79.ホラー映画の絶望的に怖かったシーン!は覚えてるけど、ストーリーってあんまり覚えてないよね〜


「雲の中にあったんだよ! お城が!」


 まだ雨が降る窓の外を指差し、吾妻は興奮したように言った。

 更衣室兼ダンジョンの入口でもあるここには、主に植山の付き人達によって用意された物がたくさんあった。

 配布されたバスタオルで雨と海水に濡れた身体を各々拭いている。


「にゃるほどねー。空か。そりゃどこ探してもにゃいわけだ」

「あ! みんな! もう晴れたよ!」


 窓際に置かれたオーデュイが、快晴に戻ったことに気付いた。熱帯気候のダンジョンらしく天気は急変するみたいだ。

 しかも雲が晴れたことで、空高く上空に、吾妻が見たという巨大な建造物が浮いていた。尖塔のようなものがあり、確かに城に見える。まるで超文明が生み出した天空遺跡だ。

 何故このタイミングで現れたのかは謎だが、分かることは一つだけある。


「あそこに宝具があるよね! みんな行こう!」


 吾妻が高らかに宣言した時だった。


「おーほっほっほっ! ご苦労さまぁ、小娘たち」

「え、なになに⁉︎」


 すると、マキノ率いる三人組探索者が、急に口上を始めた。


「え、なになに⁉︎ と聞かれたらぁ!」

「回答してあげるのが慈悲深さ」

「世界の経済を塞ぐため!」

「世界の宝具を手にするため」

「愛とお金が何より欲しいぃ!」

「ラブリーチャーミーなあねさんを引き取ってあげて」

「マキノ」

「ジェントル」

「ダンジョンを駆けるディーパーの三人にはぁ!」

「ホワイト企業、内定貰うの待ってます」

「……なんてな」


 ドーンと謎の効果音付き。

 ファルコが最後に言葉を締めると、卓上に置かれた照明も遠隔操作で色が変わる。

 セルフプロデュースが凄いな。


「…………おぉ」


 しかし、あの吾妻や松實ですら反応が微妙だった。


「姉さんどうします? とてもスベりましたね」

「スベってはない。アタクシの神々しさに恐れを抱いてるのよっ! いい? アンタたち。騙されたようだけど、実はアタクシたちディープウェブの住人。ディーパーなのよ!」


 俺は既に知っている。


「あら、悪い人達ですわね」

「そうですよお嬢様。僕たちは悪い人なんです。僕は怪盗、ファルコが盗賊。そしてマキノ姉さんが苦学生!」


 一般人混ざってるな。


「ふん! そうよぉ! とにかくアタクシはお金が欲しいの。留学費用が底つきそうだからね! さぁて、もう場所も分かったことだし、悪いけど宝具はアタクシたちがいただいていくわ。ジェントル」

