第86話 この夕陽の下で、太陽の夢を見る
*
陽が傾き太陽が地平線へ沈む直前の時間帯。
オレンジ色に照らされた平原の上で二人の少年が木の剣を打ち合わせていた。
「はぁ!」
「まだまだぁ!」
金髪の少年が剣を大きく振りかぶりながら打ち込み、黒髪の少年がその攻撃を往なす。
側から見れば拙い攻防のやりとりだが、二人にとっては真剣そのもの、それこそ生死を分ける戦いと同等の面持ちだ。
「うおぉ!!」
「ぐぅ…………! ぐはぁ!」
とはいえ、さすがにライングの力に今の僕の技量ではまだまだ敵わない。受け止めた一撃に耐えきれずにあっけなく吹っ飛ばされ、ばたりと草葉の上に大の字で倒れてしまった。
「よっしゃあ! これで十勝目だぜ!」
「くそー、負けちゃったぁ」
勝者であるライングは剣を大きく掲げて水色の瞳を爛々に輝かせている。
一方の僕は汗まみれの顔を服で拭いながら空を眺めていた。
いやはや、本当にとんでもないパワーだよ。一体どこからそんな力が湧き出てくるんだか。
「今日の特訓はこれで終わりだな。そういえばシオンはどうしたんだ?」
「聞いてないの? シオンは魔法の特訓だから今日は来られないんだよ」
「マジか! シオンの父ちゃんのパン楽しみだったのになぁ」
特訓後の楽しみが無くなったのを知りライングはがくりと膝を曲げた。相変わらずわかりやすいヤツだなぁ。まあ僕も美味しいパンが食べられないのは残念だけどね。
膝を曲げたライングはそのまま僕の隣で横になった。
「はぁ、それにしても疲れたぁ!」
「そうだねぇ」
僕達は夕陽を背景に平原に寝転んだ。
透き通るような緑色の風が肌に流れる汗を冷やしていてとても気持ちがいい。
ライングもこの風が心地いいのか、顔を綻ばせながら恍惚のため息を漏らしている。
「気持ちいいなぁ…………」
「そうだねぇ…………」
そうして寝転びながらしばらく風に心を奪われていると。
「なあ」
ふとライングが真剣な声色で話を切り出してきた。
「うん、どうしたの?」
「俺さ、サミーのことが羨ましいって思ってたんだよ」
「え?」
羨ましい。ライングは僕のことを指してそう言った。
おかしな話だ。僕なんて体力や剣の実力はライングより圧倒的に劣っている。
剣を打ち合えてるのも必死になってライングのクセを読み取りながらなんとか付いていけてるに過ぎない。
その実力と才能、そして夢に向かって努力ができる心。僕からしてみればライングの方が羨ましいと思うほどだ。
「そんな、僕なんて…………」
「サミーってなんか自分のことを小さく見てるよな。本当は無茶苦茶すごいのに」
「…………そうかな?」
そんな僕のしみったれた態度を見てライングは横になりながら右手で僕のお腹をパンと叩いた。
小さな破裂音と共にお腹に大きな衝撃が響いてくる。
「ぐへぇ!」
「そんなに自分を卑下するな! 俺は大声で言えるぞ。サミーはすごくてかっこいいんだ!!」
「かっこいい…………?」
「そう! いっつも冷静に俺やシオンのことを助けてくれるし、俺の好きな食べ物を分けてくれたりするだろ。あとは…………あ、剣の構えがかっこいいし、好きな食べ物を分けてくれるし、あとは…………」
水色の瞳を輝かせながら僕のかっこいいところを語り続ける。
それにしても食べ物に対する比率が多すぎるだろう。どうやらシオンが持ってくるパンが食べられなくてお腹が空いているのかもしれない。
「あと八歳の時に魔物から俺とシオンを身を挺して守ってくれた! シオンを守るときに飛び出したところを見て思ったよ。すごいかっこいいってさ…………」
「…………ハハっ」
嬉しそうに話すライングを見て思わず笑みが漏れてしまう。
「あ、笑ったな!」
「ごめんごめん」
そうしていると陽が沈みながら青い夜空が姿を現し始めた。
僕達は起き上がり、村の方へ目を向けた。
「…………綺麗だ」
「何度見ても良い景色だよな」
