松陰の実力者になりたくて、大久保町は燃えているか編

七星剣 蓮

第1話

???フフフ、我が名はパインシャドウ、松陰に潜み、松陰を駆る者。

大久保町は燃えているか!




 プロローグ

 ◯和25年、世界大戦が終結してから5年。


 陽葵(ひな)はいつものようにアールグレイと焼きたてのスコーンの匂いで目が覚めた。


 ここは明石市、運転免許試験場の街だ。


 少し大きめの寝室に天幕付きのキングサイズベットから両手だけ出す。


 メイドのコレットが窓のカーテンを開けながら言った。


「お嬢様、お目覚めの時間ですよ。今朝のお目覚めのお茶はアールグレイをご用意いたしました。スコーンをおつけしております。」


 「ありがとうコレット、そこに置いておいて。」


 陽葵は川嵜重工創業家、川嵜財閥当主川嵜四郎の孫娘だ。

 父は川嵜重工の執行役員でもある。


 窓からはまだ少し冷たい風が入ってくる。

 陽葵は大きく伸びをしてベッドに腰掛けたままアールグレイを口に含んだ。

 なんとも言えないいい香りだ。


 陽葵は高校1年生、特段高校生になったことに感慨はないけど仲良しの友達がまた同じクラスになったのでそれは楽しいかな。


 陽葵の趣味はニードルフェルトで可愛い猫やウサギを作ること。

 子供の頃から作った子たちはみんな大事に飾り棚に飾ってある。


 昨日の夜に頭だけ作って今回は8ミリの差し目にしようかな。

 いま作っているのはチワワだ。

 お散歩から帰るのイヤイヤポーズに仕上げようかな?などと想像する。


 ちょっと長めの黒のフェルトの耳に白いフェルトのふわふわを植えてある程度仕上げたところでコレットが呼びに来た。


 「お嬢様、朝食の用意ができましたのでお越しください。」



 屋敷の中央階段を降りて左手の食堂に向かう、食堂係のココが大きな扉を開けてくれた。


 「おはよう御座います陽葵さま。」

 黒い燕尾服を着た執事のセバスチャンがうやうやしくスマートにお辞儀をする。

 屋敷はこのセバスチャンが一人で全てをまかなっている。


 「おはよう、セバスチャン、今日は何か嬉しいことでもあったのかしら。」


「コホン、」セバスチャンが一つ咳払いをしてバツが悪そうな表情をする。

 

 「陽葵さまには隠し事はできませんな。」


 「実は以前から旦那さまにお願いしておりました休暇をいただけることになりまして、来月からしばらく妻とムーンパレスのほうに行ってまいります。」


 「まあ、ムーンパレスの予約が取れましたの?よかったじゃない。」


 「はい、ありがとうございます、妻と結婚してから30年になりますが、実は新婚旅行は行っておらぬのです、本当の意味でのハネムーンということになりましょうか。」


「セバスチャンったら意外にロマンチストなのね。」


 初老に差し掛かろうかというセバスチャンが顎髭を撫でながら顔をくしゃくしゃにしてる。

 可愛いとこあるのね。


 「つきましては、陽葵さまのお世話はしばらく他の者に任せることになるかと思います、ご不便をおかけしないようしっかりと申し送りいたしておきます。」


 ココが朝食を乗せたワゴンを運んでくる。

 今日は和食ね、お魚が乗ってる。



 食事をしていると長いテーブル(10メートルくらいある)の向こうの端あたりから何か動くものが這い上がってきた。

 少し茶色に光る、どこかで見たような、でも見慣れたものだった。


 陽葵はそれを一瞥したあと何もなかったかのように食事を続けた。


 セバスチャンの目がキラっと光ったかと思ったら目にも止まらぬ速さで懐から銀のフォークを取り出し「それ」に投げつけ命中させる。


 「Gですな、最近多くなりましたな、後で明石市役所に届けておきます。」



 朝食を食べ終えて制服に着替える、コレットが着替えを手伝ってくれる。

 

