第79話 Can't Lie My Heart
*
夜の平原は暗闇に支配されている。
月の光が淡く照らす平原の中で、霞むような苦悶の声が漏れる。
「はぁ…………ぐっ…………」
「サミー! サミー!」
「誰か、誰かサミーを助けて!」
僕の肩には大きな噛み跡ができており、そこからドクドクと血が溢れ出ている。
その傍らにはまだ幼い姿のライングとシオンが大粒の涙を流しながら心配そうに寄り添って大声を上げていた。
しかし、いくら叫んでも助けが来ることは無く、必死に傷口を手で抑えようとしても血が止まることもなかった。
「シオン、魔法でサミーを助けてくれよ!」
「治療の魔法がわからないの! ママからも教えてもらってないし…………」
「くそぉ…………」
あれは子供の純粋な好奇心だった。
僕達三人は『冒険者みたいに冒険をしてみたい』という動機から村の大人達に内緒で夜の平原に探検へ向かったのだ。
しかし村を出てしばらく歩くと、一匹の魔物が僕達の前に立ちはだかった。
まだ八歳の僕達が木の剣で立ち向かったところで敵うわけもなく、ライングと僕は魔物に容易く突き飛ばされてしまった
そして僕達を突き飛ばした魔物はシオンへ迫った。
大きく鋭い牙にシオンは恐怖で動くことができない。ライングもまだ立ち上がることができない。
なら僕が守るしかないだろ。
僕は痛む身体に鞭打ちながらシオンを庇い、魔物の攻撃を代わりに受けた。
魔物は僕に一撃を与えると僕達に飽きたのか、その場を去り、シオンは怪我をしないで済んだ。
━━だけど。
「サミー! 一緒に冒険者になるんだろ、ここで死なないでくれ!」
「私を助けたせいでこんなことに…………!」
二人の幼馴染を泣かせてしまった。
確かに噛まれたところは無茶苦茶痛い、今にも気絶しそうだ。
でもそんなにワンワン泣かないでくれよ。僕までもらい泣きしてしまいそうだよ。
「えっぐ…………サミー…………」
「ぐすっ…………おねがいよぉ…………」
二人の声が嗚咽に変わりポロポロと涙が溢れる。
そして沢山の血を流し身体の限界が訪れた僕の視界が真っ白に染まった。
肩の感覚が消えて無くなり、意識がボーッと揺らぎ始める。
「みんなここにいたのね!」
意識を手放す直前、とても懐かしい、暖かく愛おしい声が僕の耳を刺激するのだった。
これは過去の幻影。楽しかった日々の追想。
どれだけ時間が経っても色褪せずに蘇る思い出。誰かを助けた記憶。
そして、思い出すたびにあの言葉が脳裏を掠める。
『自分の心にだけは絶対に嘘をつかないでね。それってとても苦しくて、悲しいことだから』
そう、僕は自分の心に従い誰かを助ける。その結果がどれだけ悲惨だったとしても僕は自分の心に嘘はつけない。
それが、約束だから。
*
「…………ん」
真っ暗な部屋の中、寝起きの疲労感と共に目を覚ました。
どうやらシアーのお手伝いをした後、疲れてそのまま眠っていたようだ。
気怠げな身体を起こし、窓の外を見た。
「あ…………」
外はすでに暗くなっており、他の家の窓からは白い光が漏れ出ている。
これの意味するのはただ一つ。
「寝過ごした…………」
あの女を待たせると絶対面倒なことになる。一瞬で目が覚めた僕は慌てて部屋の扉を開き、階段を降りた。
「おおサミー、今から外に行くのかい?」
「酒場に行ってきます!」
エアルさんに構っている暇はない。僕は反射的に返事をしながら宿屋を後にした。
*
本日の『緑のりんご亭』は大変な繁盛だった。
昨日の豪雨の反動なのか本日は沢山の客がここを訪れ、全員が飲み食いをして楽しんだ。
いつも仏頂面のマスターも今日は浮ついた様子で、どことなく嬉しそうに口の端を吊り上げながらグラスを拭いておりその盛況さが伺えた。
そして夜も更けた頃、大半の客が帰った店内にサミーが転がり込んで来た。
「…………ハァ……ハァ」
よほど慌てて走ったのだろう、肩で息をして呼吸を整えている。
そしてカウンターの方を見ると、そこには約束の人物であるローランドの着る赤いドレスが目に映る。
「悪いな、ちょっと寝坊しちまった」
「………………」
彼女からの返事は無い。
サミーに顔を見せることなくただじっとしながらカウンターの椅子に座っている。
サミーは申し訳なさそうな声色で再び彼女に話しかけた。
「本当に悪かったよ。だから機嫌を直してくれ」
「………………」
しかし返事は返って来なかった。
このままでは埒が明かない。サミーはため息混じりに彼女の隣の席へ座った。
「なあ…………、あ…………」
席に座って気付く。彼女の返事が返って来なかった理由が。
「すー…………すー…………」
「はぁ…………、そういうことね」
ローランドはか細い息と頬杖をつきながら寝ていたのだ。
その表情は小柄な見た目相応の幸せでいっぱいな無垢な顔。
これを見たサミーは思わず大きな息を吐くしかなかった。
「おいローランド、起きろ」
とはいえこのまま彼女を放置するのも時間がもったいない。
肩を揺すり彼女を起こそうとする。
「おーい、起きろー」
何度か揺すると徐々に瞼が開いて来る。そして。
「う…………ん…………、は?」
「お、起きた」
一瞬、素っ頓狂な声を上げながら目を覚ました彼女は。
「キャアァァ!!」
目の前にいたサミーの顔に向かって、思いっきりの平手打ちを浴びせるのだった。
大きな破裂音と彼女の叫び声は村中を駆け巡った。
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