第30話 悪手

「はむはむ…。今日は風紀委員の方々に呼び出されてどうなるかと思いましたけど、なんとか乗り切れてよかったです。


もしかしたら、浩史郎先輩と絶縁させられて、すぐシェアハウスを出なきゃいけないかもと思ってましたから、こうして、何事もなく一緒に夕食が食べられて本当に嬉しい!」


テーブルの向かいに座っているりんごは、夕食の唐揚げを頬張りながら、そう言って満面の笑みを浮かべた。


「りんご…。//」


素直に好意を伝えてくるりんごを前に、俺も彼女を守るため強くならなければと心に誓うのだった。


「今回の事は、りんごに迷惑かけたな。今回の事で俺もちゃんと西園寺に立ち向かって行く決心がついたよ。


視察の対策も練らないといけないな…。」


「そうですね。私も、、何か策を考えておきますね。」


俺の言葉にりんごは重々しく頷いた。


りんごへのヘイトを逸らすため、理事長たる俺の母が、風紀委員に提案したのは、シェアハウスの視察だった。


視察の日までに、許嫁としての同居目的だったシェアハウスを風紀委員に認められる施設として整備する必要があり、

借り主に許可をとって、シェアハウスのリフォームをするため、その間一時的に俺もりんごも実家に帰る事になるとあの後、母から申し伝えられた。


夏休み前半りんごと離れ離れになる上に、シェアハウスのリフォームが終わって俺達が戻る時には、管理人も滞在する事になるらしく、今までのように二人きりにはなれないことに、正直残念に思う気持ちがあった。


それに、シェアハウスが認められたからといって、根本的な解決にはなるわけではもちろんない。


西園寺がりんごを迫害しようとする原因は、俺とりんごの仲への嫉妬だ。


これで、りんごとの許嫁関係がバレたら、怒り狂った西園寺がどんな手を使ってくるか分かったものじゃない。


その為、母は、りんごとの許嫁を公表するのはまだ早いと考えているようだった。


りんごも大分好意は抱いてくれてはいるが、恋愛的にはまだ俺が片想いしている状況では、西園寺が本気で仕掛けて来たときに、りんごは身を引いてしまうだろうと…。


「彼女が覚悟を決めてくれるならこちらも許嫁として、表だって守ってあげる事ができるのだから、

シェアハウスの視察で時間稼ぎをする間、あなたはあなたで、ちゃんとりんごちゃんと心を通じ合えるように頑張りなさい?」


母は俺にこっそり言い渡したのだった。



そりゃ、俺だってりんごとは早く両想いになって、イチャイチャだってしたいさ。


りんごだって、俺に好意は抱いてくれているんだ。


例えそれが、今は猫が飼い主を慕うような類いの好意だとしても、これから恋に発展する日も遠くはないのではないか。


少し短くなったりんごの前髪を見ながら、俺はそんな希望を持った。


「ん?何でそんなにじっと見るんですか?前髪、夢ちゃんに整えてもらったけど、まだ変?//」


「いや…。そうじゃないけど。」


恥ずかしそうに前髪を押さえるりんごにニヤリと笑みを浮かべた時…。



『び、、びっくりした…。セカンド奪われるかと思ったぁ。 』


ふいに、今日、生徒会室で彼女が気になるセリフを言っていた事を思い出した。


「な、なぁ。りんご。今日、生徒会長にキスされそうになったとき、セカンド奪われるかと思ったって言ってたよな。あれ…どういう意味なんだ?」


「ああ。文字通りですよ?ファーストキスは済んでいるんですが、セカンドキスを奪われるところだったので、焦ったという事です。」


「何…だと…!?」


恐る恐る聞いたことを、りんごにあっさりと答えられ、俺はズガンと衝撃を受けた。


更に、りんごはにっこり笑って俺に恐ろしい事実を告げる。


「私、ファーストキスは、11才の時だったので、もしかしたら、浩史郎先輩より早いかもしれませんね?」


「!!?」


りんごがそういう方面で俺にマウントを取って来た…だと!?


確かに、おれのファーストキスは、13才だったので、それが本当だとすれば、りんごの方が早い事になるが…。


りんごは男子が苦手で、ほぼ男子との経験はない事が分かっている。


それなのに、どんな状況でそんなに早くファーストキスをしたというのだろうか?


俺だって、りんごと会うまでは他の女子達と付き合っていたし、それなりに経験はあるから、人の事は言えない。言えないが、正直面白くはないし、気になる。


相手はクラスメイトとか?部活の仲間とか?


想像したら、ムカムカしてきた。


出来るだけ平静を装ってりんごに聞いてみた。


「へ、へぇー。11っていうと、小学五年生くらいか?りんご、随分ませた子供だったんだな。どんな状況でファースキスをしたのか、俺に教えてくれよ。」


「ええー。やですよー。そんな事は他人に教えるもんじゃありません。」


他人って…、俺はお前の許嫁だろうが…!


りんごの答えに苛立ちながらも、顔には出さずに俺は答えを引き出せそうなセリフを即座に考えた。


「りんごが教えてくれるなら、俺も自分の時の事教えるけどダメか?」


「えっ。浩史郎先輩のファーストキスの時の話、教えてくれるの?」


りんごは目を瞬かせた。どうやら興味を引かれているようだ。


「いや、でもそんなの興味ないよな。よく考えたら、りんごの言う通り、そんな事他人に教えるもんじゃないよな…。忘れてくれ。」


ここで、苦笑いして、一回引くと…。


「あっ。いや、興味ないって事もないですよ?」


案の定、りんごは喰い付いてきた。


「えーと、分かりました。じゃあ、浩史郎先輩が話してくれるなら、私も話しちゃおうかな?」


ふっ。かかったな。


俺の思惑通りに、りんごに望んだセリフを言わせてほくそ笑んでいた俺だが…。


「じゃ、先に浩史郎先輩、どうぞ!」


「え?」


「ファーストキスの時の体験談聞かせて下さいね?」


八重歯を覗かせたいい笑顔でりんごに言われ、はたと気付いた。



これ、悪手ではないかと…。








*あとがき*


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