第57話 離れている猫へのアプローチ

 7月下旬ー。

夏休みに、シェアハウスの改装の為、俺とりんごは実家に戻る事になった。


「はぁっ…。まだ二日か…。」


久々に戻った実家の自室で宿題をしていた俺は、静かすぎる環境に、逆に集中できず、シャーペンを机に置いた。


あの騒がしい猫のような許嫁がいないことに、既に寂しさを感じていたところ…。


ブブッ!

机の上にあった携帯のバイブ音がメールの着信を知らせた。


「…!」


携帯の画面を見ると、メールの送り主は、りんごからと表示されており、俺は急いでメールの文面を見た。


『浩史郎先輩、こんにちは!

シェアハウスから離れて二日目ですが、ご実家で快適に過ごしていますか?お父さん、お母さんと仲良く出来てますか?


私はというと、いつの間にかシェアハウスでの生活に慣れきっていたのか、実家で朝ご飯作る時、つい半熟の目玉焼きを作りそうになったり(家族は皆固焼き派)、◯ンバちゃんじゃない普通の掃除機に話しかけそうになって、家族に不思議な目で見らたり、戸惑う事も多いです。

でも、今日は久々に家族全員でショッピングセンターへ行って、買い物をしたり、外食をしたり、1日遊んで来ました。


お母さんの服や、お父さんのメガネ、いーちゃん、かっくんの靴など、選ぶのに付き合って、色々アドバイスしてあげました。』


「何だかんだ言いつつ、りんごの奴、実家で楽しんでるよな。まぁ、あいつ家族大好きだもんな…。」


りんごのメールを見ながら、俺は呟いた。

りんごは血の繋がらない家族の中で自分が厄介者になっているかと遠慮して、最初、反りに合わなかった俺と許嫁になり、シェアハウスとの同居する事を決めたのだが、今は家族の中で自分が大事な存在だと分かり、実家に戻ってからも関係は良好のようだった。

それはいいのだが、こっちは会えなくて寂しさを感じているのに、りんごは久々に家族との交流でき、満足しきっているという温度差の違いに俺は複雑な気がした。

ため息をついて、続く文面を読み進めていった。


『私の分はいいと言ったのですが、お母さんが浴衣を買ってもらってしまいました。

気持ちは嬉しかったのですが、びっくりするぐらいすごいピンクの女の子らしい奴で、浩史郎先輩に見せたら似合わないと笑われてしまう事請け合いです。多分、そのままタンスの肥やしになってしまいそうです。』


「ああ?笑わないし!せっかく買ってもらったなら、着ろよ!」


『浩史郎先輩にも何か買ってあげたいと思ったのですが、なかなかいいものが思いつきませんでした。


今度欲しいものがあったら、それとなく教えて下さいね?


ではでは、8月から、またシェアハウスで会えるのを楽しみにしてます。

よろしくお願いしますね。

           森野林檎🍎』


「はあ?8月から、またシェアハウスで」っておい!」


りんごからのメールを読み上げ、度々怒り気味に突っ込んでいたが、読み終わると速攻で電話をかけた。


トゥルルル…。ガチャッ。

数回呼び出し音がなった後、向こうが出る気配がした。


「りんごか?俺だけど…。」


「あっ。はーい、りんごです。浩史郎先輩、メールの件ですか?何か欲しいものでも思い付きました?」


「そうじゃない。別にものはいらないけど、改装まで一回も会わないその態度はどうなんだよ!仮にも許嫁…いや、猫だろ?」


「え、ええ?にゃんですか?何を怒ってるんですか??」


いきなり責められて、りんごは焦って聞き返してきた。


「それから、せっかく買ってもらった浴衣を着ないってのは、勿体ないし、お母さんに失礼だろう!」


「ええ…??そ、そうかな…。」


「そうだよ!俺は別に君が浴衣を着ていても、笑ったりしないし…!君の中の俺のイメージはどうなってんだよ?!」


「そ、そっか…。ごめんなさい…??」


「いや、分かれば…いいけど……。」

「……??…???」


戸惑い気味に謝ってくるりんごの反応に、俺は自分が失敗した事を悟った。


違う。りんごを責めてどうする?

ただ、俺は、りんごと会う機会を作りたかっただけなのに…。


あと、出来れば、浴衣姿も見たいって…。


なんで俺はりんごに対してスムーズなアプローチが出来ないんだ…!


久々に会った同居相手からいきなり怒られ引いている相手にここからどうやってデートに誘うか、俺が頭を悩ませていると…。


『ぷふっ…。浩史郎先輩のいつもの理不尽な怒り…。久々…。ふふふっ…。』


りんごは突然吹き出し、笑い出した。


「な、何だよいつものって…。///」


『浩史郎先輩も元気そうでよかった!やっぱり、実家でお母さん成分充電すると、元気になりますよね〜。』


「いや、俺はマザコンじゃないから!お母さん大好きな君とは違うんだよ。」


『ふふっ。隠さなくていいんですよ?男子がお母さん好きなのは当たり前のことで、恥ずかしがる事じゃないですよ?』


「あのな…。違うっつってんのに…。」


勝手に納得するりんごに俺は反論したが、暖簾に腕押しだった。


それから、俺達は、家族との事やら、勉強や部活の事、今見ているテレビ番組やヨーチューブで流行っている動画など様々な事を取り留めもなく話していて、時間はあっという間に過ぎた。


『あっ。もう11時ですね。もうそろそろ寝なきゃ。』

「あ、ああ…。そうだな。遅くまで悪かったな…。」


『いえ。またお母さんとのエピソード聞かせて下さいね?』


「だから、俺はマザコンじゃ…、まぁ、それは置いといて、りんご、明日は予定あるか?」


『へっ!明日?!いや、えーと、ないような、あるような…?』


俺が聞くと、りんごは急に素っ頓狂な声を出して慌て始めた。


「どっちだよ?もし、予定ないなら…。」


『あっ。浩史郎先輩!私、急に瞼が重くなってきて会話を続けるのが不可能になってきてしまいました。で、では、また!』


「あ、ああ。じゃあ…。」


デートに誘おうとしたところ、電話を切られてしまった。


「はぁ…。やっぱ温度差あるよな…。」


俺が思う程こちらを気にかけてくれない許嫁を想って、俺はため息をついたのだった。



*あとがき*


いつも読んで頂き、フォローや、応援、評価下さって本当にありがとうございます

m(_ _)m


今後ともどうかよろしくお願いします。

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