六畳一間
丸膝玲吾
六畳にて
あまりの眩しさに目を細めながら起きた。
昨日の夜、カーテンを閉め忘れたらしい。窓を見ると日差しを遮る様子もなくカーテンが端へと身を寄せている。
まだ寝ぼけている脳を無理やり起こし、気だるけそうな半目で机上の時計へと目をやる。無機質な黒い時計に表示されていたのは「930」という数字3つ。
まだ寝ていたかったけどこの時間に二度寝するのは危険だ、と微かに残る理性でベッドから立ち上がった。
六畳一間。この部屋は大学1回生になってからの3年間使ってる。本当は3回生になるタイミングで引っ越そうと思ったけど、手続きのめんどくささから契約を更新した。
南向きの窓は洗濯物を干す時にはいいが、真正面には川が流れていて遮るものが何もないのも相まって、夏の朝にはとんでもない明るさを記録することになる。
3回生の夏、周りが色鮮やかな髪と意中の不特定多数を振り向かせるために整えた格好を、黒一色に染め上げる頃、私はこの六畳でじっと時が過ぎるのを待っていた。
別に働きたくないわけではない。今も近くのコンビニで週に3回程度バイトをしている。先輩の話を聞く限り、仕事は大変そうだがこの時代お金を稼ぐ手段はありふれている。
もちろん、ウン千万稼ぐとなるとかなり手段は限られるだろうが、人一人暮らしていくには十分だろう。
私に不安や心配事は一切ない。
もう満足しているのだ。
大学生の3、4回は忙しいとは言っているがそれは就活のためだ。それを除けば、取らなければならない単位も徐々に減っていくだけなので膨大な余暇が与えられる。
その間に私は、何をするわけでもない。
20代の間についた差を埋めるのはかなり困難らしい。
漢字ばかりの分厚い本で誰かが言っていた気がする。
私のその分厚い本で記憶している部分はその1行なので、著者は哀れなものだ。
あれだけ文字の羅列を並べたところで伝わるのは1%にも満たないし、頭に残るのは1行あるかどうか。走馬灯に流れるのは一文字もないだろう。
そんな可哀想な著者の金言に私は辟易している。
差とは誰かを自分と比べた事で生じる概念だ。
これも誰かが言った言葉だが、他人と自分を比べるのは愚かのことだ。
不幸しか産まない比較という行為を、私は20年とちょっとかけてもうしないと誓ったのだ。
別に差がついていても構わない。気づかなければ、見なければいいだけなのだ。
周りが就職しようが院へいこうが、結婚しようが、入院しようが、知りさえしなければ何もないのと同じだ。
2回生の頃は不安もあった。何もないままに過ごしていいのか。学生という最後のカードをこのように消費していいものか。
しかし、わかったのだ。この不安も全て他人に起因するものだと。
私は「何もしていない自分」「何も起こらない人生」という看板をひどく恐れていた。
自分が恐れているのではない。他人からそう思われる、自分がその看板を貼られていることを見られることが怖かったのだ。
それに気づいてからはもう、どうでも良くなった。
人生は創作物ではないのだから起承転結は存在しない。
起という事実と、死という結があるだけだ。
私はもう望まない。
満足してるんだ。
強いていうなら、現実と物語の境界線をもっと濃く描いてほしい。
六畳一間 丸膝玲吾 @najuna
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