 「陽葵さま、迎えの自動車がゲートに到着しております。


 「ありがとうセバスチャン、行ってくるわね。」


 「行ってらっしゃいませ陽葵さま。」

 セバスチャンがうやうやしく頭を下げる。


 全長7メートルほどある自動車の自動扉が開き、陽葵が乗り込む。

 静かに走り始めた。


 「源さん、今日は少し寒いわね、風邪ひかないように暖かくしてるのかしら。」


 「お気遣いありがとうございやす、この前お嬢に送って頂いた、かいまき、使わせていただいておりやす。」


 「そう、喜んでもらってよかったわ、学校までお願いね。」


 源さんは20代の頃からタクシー運転手一筋のベテランドライバーだ。

 来年90歳になるそうだけど元気よね。


 窓の外を見ると色褪せた赤くて巨大なタコのオブジェが見えてくる。

 20年ほど前に市長に当選した松浦市長が北陸のどこかの町の巨大イカのオブジェを真似して設置したものだ。

 当時は税金の無駄遣いとか批判されたらしいけど、いまではタコの駅(旧魚の棚商店街)のシンボルとして明石市市民に受け入れてられている。

 観光客もずいぶん呼び込んで赤いタコの経済効果は年間10億円を超えるらしいわ。


 観光客がタコから顔出して記念撮影してる、子供可愛い。


 市役所を過ぎて自動車は高校に到着した。

 「源さんありがとう。」

 「おう、嬢ちゃん、行ってきな。」



 一時限目


 自動車を降りるとちょうど仲良しの薫子と蒼くんがトロバスから降りてきた。


 薫子は絹糸のような綺麗な銀髪とエメラルドグリーンの瞳のひときわ目を引くお人形さんみたいな女の子だ。


 やっぱり薫子はいつ見ても可愛いな。

 頭撫でたい。

 陽葵は少しドキドキして目を伏せた、少し頬が赤みをさしている。


 「薫子、おはよう」


 「おはよ、陽葵」


  薫子がいきなり抱きついてきた!


 びっくりしてドギマギする。

 

 薫子はいつもこうなんだ、快活で明るくて、誰にでも気さくでスタイルもスッとしてスマートだし、薫子の髪触っちゃった。

 細くて本当に絹糸のよう。



「今日は何を選択するの?陽葵。」


 うちの高校では必修以外は自由に選択して単位を取れますの。


 何も考えてなかったのであたふたしてふと頭に浮かんだ科目をとっさに言ってしまった。


 「今日は月面基地上空のゲートウェイ宇宙ステーションの船内活動職業訓練にしようかと。」


 「じゃあ私も〜、一緒に行こうか。」


 薫子と一緒なら何でも楽しそうだ。


 特定の指の動きのコンボをすると目の前に仮想情報画面が浮かび上がる。

 うん、ムーンパレス近くのイプシロンステーションにいくつか空きがあるみたい。


 「イプシロンステーションに空きがあるのでそこで待ち合わせでどうかしら。」


 「うん、後でね。」


 「蒼はどうするの?」


 蒼はチラチラ陽葵のほうを見ながら少し考えて、


 「僕は今日は語学演習にトロントに行ってくる、英語苦手だしね。」


 「そうなんだ、じゃあお昼休みにね。」


  薫子は蒼くんが好きなのかな?いつも一緒だし。

 幼馴染みだしな。

 

 ちょっとだけモヤモヤする。


 


 それぞれにあてがわれたカプセルに入る。

 

 ダメダメ、実習に集中しなきゃ。


 わずかにブーンという音が響いて全ての音が消えた。


 気がつくと格納ポッドにいた。


 実際には地球上のカプセルにいるのだけど、意識や感覚だけを別の場所にいるアバター、ここではモビルアーマーと言われる作業用アンドロイドの中に入る。


 操作には電波とレーザービームのハイブリッド通信を使うけど月面までだいたい1.3secの時間差がある。

 それに慣れるのがこの実習の目的だ。

 

 このアンドロイドは川嵜重工精密機械・ロボットカンパニー製で、試作品の頃からずっと見てきて実際に試運転もさせてもらったことがあるので慣れてる。

 お父様が川嵜重工精密機器・ロボットカンパニープレジデントの専務執行役員なので、割と自由に工場にも出入りできましたし。


 薫子は二つ向こうのモビルアーマーに入ってますのね。

 申請の時に他の人に割り込まれたようです。



 おっともう教官来られてる。

 話聞いてませんでしたわ。


 とりあえず右手をスムーズに動かす訓練なのね。


 薫子のほうを見ると、、


 薫子、暴れてる!何やってるの???


