ACT.4-6
ゼルは左右の連撃でコエンに迫る。
コエンは両手に持った剣で応戦する。そして三度目の打ち合いの後、受けた相手の力を利用して、片脚を軸に一回転する。同時に体を沈め、ゼルの脚を狙って薙いだ。
ゼルは咄嗟に後ろに下がろうとるすが間に合わない。コエンの剣はゼルの太ももを浅く切り裂いた。
ビーゲイトが動いた。戦斧の腹の部分をゼルに向けて構える。右手は柄を持ち、左手は押すように向けた方と反対の斧腹に当てている。そしてそのままの状態でゼルに突っ込んだ。
ゼルは右の拳をビーゲートに向かって叩き込む。
「ぐっ」
ビーゲイトは斧腹でそれを受けるが、衝撃で動きが止まった。
ゼルはその隙に、左の腕に生えた刃を使い戦斧の柄に引っかける。それから上へと薙いだ。勢いに負けてビーゲイトの両腕が上がった。
ゼルの右拳が、がら空きになった大男の胴体へと叩き込まれた。衝撃がビーゲイトを襲う。痩躯のゼルからは予想できない力で、大男は背後の木に叩きつけられた。
「が、はっ」
ビーゲイトの口から血が吐き出された。頑丈な皮鎧の、胸の部分が大きくへこんでいた。
大男を攻撃して動きの止まったゼルに、コエンが斬りかかった。ゼルは咄嗟に腕の刃で受ける。刃を振り下ろされたコエンの剣に食い込んだ。コエンの持つ剣がゼルの刃に力負けして欠けたのだ。
「くっ」
コエンは素早く剣を振り戻すと、反対の剣でゼルの胴を薙いだ。ゼルは後ろに跳んでそれを躱す。
そしてコエンから充分な距離をとると、背を向けて走り出した。パーズたちが走り去ったのとは違う方向へと。
「逃がさん」
コエンが追う。その後ろをアートゥラが続く。
「コエン!」ゼルが叫んだ。
「お前たちは村まで撤退しろ!」
コエンは振り向かずに叫ぶ。その視線はゼルの背中だけを見ていた。
「ねぇ、アンタの
コエンの横にアートゥラが並んだ。
「ああ」
背負っている
「こいつが使えれば、あの固い刃ごとぶち抜くんだが」
コエンは先程、手持ちの剣の刃が欠けたことを思い出していた。相手が本気で打ち込んで来たら負けてしまうだろう。厚みのある剣身なので折れることはないが、剣としては使い物にならなくなる。
「そう。じゃあ、少しだけ手伝ってあげる」
「何をする気だ?」
「適当な場所に追い込むのよ。どこかない? そのでっかいのを思う存分、振れるような場所」
コエンは頭の中に森の地図を描いた。何度も探索し、ある程度の範囲は把握している。
「……少し距離があるが、ここから東――右に進むと開けた場所がある。そっちの方向へ誘導できるか?」
「右の方ね。任せて」
そう言ってアートゥラはスピードを上げた。器用に木々の間を駆け抜けて、あっという間にゼルに並んでしまう。
ゼルは自分の横に現れたアートゥラに驚き、腕を横に薙いだ。刃がアートゥラを襲うが、彼女は僅かにスピードを落としてやり過ごす。
ゼルはそれを見て、走る方向を変えた。
二人の距離が僅かに開く。だがアートゥラはその距離もすぐに詰めてしまった。
ゼルとアートゥラは鬼ごっこをしている子供のように、つかず離れずを繰り返す。コエンはそんな二人の後ろを僅かに遅れてついて行く。
「そっちはダメよ」
ゼルの鼻先に向けてアートゥラが右手の短剣を投げた。一瞬動きが止まった隙に、彼女はゼルの前に回り込む。セルは刃をアートゥラに向けて突き出した。
アートゥラはそれを半身になって躱しながら、ゼルの懐に体を潜り込ませた。左手の短剣をすばやく逆手に持ち替えて腕の刃に引っかける。そして右手は相手の喉を掴むように押し出した。
ゼルの右腕は引っ張られ、体は押される。二人は舞踏会で踊る男女のように回転した。アートゥラの手が離れる。振り回されたゼルは体勢を崩しながらも彼女から逃げる。
気づくとゼルは森の中の開けた場所に出ていた。かつては巨大な木が生えていたであろう空間。その木は倒れ、朽ち果てて出来た場所。
そこは広場となっており、頭上からは太陽の光が差し込んでいた。
「これでどう?」
アートゥラは広場と森の境に立ち、ゼルの方を見ながら言った。
「上出来だ。賞金稼ぎにしておくのがもったいないな」
「渋いオジサマに褒められるのも悪くないわね」
