take・87

第三章


美少女と海なんて、これ以上の組み合わせがあるだろうか。

車窓から見える果てしない水平線と発育の良い乳が、このクソ暑いかつ屈強な雄共の汗臭さで渇ききった俺の心を潤してくれる。あ、乳は車窓の内側である。


「喉は渇いたままだがな・・・」

「喉渇いたの?じゃあ、これ飲む?」


鞄からはどうせペットボトルが出てくるのだろうが、そんな市販の商品を俺は求めちゃいないのである。


「ん?ああ、それで我慢してやるか・・・」

「文句を言う人にはあげないよ。ジュースが飲みたいなら乗る前に駅で買えば良かったじゃん」


貴重な水分が鞄の中に消えていく。

その湯川の手に握られているものを見た時、俺の脳髄に稲妻が走った。


「え?何それ?」

「何って、要らないんでしょ?」

「いや・・・、それは話が違うんじゃないかい?湯川君・・・」


この女、高校生にもなって、水筒しっかり準備してきやがるし躊躇無く男に分けようとしやがるし、それ即ち、俺の事好き、って事か・・・?


「の、喉は渇くためにあるんじゃないのか?湯川」

「いや、違うと思うけど」

「じゃあそれを飲ませてくれよ。喉が渇いてそれだけは飲みたくてしょうがないんだ」

「喉が渇いてしょうがない、なら分かるけど、それだけはっていうのはどういう事なの?」


そのままだよ間接キスだよ舐め回したいんだよDNA結合だよ。


「このままだと殺人鬼になってしまいますよ湯川さん」

「一度水分を与えなかっただけで殺人鬼呼ばわりはちょっと酷過ぎない?」

「それくらい貴方の水分に飢えているのさ」

「もうツッコミ所も無くただ気持ち悪いからあげるよ・・・。コップとかある?」

「捨てたからそのままでいいよ」

「捨てたの・・・?」

「うん。俺の人生には必要の無いものだからな」

「あ・・・、そう・・・」


湯川から快く水筒を強奪し、俺の狙いに気付いた湯川の手を華麗にすり抜け、その神秘の雫を思う存分喉に流し込んだ。


「成程・・・、湯川・・・、甘酸っぱいぜ・・・」


臭みは全く無く、滑らかな舌触りと喉越し、ほのかに薫るボタニカルのような爽やかさがとても心地良い。俺は・・・、大好きだ・・・。


「変な顔しないでよ・・・」

「ありがとう・・・」


心の底から自然と言葉が出るというのはこんな感じなんだろうな。


「気持ち悪い」

「どうした?体調でも悪いのか?膝枕してやろうか?してくれるのか?」

「もう着くみたいだから寝てれば?」

「置き去りにしないで下さい」

「男の子なら文句言わないの」


置き去りにされたら文句は当然認められなければならないと思うのだが・・・。

膝枕してくれないのは理解しかねるので、後で抗議の書面を準備しようと思う。

いつの間にか回収されていた水筒の文句も言ってやろうと思ったが、俺はそこで目の前の光景に手を止め、同時に目を奪われた。

周囲の声なんて、目の前でアホ面で眠りこける早生の顔なんて全く気にならないくらいに。

海を見つめるその瞳が、心を弾ませる少女のようなその横顔が、俺はとても愛おしく思えてしまった。


「どうしたの?顔に何か付いてる?」

「いや・・・、別に・・・」


自分の顔が徐々に熱くなっているのが分かる。

けれどそれを誤魔化すよりも、目の前の光景から目を離さまいとする事の方が重要だと、俺の本能が告げていた。


遠くの海なんかではなく、もっと大事な、思い出に早速出会ってしまった気がした。


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