9.【初コラボ!】葵お嬢様と一緒にハコネ攻略するぞ〜!
ハコネダンジョン──その入口は老舗旅館の露天風呂に存在する。
石造りでできた風呂の床が抜け落ち、地面に潜る形で内部へと続く。
源泉がダンジョン内へと垂れ流しになったままなので、あちらこちらが濡れてしまっている。
『おー、男風呂に入るなんて初めっていだぁ!?』
このように、足元に注意しないと滑ってこけてしまう。
探索者がよく集まる人気ダンジョンなので、受付と入口付近は人が多い。
転んでいては邪魔なので、カメラを回したままさっさと右手を差し伸べる。
『あ、ありがとう、東くん』
「カメラ回ってるんだが」
『ああ、そっか! ありがとうカメラマンさん!』
このカットは使えないな。
撮影中は必ず俺が男だと悟られないようにしている。
吾妻のような美少女系NewTuberは男の存在がチラつくだけで炎上する、理不尽な世界なのだ。
結果として、この心掛けが彼女を守ることになるので、俺のことを女性か無性別として扱うように吾妻には言ってある──全くもって意識してないが。
編集でどうにかできる範囲は強く言わないが、だからこそ生配信だけは未だにさせられない。
「さて、ここからはわたくし達も撮影を始めますが……せっかくの縁ですし、わたくし達はゆとりがありますから、このままコラボしてはいかがでしょうか?」
「え、いいのぉ!? 葵ちゃんとコラボしたい!」
「もちろんですわ。こちらこそお願いします」
植山たちのお陰で無事にハコネダンジョンに入れた俺たちは何とそのままコラボ配信。生配信でないことと俺の存在が出なければという、ワガママな冗談まで引き受けてくれた。
器の広い、ゆとりのあるNewTuberだ。
だが、今の今も大城に抱えられたままの植山だが、ダンジョン内での撮影は一体どうするのだろうか。
とにかく、こうしたコラボ配信の影響はデカい。相手のファンに対して直接吾妻の魅力を伝えられる機会を得るからだ。
それが4万人近くいる植山のチャンネルならば尚更効果は期待できる。
お互いのオープニングの段取りを確認し、まずは植山側のチャンネルから撮影を始めた。
一応、別カメとして撮っておくか。
『──ごきげんよう、紳士淑女の皆様。本日もわたくし達の動画を観ていただき誠に感謝いたしますわ。さて、本日はハコネダンジョンへと赴いたのですが、今回は可愛らしいお嬢様もご一緒ですの。どうぞ』
『こ、こんマイリー! マイマイです! よよ、よろしくお願いしますっ!!』
ダンジョン内に湧き出る温泉を背景に設置されたガーデンチェアに、腰掛けさせてもらった植山。そして、隣席には吾妻も座っている。
終始吾妻は緊張していたが、相手が手慣れているのでスムーズにオープニング撮影は終わった。
今度は立場を入れ替えて、同じようにマイマイチャンネル側のを撮り、終了。
「ふぅ……なんか緊張したぁ」
「吾妻さんでも緊張するんだ」
「するよっ! 最強の探索者でも、カメラ前では緊張しちゃう普通の女の子なんだから」
その自信はどこからやってくるのか。
ただ、豪語できるくらいに強くなっていただけた方がこちらとしてもありがたい。
いつか、高級武具や宝具を手にして、前線に出てダンジョンを攻略し、あわよくば世界まで救ってしまう……なんてことも彼女には成し遂げてもらいたいものだ。
「吾妻さん、撮影お疲れ様です。さて、次は宣言通りダンジョンボスを倒すため、そこまで移動ですね。わたくし達が先行しますので、付いて来てください」
「わかりました!」
座布団に正座し直し、メイドの大城に下から抱っこしてもらう形で植山は移動する。
……出会ってから、彼女は一歩も自分で動いていない。
「葵ちゃんって小柄でお人形さんみたい。すっごくかわいいよね〜」
吾妻は呑気に言った。
これといい、大城や保科の失われた五感、それにシェフの中島が一言も喋る素振りが見せないといい──この四人は何かを抱えている。
まぁ、そのハンデを感じさせない実力があるので、探索においての心配はいらないか。
むしろ俺たちが手助けという名の介入をすることで連携を乱すかもしれない。
ただ何かあったらいつでも助けられる距離にいるよう、付かず離れずで後を付いていく。
『──ふぅ、あちゅい……』
一応、カメラを回しながらダンジョンを進んでいくが、あまりの暑さに吾妻の足が止まってしまう。
このハコネダンジョンは、大きな円を描きながら広い洞窟空間の地下へと続く基本一方通行の構造となっている。
あちらこちらで温泉が湧き出ており、潜れば潜るほど温度と湿度が上がるサウナ状態。
長居は危険だ。
「早くしないと植山たちに置いてかれるぞ」
『わかってるよぉ〜……ねぇ、これ脱いでいい? 汗でビショビショなんだけど〜』
「ダメだ。規約に引っかかる」
今は装備を付けているお陰で隠れているが、それを外せば大事なところが濡れ透けてしまう。
そうはさせない……!
何が何でも変態どもの魔の手から守らなければならない。
可愛さは存分に利用するが、
『東くん、なんか目怖っ。ふぇー、なんかダンジョン来ると濡れてばっかりだなー。攻略したら温泉入ろ〜っと。はっ! 温泉配し──』
「ダメだ。だから肌は簡単に晒すなと言ってるだろ」
『なんかお父さんみたいなこと言うね。まー、お父さんいないから、こんなこと言うかはわかんないけどー』
「……すまん」
『いいよいいよ! 物心ついてない時の話だし! だから気にしないで! そんなことよりも全然魔物出ないね〜』
俺たちはただダンジョン内を歩いているだけ。
帰還中の探索者とすれ違うばかりで、魔物は一切出てこなかった。
きっと先行する植山たちが全て薙ぎ倒しているのだろう。その上、全然追いつけそうにない。
彼らの実力は、A級の枠には収まらないかもしれないな。
『魔物が出たら、わたしの新しい武具! 〝ハイパーソード〟で倒しちゃうのになー!』
カスカベダンジョンの報酬で買った一万円の剣。
あの魔晶石は大きさだけで質が最悪だったので、超安価で取引された。
武具を買うなら三大企業の良い物を選びたいが、中古の大量生産品しか手に入れられなかった。
だが、吾妻はその剣に名前を付けて偉く気に入っている。
『バッサバサきるよ〜! シュッ! ザザッ!! えーい! ……あ』
ブンブンと振り回していた吾妻の手から、剣が滑り飛んでいく。
ダンジョン内の湿度のせいなのか、暑さでかいた手汗のせいなのか、単なる握力のなさが原因か。
とにかく剣は大きく宙を舞い──激熱の温泉の中に落ちていった。
『ハ、ハイパーソードォォ‼︎』
吾妻は剣を紛失した。
◇ ◇ ◇
「……おかしいですわ。ハコネダンジョンのボスは猿型の魔物と聞いておりました……ですが、この姿はまるで──」
本来の目的地はもう少し先だった。
しかし、植山たちの目の前に現れたのは、報告にあるダンジョンボスの喰い散らかされた死骸と、そして……
「──龍、ですわ……」
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