのか?そう言われても、そんなこと一度も考えた事も無かった。
「ふーん」
きっと、この子も見て見ぬ振りをするんだろう。
でも、それでいい。ぼくのことは、放って置いて欲しかった。
なのに――。
「じゃあ、おれがおまえのこと守ってやるよ!」
「え?」
唐突過ぎるその提案に、またもや頭の中がはてなでいっぱいになった。
「おれは、おまえの友だち第一号だしな!」
何で?と聞く前に答えが帰ってきた。
以前に、一方的にされた友だち宣言だ。
「それは、きみが勝手に……」
「よーし!これからは、おれのそばにいろよ!」
反論しようとした言葉を口にする前に遮られる。
「わかったか?」
「え、う、うん」
そばにいろよ、ってどういうこと?
「よっしゃー!じゃあ、行くぞ!」
「え?どこへ行くの?」
「おまえをイジメてるやつらの所だよ」
さも、当たり前のように返答される。
「え、ちょ、え!?」
混乱に混乱を重ねたぼくは、もはやパニック状態だ。
「よー、根暗が珍しく騒がしくしてんじゃねぇか?」
と、そこへタイミング良く?いつもぼくをイジメてくるグループがやって来た。
「おまえらか。こいつのことイジメてるのは」
夏樹がずいっ、とかばうようにぼくの前に立つ。
「何だー?コイツ」
「知らないやつだな」
「おい、お前何だ?」
イジメっ子達がざわついている。
それはそうだろう。今までぼくを助けようなんて子は、居なかったから。
「おれは、金原夏樹だ!コイツの友だち第一号だ」
『友だち』
その言葉を、ぼくに向けて恥ずかしげも無く言うなんて。
でも、だから。本当の事なんだ、って。
そのまま真っ直ぐに、ぼくの心に響いた。
「友達だぁ~?」
「ぎゃははは!」
「コイツに友達なんか居たのかよ!」
「いちいちうるせぇなー、男ならさっさとかかってこいよ」
拳を握り締めパンッともう片方の手の平に打ち付ける。
夏樹の気迫に押されたイジメっ子達は、おどおどと戸惑っている。
「な、何だと!おまえ!」
「後悔しても知らないぞ!」
「うわーん!」
「覚えてろよー!」
夏樹にコテンパンにやられ、ボロボロになったイジメっ子達は泣きながら走り去って行った。
「あ、ありがとう……」
夏樹自身もボロボロで鼻からは血を出していた。
急いでポケットからハンカチを差し出す。
「気にすんな!イジメてるやつはみんなダッセーんだから!」
鼻から血を出したままの夏樹は、明るくぼくに言う。
「いかにもモテなさそうだもんなー、あいつら」
受け取ったハンカチで鼻を拭きながら、夏樹が逃げて行ったイジメっ子達に向けて言葉で追い打ちをかけていた。
何だか、嵐みたいな出来事だったな。
ふと、目の前が揺らいだ。
床を見るとポタリ、ポタリと水滴が落ちていった。
あ……。そっか。
「お、どこか怪我でもしたか?大丈夫か?」
違う違うと頭を振り、一生懸命手で涙を拭う。
でも、拭っても拭っても涙は溢れるばかりだった。
「ほ、ホントは……誰かに助けて、ほしかった」
「助けてって……言いたかった」
ぼくは、ひとりは嫌だったんだ。
「そっか、なら今度はちゃんとおれのこと呼べよ?」
うん、うん。
ついには声を上げて泣き出してしまった。
それだけ、嬉しかった。
「泣きやんだら帰るぞー、おまえの家まで送ってやるよ」
あ、そうだ。名前だ。
「あ、あの!」
「ん?」
「ぼくの、名前……!冬夜、だから……」
おずおずと、尻すぼみになりながら名前を伝える。
「そっか!よろしくな、冬夜!」
名前を呼ばれ、手を差し出される。
ぼくは、この手を取っても良いんだ。
「っ!うん!」
「ぼくも。よろしくね!夏樹!」
そう。その頃はただ、純粋だった。
大切な友達、それだけだったんだ。
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