青い夜と赤い陽の境目、そこから見える日没前の村の光景はどこか神秘的で、何度見ても心が奪われるほどに輝いている。
その景色を背景にライングは水色の瞳で僕を見た。
「俺、いつかサミーみたいなみんなを助けるかっこいいやつになりたいんだ! その時はサミーも一緒にいてくれるよな」
「…………うん、もちろん。僕達はずっと一緒だ」
「ハハハ! うん、ずっと一緒だ!」
「えへへ! だね!」
そうして赤色の夕陽に照らされながら僕とライングは二人で笑い合った。
笑って、笑って、沢山笑った。
あぁ、こんなに楽しく笑ったのはいつ振りだろうか。本当に久しぶりだ。
「それじゃあ、俺は先に帰るな」
「え、一緒に帰らないの?」
「あぁ、なんか今日はサミーより先に帰りたい気分なんだ!」
それじゃあまた明日。
そう言いながらライングは村へ向かって急ぎ足で走り去っていくのだった。
まるで僕を残して先に旅立ってしまったかのように。
これは過去の幻影。楽しかった日々の追想。
どれだけ時間が経っても色褪せずに残る輝かしい思い出、大切な友と笑い合った瞬間。
そして、笑うたびにあの言葉が脳裏に過ぎる。
『自分の心にだけは絶対に嘘をつかないでね。それってとても苦しくて、悲しいことだから』
そう、僕は苦しく、悲しいことがあるたびにこの思い出を呼び起こす。この輝かしい記憶を、友が僕に言ってくれた言葉と共に。
━━━━僕はすごくてかっこいいんだ、と。
*
鳥の囀り声が聞こえてくる。
太陽の光がベッドの横でうずくまっている僕の顔を照らしている。
「ん…………っ」
腫れた目元を擦りながら顔を上げた。
どうやら泣き疲れてそのまま眠ってしまったようだ。
ふと見たベッドのシミの数が昨日までの僕の心がどれだけ重かったのかを伝えていた。
そして、僕の目の前にはすうすうと穏やか寝息を立てている水色の髪の少女、シアーがそこにいた。
昨日僕のことなんて知らなかったかのようにとても幸せそうな寝顔を浮かべでいる。
「すう…………はあ…………」
大きく息を吐く。
心がとても軽い。まるで
そんなスッキリした爽やかな朝に僕は一つの決意を固めていた。
「…………そうだよな」
沢山泣いて、沢山笑って、沢山思い出した。
心の内を沢山吐露した先に残ったのは大切な人が残してくれた想いと、愛情だった。
それは、温もりが込められた暖かい言葉、子供の頃に誓った約束。そして、
「…………受け継いだ夢」
その想いがどしゃぶりの雨が降っていた僕の心を晴らしてくれたんだ。
「…………雨のあとには、綺麗な青空が姿を見せるんだ」
僕はそう言いながら窓を開き空を見上げた。
眼に映る日差しと、鼻に香る匂いが雨上がりの感覚を全身に感じる。
本当に久しぶりだ、こんなに爽やかな晴れ空を観たのは。
「う、うん…………サミー…………?」
「おはよう、シアー」
眠っていたシアーが目を覚ました。
「もう起きていたんですね…………」
「ああ、久しぶりに気持ちよく眠れたからね」
声や仕草からは
その様子に安心すると同時に、少し寂しい気持ちになる。
「どうかしましたか?」
「…………いや、大丈夫」
誤魔化すように心配そうにするシアーから外の方へ目を移した。
そして改めて理解した。もうお母さんはいなくなったんだな、と。
しかしもう僕は大丈夫だ。お母さんの気持ちが僕の心の中にあるんだから。
「シアー」
「はい、なんですか?」
澄み渡る青空を眺めながら僕は彼女に語りかけた。
新しい夢、僕が受け継いだ新しい希望を。
「旅に、出ようと思うんだ」
雨上がりの空に輝く太陽はまるでアイツみたいに僕のことを照らしている。
そんな眩しい日差しの中に七色の虹の光が目に映る。その光景はまるで神の祝福のようだ。
━━━━あぁ、夢を見るには最高の瞬間だ。
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