アートゥラは少し遅れて来たコエンに向かって、
ゼルは逃げるのをやめて二人を交互に睨む。
コエンが動いた。ゼルとの間合いを一気に詰める。それをさせまいと、ゼルが下がる。コエンは両手の剣を二つとも投げた。
一つはゼルの顔に向けて。もう一つはゼルの足下へ。それをゼルはなんとか躱す。
コエンは空いた両手を背中へと伸ばし、背負った剣の柄を握った。その際、肩にある剣の留め具を外す。コエンはゼルの四歩手前で脚を止め、走り寄った勢いを殺すことなく体を回転させた。
同時に背負った大剣が
ゼルは咄嗟に両腕を上げて防御する。コエンの大剣はゼルの腕に生えた刃を叩き壊し、防御した態勢のままゼルを後ろに吹き飛ばした。
何度も地面を後転してゼルは止まる。そしてすぐに起き上がると、ゼルはコエンを睨み付けて唸った。体が膨れあがり筋肉が以上に盛り上がる。ゼルの顔も人間のそれから獣の顔へと変わっていく。口は大きく裂け、赤い目が吊り上がる。
「人の姿ですらなくなったか」
コエンが大剣を右肩口へ構える。柄頭が前で、剣先が後ろ。剣の重さと遠心力を利用した斬撃をする構えだ。
ゼルは体勢を低くしてコエンを睨んだ。
二人が同時に動く――
「何!?」
先程とは比べものにならないスピードで、ゼルはコエンに迫った。その速さはコエンに劣らない。二人は急接近した。
コエンは斬ることを諦め、構えたままの柄頭をゼルの顔面へと突き出した。ゼルはそれを僅かに逸らしただけで躱す。柄頭がゼルのこめかみを掠り、浅い傷を付けた。
ゼルは下から拳を突き上げる。
コエンはそれを半身になって躱した。そのまますり抜けるようにゼルの背後へと足を進め、踏み込んだ右足を軸に体ごと半回転した。同時に大剣を肩から降ろし、回転の勢いを利用して下から掬い上げるように斬る。
ゼルも慌てて振り向いた。地面すれすれを大剣の切っ先が掠め、ゼルの左肩から先を切り落とした。
「グォォォ」
ゼルが背後に跳んで距離をとる。しかし片腕を失ったせいで着地の時に体勢を崩した。
コエンはその隙を見逃さない。振り上げた大剣を左の肩口に添えて間合いを詰める。そして今度は水平に大剣を薙いだ。
ゼルの瞳がその赤さを増した。ゼルは更に体勢を低くして暴風のごとき刃を躱すと、そのままコエンの懐へ潜り込んだ。残った右の拳がコエンを襲う。
「くっ」
コエンは慌てて大剣を引き戻す。剣身の腹と拳がぶつかる。今度はコエンが吹き飛ばされた。
ゼルがアートゥラの方を向く。そして振り向きざまに彼女へと走った。
「やばっ」
コエンが優勢なのを見て傍観していたアートゥラは反応が遅れた。スピードを増したゼルはすぐ目の前にやって来る。
「賞金稼ぎ!」
ゼルの拳がアートゥラの腹部にめり込んだ。そのまま背中へと突き抜ける。彼女の体はゼルの右腕一本で持ち上げられた。
「が、は」
アートゥラの口から大量の血が吐き出される。その血はゼルの顔を濡らした。ゼルの口に血が入り込む。
「GGGGGGAAAAAAAAAA」
ゼルは歓喜の雄叫びを上げた。目は爛々と輝き、口は大きく開いて乱杭歯をみせる。そのまま腕を振り下ろすと、アートゥラの体がゼルの腕から抜けた。重い音を立てて彼女の体が地面へ落ちる。
コエンは大剣を杖代わりに立ち上がった。赤い胸鎧が剣身の幅でへこんでいた。
ゼルはそれを見てニヤリと嗤う。そしてすぐに姿勢を低くして構えた。
「あーあ。この体気に入ってたのに」
「!」
後ろから聞こえた声に、ゼルは弾かれたように振り向いた。コエンも驚きの表情を浮かべている。
視線の先にはアートゥラが立っていた。腹部には大きな穴が空いている。目を凝らせば背後の景色が見えてきそうだ。傷口からは血も大量に流れている。明らかに致命傷であり、立ち上がることなど、通常はあり得ない。
「この代償は高クツクワヨ」
アートゥラの背後、空から差し込む陽光が生み出す影が
それは漆黒の存在だった。鸚鵡に似た大きなくちばしを持ち、丸い大きな目がゼルを見つめている。体は鎧のようだった。背中からは翼が生えている。その全てが黒い。
よく見れば、鎧の両腕はパーズの籠手とよく似ていた。
アートゥラの体が、糸の切れた人形のように崩れ落ちる。
