掌編小説・『元旦』

夢美瑠瑠

掌編小説・『元旦』

(これは、2023年の元日にアメブロに投稿したものです)



掌編小説・『元旦』


 大晦日恒例の「紅白歌合戦」の華々しいフィナーレの大喧騒から、画面がふっと切り替わった。


 打って変わって、テレビの電圧の唸り以外の、全ての音声が消えて、静寂が世界を支配した。

 …ほぼ漆黒に近い画面には、由緒正しい感じの古刹の姿がぼんやり浮かんでいる。

  

 デジタル時計の数字は「11:45」を示している。

 静かなナレーションが流れ始める。

 「…ここ、福井県永平寺では、新年の儀が執り行われつつあります。除夜の鐘が…」

 

  これも恒例の「新年往来」という番組が始まってから程なくして、智子の家にも、最寄りの菩提寺で打ち鳴らされる除夜の鐘の音が響いて来始めた。

 

 智子は高校3年生で、来春に推薦で青智学院大学に進学予定だった。

 受験勉強からは解放されていて、のんびりと新年を我が家で迎えることができた。

 他の家族3人は初詣に出かけているらしかった。

 やっと進路も決まって、受験生活の不安も消えたという安堵感で、夕餉の席でついシャンパンを飲み過ぎて、さっきまで昏睡ブラックアウトしていた智子は、置いてきぼりをされたのだった。


 「福井県永平寺」では若い僧たちが、様々な新年の行事を厳かに挙行していて、厳粛なムードだった。ピーンと張り詰めたような、一種不思議な緊張感が世界を覆っていた。これも智子にもおなじみの、大みそかから年明けに至る新年に恒例の”special atmosphere” だった。


 一人でいるために、智子にはなおさらその緊張感の「新奇さ」が身に迫って感じられた。普段と同じお茶の間の風景なのに、新年が訪れる刹那が近いというだけで、全く目新しいような空間に感じられた。


 そういう「新奇さ」の感覚は先刻おなじみで、寧ろ当たり前のものなのだが、ふと智子はその不思議な特別なテキスチャーというのかクオリアというのか、そういうものの由って来る所以が気にかかった。


 時空間を成り立たせている条件や自然科学的なあらゆる事象の状態は普段と同一なはずである。

 違うのは人間科学的な「空気」だろう。多分この日本という国の国民のすべてが同じ気分を共有していて、それによって生じる集団心理?的な巨大な規模の精神現象が極めて非日常的なある特殊な「空気」を醸成している…そうして全ての共同体の成員が同じ空気を呼吸していることが相乗効果のように作用して、どんどん祝祭的で晴れがましくて厳粛でもある「元旦」という新たなる刷新、折り目正しい心機一転、新鮮な新たなる始まり…そうしたフレッシュな、清新な、一年に一度きりの「新年仕様」の空気が日本全体を覆う…日常の 蒼古たる澱のような灰色の空気とは違うこの微勳を帯びているような、蜂蜜のような成分が加味されてでもいるような、これこそが生きる醍醐味、そう思えるような空気は、つまりその空間で呼吸している人間”すべて”が同じように浮き浮きした特別な祝賀気分を持っている、持たざるを得ない、そうした特殊な社会心理的な条件下でのみ生じる…いわば「ファシズム」に似た心理物理的な現象かもしれない。


 智子がそんな夢想に耽っているうちにテレビ画面では新年のカウントダウンが始まっていた。

 「10,9,8,7,・・・・・」

 つまり、人間には個人の意識のレベルの上に集合意識のレベルがあって…なんとなくさっきの思考の流れの続きを、智子は追っていた。

 脳は神秘的な器官だから超感覚的な知覚をも統帥できるというそういう感覚野に相当する…第三の眼?間脳の松果体とか?

 「5,4,3、…」


 「1、HAPPY NEW YEAR!!!!!」


 次の刹那、智子の心臓は止まっていた。

 のみならずすべての人類の心臓も拍動を停止していた。

 明石標準時の2023年の年明けと同時に「シンクロニシティ計画」という密かなテロが実行されて、特殊な強力な電波攻撃により全人類の心臓が同時に、「死のパターン」に同調させられて、麻痺、突然死、を余儀なくされたのだ。


 翌朝、初日の出の太陽は見事な瑞雲を纏っていたが、その美しい光景を見られる人間はこの世に一人も存在していなかった。


<了>

     

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

掌編小説・『元旦』 夢美瑠瑠 @joeyasushi

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