第5話 成人の儀式②

    ✳︎


 祭りも終わり、家に戻った僕は厨房に立っている。少し寒くなって来たので温かい飲み物が飲みたくなってきたのだ。


「"火の精よ"」


 魔法の詠唱を唱えると手のひらに小さな火が現れる。それを厨房にあるコンロに近づかせ火を移すと、コンロに火が灯りぼうぼうと火が大きくなった。


「白湯で良いかぁ、"清き水よ"」


 詠唱を唱え小さな鍋に水を入れて温め始める。

 

 この世界は魔法が日常生活に溶け込んでいる。

 小さな火を起こしたり、少ない水を出したりするぐらいなら子供でも出来る程だ。そして魔法に適した道具も開発されており生活の役に立っている。そのくらい魔法は身近な存在なのだ。


「温まったかな」


 火を消してコップに注ぐ、そしてテーブルに座り温まった白湯を一口飲んだ。


「ふぅ…………」

 

 身体が温まる。

 先程まで騒がしかった祭りが嘘のような落ち着いた雰囲気だ。あまりの心地良さについつい声が漏てしまう。



「儀式に祭りと、今日は疲れたなぁ」


 そうして今日の余韻に浸っていると。

 コン、コン、コンと、ふと扉の方から乾いた音が響いて来た。どうやら来客のようだ。


「はーい」


 そうして警戒もせずに扉を開けると。


「こんばんは」


 そこにはシオンが銀色の髪を夜風になびかせながら立っていた。


「シオン? どうしたの?」

「少し家に入れて」

「はぁ?」

「お願い」


 いつもの落ち着いた様子とは違う彼女。よく見てみるとその顔色は仄かに赤くなっていた。つまりこれは。


「シオン、もしかして酔ってる?」

「いいから入れて」


 さすがに酔っている彼女を放ってはおけない。僕は彼女を家に招き入れテーブルに座ってもらった。


「とりあえずこれを飲んで」

「うん、ありがとう」


 鍋に残っていた白湯を彼女の前に置く。彼女はそれを迷わず飲んだ。


「温まる……」

「それで、こんな時間にどうしたの?」

「ちょっとだけ聞いてくれる?」


 僕の疑問を無視しながら彼女は怒涛の勢いで語り始めた。


「私ね、ママが魔法使いでしょう。だから毎日色々と教わるのよ『風魔法はこう使うのよ』とかね。でも私だってたまには羽目を外したい時だってあるのよ。それでね『今日は友達とゆっくりしたい』って言ったのよ。そしたらママは『ダメです』、その一言よ! 思わずカッとなって家を飛び出したの。大体ママは張り切りすぎなのよ。私だって女の子なんだからかわいい服とか着たいのに暗いローブをずぅっとね━━」

「うんうん、そうだよな。」


 止まらないシオンの話し。その内容は彼女の母親の愚痴がほとんどだ。

 そして話題は僕とライングの話に移る。


「サミーやライングの付き合いだって大変なのよ。ライングは元気すぎて手が付けられない時とかあるし、ぐすっ、サミーは家で一人寂しくしてるのかなとか考えてしまって集中できなくなる時とかあったりしてね。それで冷静な私がしっかりしなくちゃって思って頑張るの。ひぐっ、でも私だってもう少しわがままが言いたいのよ! うわぁーん!」

「泣くなって……」


 まさか彼女が喋り上戸に加え泣き上戸だったとは。

 彼女はいつも木の剣の作成とかの様々なことを手伝ってくれていた。その結果、色々と溜め込んでいたようで、それが初めてのお酒が解き放ってしまったらしい。

 テーブルに伏せながらわんわんと泣いている。


「苦労掛けて悪かったなぁ。僕も色々気をつけるから泣き止んでくれよ」

「ぐすっ、サミーは優しいね……」


 これで泣き止むかな? 落ち着かせるためにとりあえずもう一押し加えよう。


「そうだ。なんか手伝って欲しいことがあったら言ってくれよ。僕に手伝えることならなんでもやるから」

「………………」

「あれ?」


 今まで泣いていた声が止まった。どうしたんだろうか。

 椅子から立ち上がり、テーブルに伏せている彼女の元に近づいてみる。


「すー……すー…………」

「…………寝やがった」


 そこには散財喚き散らした挙句、一人夢の世界に旅立った幼馴染の姿があった。

 ライングと言いシオンと言い、酒を飲むと傍若無人が過ぎる。


「はぁ…………」


 大きなため息と共に眠ったシオンを背負い外に出た。

 このままだと風邪を引いてしまうし、ましてやこの家で寝かせると要らぬ勘違いを生んでしまう。このまま彼女の家に送って行こう。


 その後、勘違いした彼女の父親から腹に一発良いモノを貰い、そのあとに勘違いだと説明。謝罪を受け、次の日にパンを沢山差し入れすることを約束してもらった。

 パン屋で鍛えた者の力はとても凄かった。


    ✳︎

 ━━━コン、コン、コン


 次の日の朝、昨日と同じようなノックが聞こえ扉を開くと、シオンがバスケットを片手に立っていた。


「これ、パパが昨日のお詫びだって」

「お、待ってたよ。お父さんにありがとうって言っておいて」


 バスケットを受け取る。バスケット越しでもパンの良い匂いが香る。


「それで……昨日何かあったの?」

「え?」

「私、昨日こと覚えて無くて。もしかしたらサミーに何か迷惑掛けたんじゃないかって…………」

「あー…………」


 どうやらシオンは昨日のことを忘れてしまったようだった。

 まああの様子だったのだ、かなり飲んだのは確かだろう。

 

「いや、特に何も無かったよ」

「そう? ならよかったわ」


 僕は一つの決意した。ライングとシオンには絶対に酒を飲ませないようにしようと。あの二人に飲ませたら何が起こるかわからない。


「………………ふふっ」

 

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