異界法則バロメッツ!
3号
第1話 吾輩は羊である
吾輩は転生したようである。
名前はまだない。
どこで生まれたか、見えてはいるけどとんと見当がつかぬ。
なんでも自然豊かな吹きっさらしの中「めぇ〜」と鳴いていることだけは自覚している。
そう、ただ「めぇ〜」と鳴くことしかできない。
風が吹き、草花が揺れ、花弁の中で羊毛がそよぐ。
チューリップのような可愛らしい花の中いっぱいに詰まって、自分は「めぇ〜」と鳴いていた。
これはただの羊ではない。
羊の成る植物、バロメッツだった。
吾輩は転生したようである、名前はまだない。
元は人間、趣味が高じて我流陰陽師もどきになり、裏とも表ともつかない世界で気ままに生きてきた変人だ。
妖怪とも人ともつかぬ世界を謳歌した人生だった。
どちらでもあり、どちらでもない、そんな「どっちつかず」を存分に満喫した。
それ故だろうか、今世は始まりから植物とも動物ともつかない「どっちつかず」の存在として生まれてしまったようだ。
風が吹く、見たことのない景色で揺れる自分。
ただ「めぇ〜」という現実逃避の鳴き声だけが平和な草原に消えていった。
バロメッツ。
それは西洋の幻想生物であり、一言で言うなら「羊が成る植物」のこと。絵では大型植物の天辺にまんま羊が突き刺さってる感じで描かれている。イメージ図にしても「これは酷い……」と思わず手で口を覆う出来栄えなので是非見て欲しい所だが……この生物の悲劇としては始まりに過ぎない。
曰く、蹄が存在せず全体が羊毛なので捨てる所がない。
曰く、肉は鶏肉のようにサッパリした味わい。
曰く、植物故身動きできない。
曰く、周囲にある草しか食べれず、食べ尽くしたら餓死。
人、および肉食獣にとって、これ程都合の良い生物が居るだろうか。味わいに言及がある時点で喰われる気満々である。
絶対に逃げない、逃げられない、抵抗も恐らくできない草食動物なんて「糧にしてください」と言っているようなものだ。更に自分の周囲に生えてる草が無くなれば餓死なんて潔過ぎやしないか? それでいいのかバロメッツ。
自己犠牲の精神といえば聞こえはいいが、これはもう行き過ぎである。
一説には東洋の綿花の話を聞いた西洋人が「植物から羊毛が取れるのか!?」と驚き想像力を巡らせて作り上げたものだという話もあるが、いるか? 餓死の設定とか。小一時間問い詰めたい。
閑話休題。
前世での空想生物の話はこの位にし、今重要なことを述べる。それは自分が現状モコモコであり、話したと思ったら「めぇ〜」と気の抜けた声が聞こえることであり、何故か花弁に包まれて揺れているという事だ。
一応手足はあるが、背中あたりで何かに繋がっており移動などできそうにない。いや、何かというか多分茎だろうが。一応この姿になってから一晩経過したが渇きも飢えもないため、この茎から養分は供給されてるのだろう。誰だ餓死とか言ったやつ。とりあえず最悪の未来は一つ回避できたようだ。
しかし動けない。これは厳しい。
「めぇ〜」との鳴き声の通り、この身は多分羊である。
そして眼前には草原と、その奥には鬱蒼と茂る木々。
手入れがされてる様子はなく、恐らく原生林。
多分いるだろう、野生動物が。
ここで自分の身を考える。
バロメッツ、植物に成る羊。
果たして動物か、それとも植物か。
動物ならば肉食獣の餌食だろう。
植物でも、いずれは草食獣に喰われかねない。
結論、安心できる動物はいない。
どっちかならば、警戒すべきは草食か肉食か一方でいいはずが、下手にハイブリッドしてるため天敵が倍に増えている。やはり残念だ、バロメッツ。
しかしいくら残念でも他人事ではない。我が身なのだ。
飢えがないのなら死因は多分、十中八九捕食だろう。
冗談ではない。
ゆりかごのような花弁に包まれながら、どうしたら生き延びれるか、必死に羊脳を回転させる謎の草を、遠くからオオカミが見つめていた。
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