横顔

小野進

◇◇◇

 朝のターミナル駅は昼間のそれと雰囲気が違う。薄暗く、人通りも少ない。静謐な世界が広がりながら、普段は喧騒に息をひそめている、静かな活力と云うべきようなものも感ぜられる。

 今日は弟の受験日だった。遠方の大学だったこともあり、京都駅から新幹線に乗ってゆくそうだ。

 私には杞憂の気がある。三つしか違わない弟を子どものように見てしまう。どこか不安だったから見送りに京都駅までついて行ったという訳だ。

「心配されなくとも切符なんて買えるから」

 その言葉に不意を打たれたように私は黙り、うなずいた。納得せざるを得なかった。何せ、全て自動券売機に表示されているのだ。こんなもの誰でも買えるではないか。

 入場券を買った私とふたり、ホームへと向かう。上り列車は前から16号車……と数えることを教えると大層驚いていた。

 ややあって、ホームにのぞみ号がゆったりと進入してきた。日本最速の旅客鉄道のはずだが、まあ静かで余裕を感じさせる。

「静かだねえ」

「揺れないし」

 他にも他愛のないことをいくつも話した気がするが、なにせ他愛のないことだから忘れてしまった。

 ホームドアが開き、次いで車両の扉が開く。

「いざとなると緊張するね」

「そりゃそうだ。みんなそうなのよ」

 私が三年前に経験した、「知っている」感覚。それを彼は今初めて経験するのだ。

「じゃ、頑張って」

「うん」

 窓越しに見る横顔は、私の知らないものだった。齢十八、まだまだお子様だと思っていた弟は、既に一人前の男の顔をしていた。

 列車の過ぎ去ったホーム、私は、賑やかになりだしたそこでひとり、くすぐったい気持で朝の寒風に嘲笑されていた。

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横顔 小野進 @susumu-ono

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