代歩人

那降李相

Scene1

 「はぁ・・・金欲しい」

 啓蟄けいちつを過ぎて久々にとてもよく晴れたある日、僕こと保立快ほだてかいは机に突っ伏した状態で頭を抱えた。

 「というかバイト落ちたぁ・・・」

 「おいおい、今のご時世で受からないとか相当だぜ。快」

 「だはは、またかよ快。これで何回目だよ」

 周りにいる友人たちに色々言われているが受からないものは受からないのだ。というか人の相性が悪い。僕はアットホームな職場って書いてあるから受けたのに、どこもかしこも不況のせいかとにかく稼ごうとギスギスしていて、僕みたいな陰キャがそんな中に放り込まれてアットホーム出来るわけがない。

 「あーどっかに人との関わりを求めないで働ける仕事とかないかな・・・」

 「そんな都合の良いバイトなんて無いと思う」

 「レモネードを日本で売ったって買うやつなんて金に余裕のある陽キャぐらいしかいないだろ」

 なら起業でもするか?と言おうとして、結果が見えて口を閉じた。経験も知識もない若人がいきなり起業なんてしてみればどうなるか説明するまでもない。簡単にアルバイトをしているのとは違う。責任問題や法律、それに簿記の知識が無ければ会社を立ち上げても一瞬で倒産コースターに乗ることになる。

 「うーん・・・ダメだ。最終手段の夜勤でも行くか」

 「やめとけ。最近学生でも出来るように歳は下げられたが安全保証しない会社が倍増したから食い物にされるだけ」

 「あー確かに。土日に何回かやってみたけど書類の内容が穴だらけで僕なんて一回電車賃込みで二日フルタイム10000円ポッキリの支払いやられたもん。あれはもう嫌な思い出」

 どうやら妙にゲッソリしている友人二人は夜勤を経験しているみたいだ。言葉の奥にある苦労が分かりやすく滲み出ている。

 (・・・ほかに出来るのは)

 テレワークや代理販売だろうか。テレワークや代理販売は最早経歴が真っ黒なところが多くて当てにできない。特に最近できた『売買責任法』で転売による価格詐欺による厳罰が始まってからは真っ黒どころか完全に深遠である。関わったら最後、綺麗に戻って来られるか分からない。

 (やっぱり継子就業しかないか・・・)

 和食が無形文化遺産に登録されて10年が経ち、そこから政府は日本の伝統を和食同様に文化遺産として残すために始めたのが『継子就業制度』である。内容は高校生~大学生の若い世代に実際に日本の伝統芸能で働いてもらい、その仕事に就いてもらうというもの。早い話、自衛隊の制度の文化遺産版である。

 (でもこれも欠点が多いんだよな)

 単純にマニュアル通り働ければいいのだが、そこは伝統芸能というべきか古いしきたり云々があって非常に面倒なのである。政府もいざ制度を初めて見たが、数年で辞める人が出る現状に頭を抱えている。

 「あっ」

 「どうした?」

 「何か閃いた?」

 実は政府はもう一つ『継子就業制度』と共に出した制度がある。

 「うちの学校って確か継承就業した奴らいるよな」

 『継承就業』、それは高校生の段階で伝統がある職に就職できるという制度。要は歌舞伎や将棋のように伝統的な職業であれば高校生の身分であっても就職している扱いになれるという制度だ。当然ながら個人事業主に近い立場になるので確定申告などは必要となる。

 「それがなんだよ」

 「え、もしかして・・・」

 「そう、そいつにアルバイトとして雇ってもらう」

 言うや否や友人たちは目を白黒させてお互いの顔を見合った。

 「まだマトモだと思ってたがついにイカれたか」

 「人生これからだよ。諦めるの早いよ」

 「至って真面目だ!」

 友人たちに心配されながらも、放課後に僕は継承就業した奴らの元を訪ねた。




 「別にいいけど、基本裏方で、出るお金もさほど多くないよ。それでもいいなら」

 「アルバイト?そこまで人手が不足していないよ。むしろ人が多すぎて捌ききれない・・・あ、そうだ事務ならいいよ!」

 「お、マジで!ならこの書類にサインしてあの段ボールの中のもの貰ってくれ!大体5万ぐらいだけど安心して・・・っておい!」

 気付くと太陽が西に沈みかけていた。

 「はうわ・・・」

 誰もいなくなった食堂でHOTのMAXコーヒーを勢いよく飲む。その甘さと温かさが現実の冷たさで冷えた身に染みる。人生の難易度がこれぐらい甘かったら良いのに。

 楽をしようとは思っていなかったが、まさか継承就業の職業に詐欺師があるとは思わなかった。いや出来てまだ10年ちょいだし制度の抜け穴を使ってどうにか職業にしているのか。

 「現実は非情である、か」

 何だっけ、どこかの漫画で見たセリフだ。まさにその通りだ、アルバイトと言っても本来の言葉の言い方に戻りつつあるのかもしれない。いや働くこと自体に責任が伴わない環境が生まれていた時点で既におかしいのだが。

 「あとは何があったっけ・・・」

 窓の外を見て、夕日に照らされる街を見る。最強寒波なるものが来ていた冬を越えて、これから徐々に暖かくなっていくだろう。そうすれば僕は高校3年だ、それが何を意味するのかは言うまでもない。

 「・・・・・・」

 ビルの窓ガラスに反射する夕日が変な熱を持っているように感じる。熱は徐々に冷めていくものだ。いつの間にか空になっていたMAXコーヒーの缶はすっかり冷たくなっていた。

 「・・・ん?」

 食堂からは校門が見える。その校門に一人、見慣れない黒い制服を着た女子がいた。

 「なんだ、迷子か・・・?」

 彼女の隣を通る生徒たちと比較すると彼女の身長は高校生というよりも小学校高学年か中学生と見間違うぐらい小さい。誰かを待っているのだろうか。

 (・・・・・・)

 別に他の奴らに無視されていて可哀そうだったとか、春先と言ってもまだまだ寒い風が吹いているからせめて校内に入れてあげようとか思ったわけではない。あ、でも今ブルッてふるえてたわ。何となく近くに行って、何か言った方がいいなと思って、僕は校門に向かった。




 校門についても彼女はそこにいた。夕日がそろそろ沈み始めようとしている、呼応するかのように冷たい風が吹いてきて彼女はまたブルリと身体をふるわせた。

 制服はやはり近所では見ないものだった。いやあれはうちの制服だ、それも何世代も前の古い制服。学校の玄関に何の自慢か展示されている歴代の中にあった制服だ。泥棒かと思ったが、それにしては皺が少なすぎる。まるでクリーニングし終わった制服をそのまま着てきたかのようだ。

 「あの・・・」

 「・・・はい?」

 そこで僕は彼女から声をかけられていたことに気が付いた。彼女がやっと気付いたと言わんばかりに溜息を吐いたので何回も声をかけていたことが分かった。

 「あまりそこに立たないでください。仕事の邪魔です」

 「・・・はえ?」

 今何と言ったのだろうか。彼女はそう、仕事と言ったのだ。

 「もしかして継承就業してる!?」

 「え!?あ、ハイ・・・」

 思わず大きな声が出てしまった。彼女も僕の大きな声にたじろいでいる。けど僕は勢いそのまま彼女に頭を下げて叫んだ。

 「なんでもしますのでアルバイトとして雇ってください!」

 「・・・・は?」

 遠くで飛行機が雲を切る音が聞こえた。



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