名古屋地下鉄のさえちゃん もう一つの赤池伝説
青 劉一郎 (あい ころいちろう)
第1話 一
赤池に遊びに来たのは久し振りだった。
「ねえ、さえちゃん。何で赤池に来たの?」
三ツ矢玉枝が訊いて来た。
「玉ちゃん。理由なんて、ない。ただ、着てみたかっただけなの」
畠山早苗は答えた。と、答えたが、彼女の頭の中には、少し前地下鉄の名古屋駅で知り合ったおばあちゃんが浮かんでいた。
「何処へ行くの?何にもない所なのよ」
さえちゃんは返事をしない。玉ちゃんは仕方がないので、しぶしぶさえちゃんはの後をついて行くことにした。地下鉄の赤池駅から北に行くと、前田公園がある。小さな公園だけど、ゆったりとした気分になれるのは不思議だった。
そこにある長いベンチに、一人の老婆が座っているのに気付いたさえちゃんは、
「おばあさん・・・」
といい、近づいて行った。見覚えのある後ろ姿だったのである。
「待ってよ、さえちゃん・・・」
玉枝も後に続いた。
老婆は立ち上がり、二人の娘に気付き、ちょこっと頭を下げた。
「あの時は、有難う御座いました。私は、元々は赤池の生まれなのですが、何分地下鉄に乗ったことがなかったもので、迷ってしまったのです」
「やつぱり・・・あの時のおばあさんでしたね。いいえ、とんでもない。今日はお散歩ですか?」
さえちゃんはいつものように人なつこい笑顔を見せ、訊いた。
「今日はいい日和りてすね。九月になって夏はまだまだ暑いですね。でも、今日は涼しい風が吹いていますから、少し遠出してきました。あなたは・・・何でしたか、さえちゃんというんですね、友だちと赤池まで遊びに見えたんですか?」
「はい。この子は、玉ちゃん。はい、学校の同級生です。今日は、私が誘ったんです」
玉ちゃんはひょいと頭を下げた。
「おはあちゃん、今日は!」
赤池のおばあちゃんはちょっと気まずい表情を見せた。
「そうそう、まだ私は自己紹介していませんでしたね。私は、荒木みね子です.
そうですね、みねばあちゃんと呼んでください」
ということで、場所を赤池のある・・・じゃなくて、赤池のあった近くのみねばあちゃんの近くにある自宅に、二人は誘われたのだった。
「わあ、すごいわね、さえちゃん」
みねばあちゃんの家は敷地が広く、白壁に囲まれていた。
「昔の武家屋敷みたいね、さえちゃん」
なんでもすぐに感激する玉ちゃんが声を上げた。みねばあちゃんの家は白塀に囲まれたすごく広い家だった。
「こんな門、よく時代劇なんかで見るわね」
みねばあちゃんは笑っている。
「さあ、どうぞ。中へ・・・」
「こんなにいい時代だから、開き門は開けていますが、夜にはちゃんと閉めます。ええ、ええ、防犯カメラはちゃんと設置してありますよ。良い時代と言いましたが、いつの時代にも安心できないのです。さあ、さあ、こっちです。裏にまわりましょう。さあ・・・」
「さえちゃん、すごい!」
玉ちゃんがまず声を上げた。広い庭で、庭の真ん中付近には池があり、石の橋が架かっていた。さえちゃんもただ驚くばかりだった。
「こっちです。こっちに来て、お上がりください」
みねばあちゃんは庭に面した縁側の廊下に、幼い二人を呼び寄せた。
「さあ、さあ・・・お上がりください」
二人は緊張している。座敷の畳も新しく緑がかっていて、いい匂いがした。
「さあ、お座りください。その前に、何か飲み物でもどうですか?」
さえちゃんと玉ちゃんは顔を見合わせた。みねばあちゃんは二人の返事を待たずに、何処かに行ってしまった。戻って来た時には、盆に少し大き目のコップが載っていて、オレンジジュースが入っていた。
二人は座敷机の前に緊張して、正座した。
「ほほ、それ程長いお話ではないのですが、足を崩して楽にして下さいね」
二人は顔を見合わせ、笑った。
「お二人はお若いからお茶よりもこっちの方がいいでしょ。さあ、飲んで下さい。今日も暑いですね」
二人は顔を見合わせ、にこっ、と笑った。
「いただきましょ」
さえちゃんが言い、飲んだ。
「美味しい」
「うん、冷たくて・・・」
玉ちゃんは一気に半分飲んだ。
みねばあちゃんは二人を見て、本当に嬉しそうに微笑んでいる。扇風機もエアコンもないのに、爽やかな風が庭から吹き込んで来ている。本当に、ここが蒸し暑い名古屋なのかと首を傾げたくなる。さえちゃんは、
「玉ちゃん・・・」
と、声を掛けた。
玉ちゃんの返事はない。彼女はまだ緊張が取れていないのか、オレンジジュースを半分も飲んでしまっていた。
「さて、つまらない話ですけれど、お聞きになりますか?」
「はい」
二人は声を揃えて、言った。
さて、ここから、老婆は話し始める、もう一つの赤池の伝説を・・・。
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