「オッケー、あねさん」


 ジェントルは前触れなく手に出した白い玉を、床に投げ付けた。

 すると、一気に白い煙が小屋の中に広がり視界が封じられた。


「わぁ! まっしろだ⁉︎」

「今のうちよ!」


 堂々と正面から出ていく彼女たちを追いかけると、ファルコがパイロットゴーグルを装着した。


「……宝具:バードゴーグル」


 あいつ宝具持ちだったのか。転売されたものを高額購入でもしたのだろうか。

 彼の身体は巨大な隼へと変貌を遂げる。野田と同じ変身系の宝具だ。

 背中にマキノとジェントルが乗ると、大きな翼を羽ばたかせ、空へと飛び上がった。


「それではごきげんよぉ〜……‼︎」


 マキノは高らかに笑いながら、三人は先行して天空遺跡へと向かった。



「わぁ、ヤバいよ⁉︎ 攻略先越されちゃう! 急いでわたしたちも向かわないと!」


 まぁ、多分だが大丈夫だ。

 それよりもどうやってあそこまで行くかが問題だ。

 あそこまで高く飛べるような武具や宝具を持っている人はいない。


「うーん……あ! メガちゃんの言葉に乗って行くのはどう⁉︎」

「それ最後爆発するよな」

「あー、そっかぁ……」


「うーん」と、吾妻は無い頭を使って必死に考える。


「はいはーい! みんなで肩車するのはー⁉︎」

「届くわけねぇだろ、バカ。肩の上に立たないと高さが出せない」

「おぉ、そっか〜。さっすがさんしょーちゃん。ワタシほどじゃないけど、中々やるぅ〜」

「はぁっ⁉︎」


 松實と三昌が参考になることもないな。


「うげー、粉をたくさん吸っちゃったー……」

「オーデュイさん、わたくしが取ってあげますわ。宝具:侘び寂び──〈純涙洗浄じゅんるいせんじょう〉」


 粉まみれのオーデュイを連れて来てくれた植山。

 彼女は涙をオーデュイに垂らすと、スライムの身体はみるみる洗浄されて粉だけ綺麗に体外へと排出させた。


「わー! ありがと葵ちゃん!」

「ふふっ、ゆとりあるわたくしにとって、当然の手助けですわ」


 その様子を見て、一つ作戦を思いついた。

 それはハコネダンジョンでも実践したことの、さらに規模がでかいパターンだ。


「植山さん。一つご相談が……」


 俺は彼女に作戦の全貌を話した。


「なるほど、確かに可能かもしれませんわね」

「ええ。ですので、是非とも宝具をお借りしたいのですが……」

「ふふっ、その役目。わたくしがしても宜しいですか?」

「かなり体力を消耗するかと」

「わたくし、とても健康になりましたわ。それに、それこそ東さんの体力を温存させた方が良いかと。わたくしに任せてください」


 アキハバラダンジョンを生き延び、植山は狭間を相手に辛勝できるほどに成長している。

 信じてみよう。俺は首を縦に振った。


「優見。爺や。中島。今からわたくしは大号泣しなければなりません。で行きますわよ」

「あれでございますか⁉︎」

「か、かしこまりました」


 いつも高速全肯定の大城ですらも動揺する、あれとは何か。

 付き人たちは、涙が直接海に入るようにと、浅瀬にビーチチェアを設置。

 さらに、スクリーンまで海に建てられて、即席の海辺映画館が出来上がった。


「なになにー? 何が始まるのー?」


 植山がチェアに座ると、他の女子たちも椅子を取り囲むように集まる。


「それではお嬢様。再生します」


 こうして映し出されたのは──


『グワァァァッ⁉︎』

「キャァァアア⁉︎」


 ホラー映画だった。

 全編ホラー要素を詰め込んだ、ストーリーのないことが一番ホラーなホラー映画。


「吾妻さんはホラー得意なのか?」

「ううん。怖いよ。でも、怖いのが楽しいなぁって感じかなー」

「ウワァァアア⁉︎⁉︎」


 他の面々も、下池が野田の後ろに隠れてるくらいで、三昌は無表情、松實はワクワクしながら観ていた。


「イヤァァァアア⁉︎⁉︎」

「それに、自分よりビビってる人いたら落ち着かない?」


 そう、先程から聴こえる悲鳴は全て植山葵一人のものだった。

 いつもはゆとりのある、頼れる小さなお嬢様という印象だったが、現在は──


「無理無理むり無理ムリ‼︎ 怖いよぉ! いやぁ! キャァァ‼︎ うっ、うぇーん! 怖い、怖いよぉぉ……‼︎ わぁぁぁん‼︎」


 見るも無惨に、子供みたいに大号泣していた。

「お嬢様、大丈夫ですよ、もう止めますからね」と大城が宥めて映画は中断されるも、涙の方は一向に止まらない。

 だが、これでいいらしい。


「うぅぅ、皆様ぁ、みっともない姿をぉ、おみせ、お見せしましたわぁぁぁん! でも、この涙の量がありました、ら、いけますわ……宝具:侘び寂び──〈涙天一碧るいてんいっぺき〉」


 涙が海に広がり、空と海が繋がるように水流が立ち昇ったのだった。


「おぉ! すごい‼︎」

「皆様方、こちらを」


 保科から渡されたのは二人乗り用の浮き輪が三つ。

 野田・下池ペア、松實・三昌ペア。そして、オーデュイを抱きかかえた吾妻と俺のペアに分かれた。

 ほんと、どれだけ準備が良いんだ植山一行は。


「わたくしはこれを保つのに、精一杯です。皆様であの遺跡を攻略して来てくださいませ……!」

「うん! 分かった‼︎」


 そして、滅多に見れない空へと駆け上る人工ウォータースライダーを、撮影しない選択肢はない。

 前側に座った俺は振り向き、ここに来て初めてカメラを吾妻に向けた。


『それじゃあ、天空遺跡に向けて〜、しゅーっぱぁーつ‼︎』

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