第5話 家族

 「一人で大丈夫か?俺も行こうか?」


 『霧島』と書かれた表札の前で足を止める。

 いつもより少し遅くなってしまったから、慌てふためいて心配してるだろうな。あの両親なら。


 ふるふると頭を振る冬夜。

 

 「大丈夫、何とかする。ありがとう、夏樹」


 うっ……。


 身長差から冬夜は必然的に俺を見上げる体勢になる。

 その角度で微笑みかけられた表情に少しドキッとする。


 かわいいな……。

 って、また俺は!


 「分かった!じゃ、じゃあな!また明日!」


 赤らんだ頬を隠すように背を向け、俺も家へと向かう。


 だが、冬夜は暫くしてもまだ手を振っていたようだった。いいから早く家に入れって!


 ったく……。これだから心配で仕方がない。



 冬夜の家からは5分程で自宅に着いた。


 「ただいまー」


 おかしい、いつもならすぐに返事が返ってくるのに。


 「あれ?」


 嫌な予感がして、靴を脱ぎ捨て家の中へと走る。


 キッチンへの扉を開けると食卓の椅子に項垂れるように父さんが座っていた。


 「父さん!」


 声を掛けると微かに反応がある。

 だが、顔を上げることは無い。


 「大丈夫?薬は飲んだ?水持ってこようか?」


 軽く肩に手を添えながら父さんの反応を待つ。

 暫くすると、頼む……と掠れた声で父さんが呟く。

 

 「ちょっと待ってて!」


 リビングの戸棚へバタバタと駆け足で向かい、綺麗に纏められた薬袋の中から頓服を取り出す。

 キッチンへ戻り、水道でコップ一杯の水を汲む。


 「父さん、飲める?ゆっくりね」


 のろのろと精一杯の力を振り絞り、父さんが顔を上げると震える手で薬を掴む。

 ごくり、と何とか薬を流し込み深く息を吐き出す。


 「ありがとう……、夏樹」


 水と薬を飲んで一息つけたのか、父さんはようやく俺と会話出来るようになったみたいだ。


 「布団敷こうか?歩ける?」


 「あぁ……、ありがとう……」


 寝室へ布団を敷きに行く。部屋は遮光カーテンで暗がりになっている。


 そうだ、シーツ今朝洗って干したんだった。

 リビングへ戻り、縁側の窓から庭へと出る。


 太陽をいっぱいに浴びてほかほかになったシーツを取り込み、寝室へと再び向かう。


 「これでよし、と。父さん、布団敷いといたよ」

 

 暖かい布団で少しでも眠れたらいいんだけど……。

 父さんは、ここの所何日も眠れていないようだった。


 父さんの体を支えながら、布団へ向かわせる。

 ゆっくりと体を下ろし、ようやく横たわらせる事ができた。


 「薬、効くまでもう少し掛かると思うけど、何かあったら呼んで」


 「あぁ……、ありがとう」


 父さんは目を開ける事すらしんどそうだ。

 目を閉じたまま声を絞り出す。


 「じゃ、俺夕食作るけど、眠れたら眠っちゃっていいからね」


 「ありがとう……、夏樹……」


 いつものように同じ言葉を繰り返す。

 もうずっと同じ様な言葉しか発していない。


 「今日は何作ろう……」


 父さんが少しでも食べられそうなもので、栄養のつくもの……。

 おにぎりに味噌塗って焼いて、お茶かけたおにぎり茶漬けにしようかな。


 父さん、おにぎり好きだから。


 今度、冬夜にも作ってやるか。

 あいつ体小さいし、栄養つけさせないと。


 ふんふん♪と機嫌よく鼻歌を歌いながら冷凍室から作り置きのおかずと冷凍ご飯を取り出し、料理を始めた。


 それは俺にとって束の間だが、今の状況を忘れられる大事な時間だった。

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