 モビルアーマーの右手が胸に当たった後反動であっちこっち動いて制御不能になってる!


 教官がケラケラ笑ってる。


 「おいおい、モビルアーマー壊すなよ。」


 テヘペロ!


 顔は見えないけど私にはわかる。

 薫子がテヘペロしていると!


 そんな薫子も可愛い。


 私には慣れたアンドロイドだから多分うまく動かせてるよ。


 30分ほどで薫子も慣れてきたみたいで同じ場所に移動して一緒に規定の作業を終わらせた。

 今朝は撫で撫でできなかったからここで薫子のモビルアーマーを撫で撫でしてみる。


 「なあに?」


 「ううん、なんでもないよう。」



 1時間ほどして地上に戻ってきた。

30分くらいクラウド酔いを覚ますためにカプセルに留まる。


 陽葵は薫子を撫で撫でしたことを思い出して耳たぶが赤くなった。



 二時限目

 薫子は現代社会を選択すると言ったから私は今回は別の科目を選択することにした、ちょっとさっきの撫で撫でを思い起こすと恥ずかしかったし。

 蒼くん、二時限目も引き続きトロントで語学演習するみたいね、私もトロント行ってみようかな。


 また指のコンボで通信画面を出して蒼くんを呼び出す。


 何回かの呼び出し音の後繋がった。


 「ひっひな陽葵さん?」

 なぜかうわずった声でびっくりした様子だった。


 「びっくりさせてごめんなさいね、二時限目は私もトロントに合流しようかと思って、いいかしら?」

 「へ、え、いや薫子はどうしたの?一緒じゃなかったの?」


 事情を話すわけにもいきませんし、まあ適当に答えときましょうか。


 「そうね。蒼くんとゆっくり話したことなかったし、たまにはいいかなと、トロントのおすすめの名所あったら一緒に歩きませんか?」

 蒼くん、すごく嬉しそうに。

 「了解、そしたらセントローレンスマーケットでも歩いてみない?お店とかたくさんあって楽しいよ。」


「わかりましたわ、今からカプセルもう一回乗り込みますので座標送ってくださいな。」



 結局三時限目までトロントで蒼くんと遊んでしまった。


 何よ、蒼くん英語苦手とか言ってたけど上手じゃない。



 お昼休み。


 薫子と学食で待ち合わせした。


 学食に入ると薫子が飛んできて、いきなり蒼くんの頭に抱きついた。


 「蒼〜おかえり〜!」

 「薫子!胸!胸が〜」

 蒼くんが逃げようとするけどがっちり頭を腕でロックされている。

 「なによ〜胸は陽葵のほうが大きいでしょう?〜悪かったわね、小さくて。」

 蒼くんの頭をグリグリする。

 

 私は顔が真っ赤になった。

 「薫子!なんてこと言うのよ!」


薫子はまったく屈託がない。


 「Cut it out!」


 蒼くんは必死でのがれようとして叫ぶ。

 もうネイティブということで合格じゃないかしら。


 薫子を交えてトロントの話を英語でした。

 薫子はクォーターで英語はネイティブだけど蒼くんはちゃんとついていってる。

 もう合格でよろしくてよ。

 話の内容はトラムとかの乗り物の話ばっかりでしたけど。

 

 お昼休みの終わり頃、蒼くんが意を決したように話しかけてきた。

 「陽葵さん、今度川嵜車両の工場見学させてもらえないかな?一緒に行けたら。」

 「お父様は川嵜重工精密機器・ロボットカンパニープレジデントだから部署は違いますけど叔父様が川嵜重工航空宇宙システムカンパニープレジデントなさってますからお願いしてみますわ。川嵜車両はそこの担当ですから。」