「酷イ事ヲシテクレタナ」
黒い鎧は驚いて動かないゼルの顔を片手で掴んだ。そしてそのまま持ち上げる。
ゼルは足掻くが手は離れない。鎧はもう片方の手で、残ったゼルの腕を掴むと、まるでパンのように引きちぎった。
「UUGAAAAA」
ゼルの頭から手が離れる。ゼルは痛みに声を上げながらも、鎧から距離をとった。
「トドメハオ前ガサセ」
その言葉にコエンが反応する。力を振り絞り間合いを詰めた。そして自分の全体重を乗せて、大剣をゼルへと突き込んだ。
大剣が背後からゼルの胴体を貫いた。
「すまない」
ゼルの背に向けてコエンが呟く。ゼルの瞳の赤が失われる。コエンが剣を引き抜くと同時にゼルが倒れた。
大剣にすがりながら、コエンがその場に膝をついた。
鎧がすぐ
「……お前は何者だ?」
コエンの問いに鎧は答えない。鎧はゼルの死体に近づくと、その死体が作り出す影を文字通り掴んだ。
鎧が右手を上げた。手には人型をした黒い布のようなものが掴まれている。それは人の形をしていた頃のゼルに似ていた。
鎧は上を向き、影をくちばしの上に持っていく。くちばしが、ばくんと大きく開いた。そして影を飲み込み始める。
影は陸に上がった魚のようにはね回った。
「影を……喰らっているのか」
コエンが驚いた声を上げる。同時に何かに気づいたようにハッとした表情になった。影はあっという間に、鎧に飲み込まれてしまった。
「〝影喰らい〟アートルム。異界から来た六体の悪魔のうちの一体。まさか……本当に……」
呆然と呟くように、コエンが言う。
「オヤ。意外ニ物知リダナ、傭兵」アートルムと呼ばれた鎧は、コエンを見る。「心配スルナ。〝契約〟ヲ履行シタマデダ。オ前ノ影マデ喰ラウヨウナコトハシナイ。
……アア。モウ少シ、アノ体デ楽シミタカッタノダガ……マァイイ」
アートゥラの死体を一瞥すると、再びコエンに視線を戻した。
「俺ハ仕事ヲ降リル。ぱーずの坊ヤニ、ヨロシク伝エテクレ」
そう言って、アートルムは背中の翼を羽ばたかせると、天空へと飛び去ってしまった。 緊張の糸が切れたのか、コエンはそのまま倒れ込む。
「俺はまだまだ弱いな」
苦い呟きが、コエンの口から漏れた。
☆
パーズは森の中をひたすら走っていた。後ろには、僅かに遅れてイェルラが続く。コエンたちの姿はすでに見えなくなっていた。
「このまま進んで大丈夫なの?」
「分からん。だが、目的地まで迂回していくような知恵があるとは思えない」
「それもそうね」
イェルラはそれ以上何も言わず、パーズについて行く。
どれくらい走っただろうか。森は突如として開け、廃墟が現れた。倒れた石柱に崩れた石造りの屋根や壁。それらが入り組んでお互いを支え、一箇所だけ穴を作っている。半ば土に埋もれたそれは、洞窟の入り口のように見えた。
「昔の、神殿かなにかの跡ね」
イェルラは言う。二人の目は暗く口を開ける穴へと向いている。
「この先にいると思う?」
「あれを見る限りだと……多分な」
パーズの示す先には、下生えの草を踏みしめたような小さな道が見えた。獣道よりは広く、何度も人が通ったような跡だ。それは穴の中へと続いていた。
二人は穴の中へと慎重に足を踏み入れた。
【我思う。汝は輝く氷なり】
イェルラの頭上に八面体の氷が現れる。それは柔らかな光を放ち、中を照らす光源となった。見る限り、ここは廃墟の中で通路になっているようだ。まだ崩れていない石柱がいくつも立っており、天井も比較的高い。
真っ直ぐな通路を進んで行くと、その先に光が見えた。二人の足取りが更に慎重なものになる。光の先には、かつては礼拝に使われていたとおぼしき、広い空間があった。
空間の真ん中、床には大きな魔法円が描かれている。
「ケイン!」
その中心にケインがいた。その横にはアベルが立っている。ケインはパーズたちを見て、驚いた表情を浮かべた。
アベルはパーズたちを見ると、赤い瞳を爛々と輝かせ、歯を剥き出しにして二人を威嚇した。
「ようこそ」
低く落ち着いた声が、空間内に響いた。
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