【番外編】恋した人は、妹の代わりに死んでくれと言った。~妹と結婚した片思い相手がなぜ今さら私のもとに?と思ったら~
永野水貴
恋に落ちるのではなく(前)
「デイジー? どうしたの?」
大きな目をますます丸くして、デイジーの親しい友人――ロザリーは聞いてきた。
デイジーは、肯定とも否定ともわからぬ微妙な返事をした。
いつものように、デイジーは自宅に
親しさを表すように、デイジーの自室にあるテーブルと椅子で向き合って座っている。
常なら、他愛のない話が無限にできる相手だった。デイジーは男爵家の令嬢で、ロザリーは伯爵家の令嬢で家格に差があるが、デイジーの家はそれなりに裕福で、ロザリーの家は社交界でも“善良伯”などと呼ばれているほど気さくで親切な一家だった。
それにデイジーとロザリーはほぼ同年代で、性格の相性もよかった。
ロザリーは明るく裏表のない性格で、堅苦しい礼儀作法が苦手なデイジーにとって話していて楽しく、素敵な友達だった。が、天真爛漫ゆえに、
――それでも、少なくとも馬鹿にしてくるようなことはないだろう。
デイジーは思い切って、友人に話してみることにした。
「……最近、『バラよりも美しいあなた』という小説を読んだの。知ってる?」
「小説はあまり読まないわ。どんな内容?」
ロザリーは大きな目を丸くしながら聞き返してくる。
年頃の令嬢の間で流行っている作品の名前すら知らなさそうなところに、デイジーは少し笑ってしまいそうになった。
「身分違いの恋のお話なの。古い名家のお嬢さまと、従僕の青年の恋よ」
デイジーが簡単に語ると、ロザリーはふうん、とつぶやいて不思議そうな顔をした。
「面白かった?」
「……ええ、とても。そのせいで、ちょっと気になってしまって」
「気になる? 何が?」
デイジーの友人は無邪気に小首を傾げる。そんな仕草は子供っぽくもあったが、不思議と愛らしさのほうがまさった。いやみがないのも、素直な性格のためだろう。
デイジーは少し気恥ずかしくなり、自分の手前のカップを取った。
「だからね……恋とはどんなものなのかしら、って」
とたん、ロザリーは見開いた目で忙しなく瞬いた。
「恋」
「……そう、恋」
「恋……」
「そんなに聞き返さないでよ」
「だ、だって、急に変なこと言うから……!」
慌てた様子のロザリーに、デイジーは少しむっとした。
「変なことって何よ。たまにはお茶やケーキ以外の話だってするわ。ロザリーはいつも食べ物の話ばかりじゃない」
「それは、だって……。美味しいものの話なのに!」
「わかってる。ロザリーはこういう話あまり興味なさそうね」
デイジーはそう言って、思わず笑った。
だがふと真顔になり、友人に聞いていた。
「でも、あの方とはどうなの? ――ルイニングの“宝石”とは?」
とたん、ロザリーの大きな目がこぼれんばかりに見開かれた。そして丸みのある頬にさっと赤みが宿ったかと思うと、ばたばたと焦ったように顔の前で手が振られた。
「どっ、どうしてブライトがここで出てくるの!?」
「……あのブライト様と一番親しいご令嬢がロザリーとあなたのお姉様だからでしょ。昔からの交遊関係なんて、他のご令嬢が血の涙を流して羨んでるわよ」
「ちっ、血の涙!?」
「で、どうなの? 大丈夫、誰にも言わないから」
デイジーが少し身を乗り出すと、ロザリーはその分だけ後じさるようにしてのけぞり、ぶんぶんと頭を振った。
「そんな関係じゃないってば! ブライトはその、いつもからかってくるし意地悪なんだから! デイジーが言うような仲良しじゃないのよ!」
「ふうん? 怪しいわあ……」
「ほ、ほんとにそんな関係じゃないの! 私はあんな人、好きじゃないし、ブライトのほうだってそうよ!」
デイジーは片眉を上げてロザリーを睨みつつ、真っ赤になる友人をそれ以上問い詰めるのはやめた。その反応こそが怪しいと思ったが、これ以上はさすがにロザリーの機嫌を損ねてしまうだろう。
――ルイニング公爵家の“生ける宝石”とまで言われる、次期ルイニング公のブライト・リュクスは、星々のようにきらめく貴公子たちのなかでも一際強く輝く存在だった。
大貴族ルイニングの嫡子というだけでなく、美しい銀髪に太陽を思わせる黄金の瞳を持った長身痩躯の美男子で、明朗快活な性格とあいまって、令嬢から未亡人まで、もっとも熱い視線を送られている一人だ。いまだ婚約者はおろか、恋人の一人もいないという。
そのブライトと最も親しい令嬢というのが、この目の前にいるロザリーと、その義姉ウィステリアだった。
ルイニング公爵家と、ロザリーの実家であるヴァテュエ伯爵家には家格の差があるが、当主同士が昔から親しくしており、その流れで子女たちも幼なじみのような関係になったというのは有名な話だ。
他家のご令嬢からすれば、ロザリーとその義姉は強い羨望と嫉妬の的だった。――義姉ウィステリアのほうは、更に別の理由からもっとやっかむ人間もいる。
「……恋なんて、わからないもの」
デイジーがぼんやり考え込んだとき、ロザリーがふいにそんなことを言った。
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