 「やった!嬉しい!よろしくお願いします。」

 「薫子も一緒にどうかしら?」

 「私は遠慮しとくわ、蒼をよろしくね。」

 薫子の銀髪が風になびいた。


 四限目は薫子は数学を選択して教室に行った、私と蒼くんも別の科目を選択した。


 放課後


 薫子は隣接する明石市立航空宇宙大学の研究室に行くのが日課になってる。

 薫子は一種の天才で16歳で大学の特例研究員になって反水素を使った光速突破実験、波動エンジンの開発と反水素蓄積容器の研究をしていると言ってた。

 100年前にはワープと呼ばれていた技術のことなの。

 うちの叔父も一目置いているといってましたし。

 薫子には本当に何をやっても敵わない。

 容姿も、スタイルも、頭も、社交性だってありますし、

 私はそんなに綺麗じゃありませんし、太ってますし、社交的でもありませんし。

 薫子は可愛いから好きですわ。

でも憧れてもいるけど嫉妬もしている。

 神さま、世の中は不公平です。


 私は放課後は手芸部に顔を出すことにしてますの。

 家でチワワちゃん作ってるから部活では柴ワンコちゃん作ろうかな。

 



 薫子は帰りも蒼くんとトロバスで帰るみたい。

蒼くんは研究室まで薫子を迎えに行った。


 私も帰ろうかな。


 門を出ると自動車が迎えにきた。

運転席には源さんのアバターアンドロイドが乗ってる。

 運転席といっても自動車(いわゆるレベル5の完全自動運転車)だから源さんが運転するわけではないのよ。

 源さんは脚が悪くて施設に入所していて鉄朗(外骨格アーマーで身体をすっぽり覆うエナジーフィラーアシスト外殻、昔の映画でアイアンマン、あれをもっと薄く軽量化したもの、といえば理解しやすいと思います。アメリカのT社と川嵜重工精密機器・ロボットカンパニーとの共同開発で身体機能改善を目的に作らられもの、日本ではアイアンマンを和訳し「鉄朗®︎」の商標で販売、レンタルされている。)を装着しても日常生活が難しい。

アバターアンドロイド技術を使って私の専属で自動運転車での話相手と故障時の移動アシストで働いてもらっている。

だから90歳でも働けるの。


「おう、嬢ちゃん、おかえり。」


 口のききかたは、まあ源さんだから別にいいのよ。


 私は自動車に乗り込んだ。

 「嬢ちゃん、何かうかない顔さな、何かあったか?」

 「もう、源さんには、隠し事できませんね、今日は自分の小ささにちょっと嫌気がさしましたの。」

 「なんだ?嬢ちゃんはデカいじゃないか。小さくはないぞ。」


 3秒ほど考えてアンドロイド源さんの額に強烈デコピンをお見舞いする。


 「源さん、それは世間一般にセクハラというものですわよ。」


「おっと、こりゃいけねえ!年取るとボケていけねえな」


 10年前に認知症の原因となるアミロイドβを大幅に減らす化合物が発見されてもう認知症という言葉は過去のものになった。

 つまりボケてないやん!


 私はケラケラ笑って、嫌なことも忘れた。


 そのうちに色褪せた赤いタコのオブジェは窓の後方に消えていった。


 「じゃあ源さん、ありがとう、また明日ね。」


 「おう、嬢ちゃん、また明日な。」


 自動車はゆっくりと去っていった。


 屋敷の玄関の扉を入ると執事のセバスチャンがうやうやしく頭を下げて迎えてくれた。


 「おかえりなさいませ、陽葵さま。」

 「ただいま、セバスチャン、変わったことはなかった?」

 

 「本日は、あれからG(グローバルサーチインセクト、GSIのこと、先の世界大戦のおりに諜報合戦の偵察用戦術兵器として使用されて、自律型の昆虫サイボーグ、勝手にコンセントからエネルギーを充電して活動する。まだ、世界中に10億体が野良として存在していると考えられている。)がさらに数体屋敷に入り込んでおりましたので全て捕獲して明石市役所に届けておきました、あるいは、明石市にGSIの群れが接近してるのやもしれません。ご注意を。」


「わかったわ、ありがとう下がっていいわ。」


「あ、ちょっと待って、今日の実習で月面のムーンパレスの上空のイプシロンゲートウェイ宇宙ステーションに行ったのよ。

上空から見るムーンパレス綺麗だった。」


 セバスチャンは顔を緩ませて、

 「そうでしたか、来月のハネムーンがさらに楽しみになりました。ありがとうございます。」


 深々と頭を下げてセバスチャンは退出した。

 

 部屋に帰ると天蓋ベッドに倒れ込んだ。


 今日はいろいろあったな。


 そのまま少し眠ってしまったみたい。


 


