10.【宝具紹介】わびさびを感じとれる女にわたしはなる。


 吾妻が新作の武具を失って絶望していた頃、植山たちは予定よりも早く進んだところで休憩をしていた。


「葵お嬢様。予想よりも魔物が少ないようです。この調子ですと15分後には最深部に到着かと」


 爺やである保科は、小猿に似た姿に角と牙が発達した魔物を殴打し、この場から排除する。

 腕に装着しているのは、武具製造三大企業の一つ〝天空堂てんくうどう〟のオーダーメイド製品。

 軽いながらも耐久性は高く、威力は岩をも破壊する。


「そう、分かりましたわ。まであと少しですわね」

「葵お嬢様。失礼ながら宝具は噂にしか過ぎません。過度な期待はされない方がよいかと」

「そう、ですわね。大丈夫ですわ、なかったとしてもまた別のところを探せばいいのですから。さて、ゆとりもあるようですし、一旦この辺りで、吾妻さんたちが来られるまでティータイムといたしましょう。中島、何か作ってくださる?」


 中島はコクリと頷き、自身が持って来た荷物を広げる。調理機材に調味料、加熱料理ができるよう火を起こせるものまで。

 彼の手にかかれば、どこであっても美味しい料理が出てくる。食材は魔物やダンジョン内に植生する植物、産地直送だ。


「……しかし、ここまで魔物が少ないとは。もしかして他の探索者に先越されているのかしら」

「葵お嬢様。大変差し出がましいのですが、私めの耳には聞いたことのない不協和音が届いております」

「不協和音……? わたくしには聴こえませんが──」

「かしこまりました。不協和音などありません」

「肯定されなくても!? 優見が言うのですもの。その言葉は信じていますわ」

「大変感激にございます」


 大城はずっと抱えている植山を、保科が用意したガーデンテーブルセットに座らせてあげる。

 植山は皆に感謝を述べ、それから告げる。


「この先、気を引き締めましょう。何か嫌な予感がいたしますわ」

「「かしこまりました」」


 シェフの中島も頷こうとしたその時、何かに気付く。


「…………! ……、……!!」

「どうした中島、っ、腐卵臭……!?」


 何か黒いものがいくつか飛んできたので、保科はそれを殴り返し、残りは中島が自慢の包丁で切り下ろした。

 飛んできた黒い物体の正体は……猿型の魔物の亡骸。


「葵お嬢様、何か来ます」


 立ち上がる温泉の蒸気から現れる、黄土色に染まりし長く太い体躯。

 その全ては硬い鱗で覆われており、大きく鋭い蛇眼が植山たちを捉えていた。


「……おかしいですわ。ハコネダンジョンのボスは猿型の魔物だったはず。ですが、この姿はまるで──龍、ですわ……」


 すると次の瞬間、龍の魔物が口から火球を吐いてきた。

 三人は素早く反応し、跳んで避ける。植山はすぐさま大城に抱えられたので無事だ。


「葵お嬢様! ご無事ですか!」

「えぇ、優見のおかげで無事ですわ! これは想定外の事態です。一旦、退きましょう!」


 しかし、保科からの返事がない。

 本来は、唇の動きで内容をやり取りするが、龍が現れたと同時に湯気が濃くなったせいで、相手の姿が視認できない。

 さらには龍が保科に狙いを定めているため、こちらに来れる余裕がないようだ。

 そこにシェフの中島が来る。


「…………! ……!!」


 ハンドサインを使い、植山に伝える。


「硫化水素……!? 今すぐ爺やを連れ戻さないと!」

「いけませんお嬢様。お嬢様の身が第一です」

「ダメよ優見。わたくしは四人でいなければ退きません。わたくしが道を作ります。二人がすぐさま爺やを連れ戻しなさい」

「かしこまりました」


 来た道を戻ろうとした大城だったが、植山の言葉には絶対遵守。

 比較的安全なところに植山を置いた大城は、メイド服であるワンピースとエプロンの膝下部分を剥がした。いつでも下半分が着脱可能となっている。

