18.わたしを支えてくれるスタッフさんを紹介します!


 野田に俺の存在が男だとバラされた。

 彼女は何事もなかったかのように話を続ける。

 下池は聞いていないフリをして、三脚に設置したカメラが映す画面を確認しながら、パソコンで生配信を続ける。

 そして、一番被害を被ることになる吾妻は──


『いやぁ〜ほんとそれですよ〜、しっかりしてほしいですよ!』


 ただのアホだった。

 こいつは普段からその辺の管理がショートケーキ並みに甘い。

 あいつはコメント欄を見てないので、今どういった状況かを理解していない。反応は逐一確認しておけよ。

 動揺しない吾妻に焦ったのか、野田はさらに直接聞いてくる。


『え〜、ところで、カメラマンさんとはどういった関係性にゃの? あ、もしかして、彼氏〜?』

『えっ⁉︎ えーっと……』


 吾妻が俺の方を見る。

 俺が無言のまま何とか今の状況を手振りで伝えようとすると、ようやく察してくれたのか、慌てふためき出す。


『ち、違うよっ⁉︎ お、お兄ちゃんです‼︎』


 吾妻が珍しく機転を効かせて言い訳するが、その動揺からより一層視聴者には疑念を抱かせてしまう。


『えー、オロオロしてて可愛いねマイマイ♡ にゃんだか兄妹って信じられにゃいにゃ〜。ねー、みんにゃもそう思う〜?』


 ほくそ笑む野田はカメラ目線でさらに煽り立てる。


『……兄妹ですよ』


 仕方なく俺はカメラには映らず、声を出した。

 あまり他人に見せたくなかったが、証明としてライセンスカードを提示した。


『え〜にゃににゃに〜……アヅ──あぁ、ほんとだ。名字おんにゃじだ、にゃんだ、兄妹……え⁉︎ しかもSラン……んっん! あぁ、そうにゃんだ〜』


 ライセンスカードの名前の表記は、カタカナが使用されている。

 これならば、吾妻と東だと同じ名字だと思われることだろう。もっとも、〝アヅマ〟と〝アズマ〟なので、吾妻のも提示すればバレるが。

 その場しのぎであっても、言い訳できたのならそれでいい。裏方への挨拶が雑だったのが裏目に出たようだ。


 これ以上追及しても、えりにゃん側がしつこいと視聴者に飽きられてしまう。

 だが、事前に他人だと知っていれば、なんなく俺たちを蹴落としていただろうに……その確認を怠るとは焦っているというか……なんだか余裕がないというか。


【兄妹仲良いんだ!】【マイマイ妹属性】【てことは、お兄ちゃんに認められないといけないってことか……】【お兄ちゃん、妹に守られてばっかは何とかしてもろてw】


 視聴者の反応も、まちまちと言った感じか。

 しかし、いくつかまだ疑っている人もいるようだが、何を言及しても批判してくる奴はいる。人気になるほど、尚更酷くなっていくだろう。

 一応これからの動画上では、俺はマイマイの兄として振る舞おう。設定を後で細かく決めておく。

 俺は吾妻に親指を立ててナイスフォローだと伝える。

 ちゃんと伝わったかは分からないが、吾妻も親指をグッ! と立ててくれた。


『じゃ、じゃあ、今回の企画は事前にお知らせした通り、シンジュクダンジョンのあちこちを巡って、振り付けをマイマイに振り落とししていきます! そして、最後に一番映えるとこでちゃんと踊れるようににゃっているかをテスト! じゃあ、頑張っていこーね?』

『うん‼︎』

『じゃ、ダンジョンに入るのでそのままちょっと待っててね〜』


 配信は待機画面に変わって軽快なBGMが流れている。

 この辺りは全て、リアルタイムで下池が操作している。

 だが、技術面に感心している場合ではない。


「どういうつもりだ」

「えー、にゃんのことぉ?」

「俺のことは明言するなと伝えたはずだ」

「あはっ、ごめん。つい、うっかり。アタシあたま良くにゃいから忘れてた〜」


 野田はピンクのインナーカラーの髪を弄りながら適当に返事した。

「うっかりかー、じゃあ仕方ないよね!」と吾妻は素直に信じて許してあげた。


「えりにゃんがミスするのは珍しいね! いっつも完璧だも〜ん」

「あー……そうね。で、ほんとに兄妹なの? そうは見えないけど〜」

「兄妹だよ! すっごく仲良い兄妹なの! ねっ、東くん!」

「めっちゃ名字呼びじゃん」


 おい、この馬鹿。


「絵里奈……大丈夫……移動しよ……」

「うーい。まぁ、いいよ。別にそんにゃことはさ。じゃあダンジョンに入ろっか」

「ダンジョン? シンジュクダンジョンの入口はあっちにあったよ! わたしここに来るまでに見といたからね!」

「ここにもあるのよ。シンジュクダンジョンの入口はこの街にはたくさんあるからね」


 元S級ダンジョン──シンジュクダンジョン。

 ここがS級たる所以は広大過ぎて全貌が見えなかったからだ。

 今もまさに開拓されていないエリアがあり、まだ宝具が眠っているのかもしれない、実は真のボスがいるのではないかとの噂が人を呼び、多くの探索者が挑んでいる。

 現在、一日の訪問者数はシンジュクダンジョンが一番多い。

 歌舞伎町の門が入口として機能しているが、歓楽街なのもあって大変混雑している。


「……すると、入口が新宿の……あちこちで見つかるようになった。まるで……わたし達を歓迎するみたいに」

「おぉ、何だかダンジョンが生きてるみたいだね!」

「……そう、ダンジョンは生きてるの……」


 途中から下池の解説に、吾妻なりの解釈を経て理解したようだ。

 入口の一つはすぐ後ろに建つビルの内部、階段下にあった。

 ここならば大きな騒ぎを起こすことなくスムーズに入れるな。


 そして──


「おぉ⁉︎ キラキラだぁー⁉︎ えぇっ⁉︎ シャンパンタワーあるよ⁉︎ すごーい‼︎」


 俺たちが出た場所はダンジョン上層を全て見下ろせる崖の上──天井は発光する鉱石、眼下にもギラギラと輝くがある。

 吾妻の言うように中央には巨大なシャンパンタワーがシンボルとして存在していた。

 人工物なのか、はたまたダンジョンが生み出したものなのか……夜を知らない街がそこにはあった。


「そ、ここがシンジュクダンジョン上層。別名、ウラカブキ──探索者の夢と欲に塗れた街──じゃあ、ここを背景にさっそく一つ目の振り付け行ってみよっか?」

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