 突然の警報音で目が覚めた。

 時計を見ようと思ったけど真っ暗闇で何も見えない。

 指のコンボも反応しない。

 おそらく停電だ。



 「セバスチャン、セバスチャンはいないの!」


 少しずつ目が慣れてきて月明かりで部屋の中がぼんやり見えてきた。

 部屋係のアンドロイドコレットが倒れている。

 内蔵エナジーフィラーは生きてると思うけど意思を司るホストコンピュータが落ちているのでしょう。


 「お嬢様大丈夫でございますか。」


 「セバスチャン!状況はどうなってるの?」


 「いま自家発電を起動してホストコンピュータを再起動しているところでございます、あと数分もすれば屋敷の機能が復活するものと思います、いましばらくこちらでお待ちください、合わせて川嵜重工本社からの情報を集めてまいります。」


 最近GSIが変電所に入り込んで停電を起こすことが増えてきている。

 それが原因かも知れないわね。


 とりあえず制服を脱ぎ、私服に着替える。

 ああもう、コレットがいないと着替えもめんどくさい、髪は、もうそのままでいいかな。


 ベッドに腰掛けて待っていると、明かりがじわっと少しずつ明るくなってきた。

 屋敷の機能が自家用水素発電機で再起動してきたのでしょう。

 倒れていたコレットもゆっくり立ち上がった。

 「コレット、機能に異常はない?」

 機械的な補助音声で「再起動チェックリストに従い各機能を評価します、エナジーフィラー残量90%、損傷箇所チェック、クリア、記憶損傷度1%、許容範囲内、ホストコンピュータとの通信速度、500pビット、各機能問題ありません。通常業務に戻ります。」


よかった、コレットも問題なさそう。


 コンコン「お嬢様よろしいでしょうか。」

 「いいわよ、入りなさい。」


 「失礼します。」


 「陽葵さま、事態は思ったより深刻ですぞ、場合によっては地下通路から避難して頂かなくてはなりません。」

 「いったいどうしたと言うのセバスチャン、」

 「どうやら変電所に侵入したのは野良GSIではなく意図的に送り込まれた新型GSIのようです、何体か捕獲したようですが、プ連製のGSIのようです。

最近これを積極的に使用しているのはネオナチだと言われている団体です。




遡ること70年前、大久保町の決闘が終結した後、ナチスを信奉する狂信者団体に一時占拠されたことがある。


その時に大久保町を守ってナチスを撃退したのが現AI市長の元となった20年前に明石市市長に当選した松浦市長だ。



 セバスチャンが重い口を開いた。

 「川嵜重工本社からの情報によると、ネオナチの目的はAI松浦市長そのものかもしれません。」


 「どちらにしてもAI松浦市長が破壊されれば明石市は完全に機能を失い、ネオナチに対抗することもできません、お嬢様は早急に地下通路から避難なさってください、川嵜重工本社地下に外海に通じるトンネルが掘られています、待機させてある潜水艦「はくげい」に乗り移っていただき、明石市を一旦離れることにいたします、もちろんこのセバスチャンも同行いたします。」


 「でも私だけ?お友達の薫子や蒼くんは?」


 「この停電では一般市民との連絡手段はありません、もちろんAI松浦市長の補佐官である薫子さんのお父様とはなんとか連絡を取ります、蒼さまは要員にスカイアークを飛ばしてもらい、自宅に連絡をつけてみます、ネオナチの件も確認がとれたわけではなく、これは念の為ですからおそらく大丈夫、心配なさらず「はくげい」に向かってください。


*****


 これを遡ること2時間前。


 薫子は明石市立航空宇宙大学院の研究室で反水素蓄積容器の軽量化実験を行っていた。

 「強度を保って軽量化するには容器の外殻に一定間隔の溝を掘るか、外殻に圧力を加えて金属分子の構造を破壊することなく変形させるか、どちらかよね。ふう、少し休憩しよっかな。」


 研究室には一般家庭ではなかなか買えないスイーツが常備してある。

 旧プ連(プルチノフ連邦)の穀倉地帯が先の世界大戦で壊滅してから小麦の生産量と流通量が激減し、小麦粉の卸売価格が50倍近くに跳ね上がったんだ。パンやケーキも超高級品、なかなか口にできない。


 うーん、幻のチュロッキーがある、、、いまは一個2500円くらいするのよね。

いただいちゃおうかな、今日はなんだかイライラしてるし。


 嫌なことを思い出してきた。

 何よ!お昼休みの蒼のあの態度!