 両脚に装着した、膝まで覆われた鉄靴サバトン。保科と同じ天空堂製の武具である。

 そして、包丁を構えた中島と共に、二人は龍の元へと駆け出す。


 その頃、植山は扇子を取り出し──大粒の涙を流していた。


「ぐすっ、昔は泣いてばかりのわたくしでも、今は誰かのために涙を流せますの──宝具:び──〈静寂之涙せいじゃくのなみだ〉」


 宝具:侘び寂び

 流した涙を増幅させ、自在に操ることができる扇子。

 涙を自力で出さないといけない懸念点はあるが、植山はそれを克服している。


 ティーカップ一杯分まで大きくなった植山の涙は、魔物まで一直線に細く貫き、龍の気だけは引けた。

 涙の通り道だけ一瞬湯気が晴れ、保科の場所を確認する。

 飛来してくる岩を大城が蹴り飛ばし、魔物が吐く火球を中島が切り伏せて、保科と無事に合流する。


「うまく行きましたわね。それでは急いで退避、を……カハッ!?」


 呼吸困難、息ができずにその場で倒れてしまった。

 大城たちも植山の元まで間に合わず、同じく呼吸困難や痙攣を起こしていた。


(もう硫化水素が……体にまわって……!? まずいですわ、このままだとみんな……。三人の怨呪えんじゅを治してあげたいのに……!)





「──本日からよろしくお願いします。葵お嬢様」


 ──大城優見、保科凌聞、中島拓味の三名は、植山が6才の頃にお屋敷へとやって来た。

 それぞれ与えられた仕事をすぐ完璧にこなせるほど優秀な人材。

 それもそのはず、全員がダンジョンストリーマー市場成長期に名を馳せていた実力者であり、料理や掃除(魔物駆除)は得意分野だった。


 だが、彼らは動画の世界から姿を消した。

 ダンジョンの呪い──怨呪えんじゅ

 ダンジョン内で引き起こされる不思議な力によって、彼らは五感を奪われた。


 それでもなお、生まれた時から足が不自由で歩けなかった植山のことを、事業で忙しかった両親の代わりに娘のように世話してくれた三人。


 優見に世界を再び見せてあげたい。

 爺やに感謝の言葉を直接伝えたい。

 中島と美味しいものを食べてお話がしたい。


 だからこそ、植山はどんな病気や怪我でも治せると噂の宝具:白湯華はくとうかを求めて、温泉地を巡っていた。

 三人の怨呪が解ける可能性を信じて……。


(わたくしが不甲斐ないばかりに、ここまで連れて来てはこのような目に遭わせるなんて……)


「だれ、かっ……みんな、を、たす、けっ……」


 何もできず、涙が無情にも流れ落ちる──




『──マイマイパンチー‼︎』


 明るく照らす元気な声と共に、巻き起こる風圧が湯気と龍を吹き飛ばす。


『葵ちゃん! だいじょぶ!?』


 声からして、現れたのは吾妻舞莉……おそらく。

 フルフェイスのガスマスクを付けており、ガス対策は万全。

 一緒にやって来た東によって、植山たちにもガスマスクが装着される。


『……吾妻、さん、ここは危険っ、です。ボスが、報告と変わってます……。おそらくあれは、〝レイドボス〟……早く、三人を連れて逃げて……』


 突然現れる、ダンジョンの危険等級を遥かに超えた魔物の存在──〝レイドボス〟

 たった一体のみで、大勢の探索者を跳ね除けるほどの圧倒的な力を持ち、恐怖の象徴として畏怖される存在『だいじょぶだよ。龍くらいわたしが簡単に倒しちゃうから!!』

『へっ!?』


 しかし、吾妻が臆することはなかった。

 理由は、その危険性をよく知らないから。


『ふっふっふっ、を洗って待ってろ龍ー! どこが足かわかんないけど! それじゃあー、倒してまいります‼︎』

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