 そりゃ陽葵は胸も大きいし、お嬢様だし、おしとやかだし、大人だよね。

 それに比べて私なんてガサツで胸も小さいしコケシ体型だしお父さんは公務員でパンも買えない貧乏人だし。

 陽葵の黒髪綺麗だよね、私なんて白髪みたいでおばあちゃんみたいだし、全然いいとこないよ。

 蒼くんは陽葵ちゃんみたいなタイプが好きなのかな?



 やだ、何言ってんだろ、これじゃ嫉妬してるみたいじゃない。

 蒼とはただの幼馴染だし、蒼が誰を好きになっても仕方ないじゃない。

 もう何言ってるんだろ、ぐちゃぐちゃ。

 泣きたい。。。。




 一人で食べるチュロッキー、


 美味しくないよ、




 そうだ、容器仕上げないと、


 キュイーン、、、、



  蒼が研究室まで迎えにきた。

 「あれ、薫子、まだ作業してるの?そろそろ帰ろうよ、遅いから迎えにきたよ。」


 蒼の声を聞いた薫子の中で何かが弾けた。



ギャルルルル!!!


 それをみていた蒼

 「うーん、何と言うか芸術作品かな。」

****

 時間軸を現在に戻す。


 陽葵とセバスチャンは地下通路から川嵜重工本社へ、敷地を走り抜け誘導にしたがって「はくげい」に乗り込む。


 淡路島は停電してないみたいだわ。

 瀬戸内海の北岸と違い眩いばかりの淡路島の街の明かりを見て、少しだけ落ち着いた。


 潜水艦「はくげい」の内部はかなり狭かったけど陽葵とセバスチャンは艦長室を使わせてもらうことができた。

 緊張の糸がぷつりと切れた陽葵は急速な眠気に襲われた。

 「ごめん、セバスチャン、ちょっと眠っていいかな。」

 「どうぞ陽葵さまおやすみくださいませ、先程停電が復旧したとの連絡もありました、念の為しばらく潜航させますが地上の安全が確認できましたら起こしますので。」

 「そうなんだ、よかった、おやすみなさい」


 「はい、おやすみなさいませ陽葵さま、良い夢を。」


 陽葵は深い眠りに落ちた。



 そして二度と目覚めることはなかった。



************



 その瞬間、黒だか白だかよくわからない。黒い閃光が走って何もかも一瞬で消滅した。






 けたたましい警報音とともにerrorと書かれた立体セルが空間を埋め尽くす。




 


 この世界では何十年ほどにかるかわからない時間が流れたけど、明石市のフルスペック量子コンピュータの中ではほんのマイクロ秒程度の時間すら経っていない。




 やれやれまたやり直しだな。

次はちょうど2億回目か、まだまだかかりそうだな。

 しかしこのAI薫子エバンスが反物質の容器をじかに削ってしまった原因がAI陽葵とAI蒼にあったとは。

 人間の愛憎まで影響するとなるとまだまだ最適解までには時間がかかりそうだな。

 AI薫子が嫉妬に似た感情で容器の切削を誤り、停電の影響で容器が破損、反水素が対消滅反応起こしてこの辺り一体一気に消滅したよ。

 2億回も繰り返すと、条件もそれだけ複雑になるのか。

それとそこはそうじゃない、源さんにお見舞いするのはデコピンじゃなくてハリセンだろ!


 我が名はパインシャドウ、松陰に潜み松陰を駆る者。


 昔のアニメ好き松浦元市長の意識の影響の残るAI松浦市長はより良き明石市を作り上げるため今日も1秒間に10万回の市民生活シュミレーションを繰り返す。



 80歳になった生身のほうの松浦元市長は今日も元気に明石市大久保町松陰で暮らしている。


 最近のアニメは多過ぎて全部は見れんな、、、



終わり。


あとがき

逢沢大介先生の陰の実力者になりたくて。

最高です。応援してます。

田中哲弥先生の大久保町は燃えているかも是非読んでくださいね。

 


 


 

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松陰の実力者になりたくて、大久保町は燃えているか編 七星剣 蓮 @dai-tremdmaster

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