第2話 クールになりきれない兄
体育の授業・・・男子はサッカー、女子はテニスを行っている。
俺は目立つことは好んでする方ではなく、別段暗い性格というわけでもないつもりだが、できるだけクールに佇もうとしている。しかし、好きなことをしていると、我忘れるのかいささかはしゃいでしまう一面もある。今、行っているサッカーもその一つだ。
味方DFがボールを奪いカウンターをしかける。チャンスだと思い俺はすかさずコート中央を相手のゴールエリア内を目指して走り出す。そして、右サイドでドリブルしていたクラスメイトからセンタリングが上がる。
「蓮! 頼んだ!」
マークに来た相手DFを振り切り、颯爽とゴールエリア内に駆け込む。
「OK! 任せろ!」
そのままトラップせずボールを蹴りこむ。いわゆるダイレクトボレーである。
『バシュッゥゥゥ!』
キーパーは一歩も動けず、ボールがネットに突き刺さった。
『ピピー!』
ゴールの笛が鳴らされる。
「よしっ!」
鮮やかにゴールし、ライン際まで駆け込み得点に歓喜する。クラスメイトも同様に喜びを分かち合う。
「ナイッシュッ!」
蓮の元に来た複数の男子が、褒めたたえた。
「みんな、ありがとう! ほんと絶妙なパスだったよ! 良い感じでシュートが打てた」
俺だけが活躍してわけじゃないので、さりげなくクラスメイトをリスペクトする。
――――――――――
「ねえねえ、今の見た?」
「うん、見てた! めっちゃカッコイイ!!」
テニス実習中、休憩している女子たちが今のゴールを見ていたようだ。数名の女子が蓮の勇ましい姿を見てキャーキャーと騒いでいる。
「やっぱ、蓮君いいなぁ」
「だねー、普段はおとなしいけど、なんか生き生きしていて良いよね。」
「蓮く~ん、今のすごかったよーもう抱いてぇ」
そのキャッキャ騒いでいる数名の女子のうちの一人から、そんな声があがった。
「!!!!!」
その場にいた他6名全員、驚きのあまり瞳孔が開き、そのとんでもないことを言った女子に全員がガン見した。
「ちょ・・・ヤバくない?今の会長に聞こえていたんじゃないかな?」
丁度良いタイミング? で、試合をしていた凛の方へ彼女たちは一斉に顔を向ける。しかし、彼女たちの場所から一番奥の方にいたので、表情がつかみ取れない。普通に試合をしている様子がうかがえた。
「ホッ、聞こえてなかったみたいね」
みな、ため息つき安堵したところで
「ちょっと優奈。いきなりで焦ったよ。勘弁してよぉ」
少々イラっとしながら注意する。
「ご、ごめんね。気持ちが抑えられなくなって、うっかり声出ちゃった」
「気持ちは分かるけど、まだ生きていたいから気を付けてね」
もはや危険物取扱注意と認定されてしまっている凛。
一方、その妹はというと・・・テニスボールを打ち返しながら、誰も聞こえないほどの小声でなにやらブツブツとつぶやいていた。
「存分に聞こえているわよ。そこの女狐ども」
敬愛する兄のことに関してなら、当然が如く地獄耳である。『バシュッ』とボールを打ち返す。
〖憤怒ゲージ40%〗
ちなみに凛は、試合しながらでも蓮の様子を当然のように寸分狂わず捉えていた。もちろん、さきほどの兄の雄姿もきちんと内蔵フォルダに記録してある。その矢先、女子たちの姦しい声が耳に障り機嫌がすこぶる悪くなっていた。
「優奈とか言ったわね」
コーナーギリギリにバウンドしたボールを相手がかろうじて打ち返す。打ち返されたボールに即座に反応し走り出す。
「ボールがさっきより早くなってない?」
そう、感じた対戦相手の女子がつぶやく。
「あの子、お兄様に気があるのかしら? 否、あるに決まっている! セイッ!」
返ってきたボールをいとも簡単に打ち返す。
〖憤怒ゲージ70%〗
「つぁ」
勢い増していく強烈なバックハンドショットに、どうにかくらいつく対戦相手。ちなみに、テニス部のエースである。しかし、そのボールはゆらゆらと舞い上がり、凛のコートに入ってくる。
「・・・だとしたら、もう始末するしかないじゃないですか!」
何か、言ってはいけないことを軽々しく口ずさんだ。そして、そのゆらゆらしたボールめがけて凛は飛び跳ねる。
〖憤怒ゲージMAX〗
「ウォラァ!」
勢いよくジャンピングスマッシュする華麗なる凛。掛け声は除いて。
『ズボォ!』
目にも止まらぬスピードで、相手コート地面にボールがめり込んだ。
「・・・・・」
テニス部エース、反応できず棒立ち。目が大きく開いて口をパクパクしたまま動けずにいた。
「サーブ草薙!」
審判、もとい教師が何事もなかったように淡々とそう告げる。
ポケットに入れていた新しいボールを取り出し、無言でボールをポーン…ポーンと地面に跳ね返す。その時、すでに凛の体から黒いものが淀めいていた。見学していた周囲がざわめきだす。
「ちょっと、あれヤバくない?」
「なんで、凛さん怒っているの?」
凛のコート付近にいた女子たちは、当然ながらあの会話は聞こえていない。だから、凛がなぜオーラを放っているのか分からなかった。だが、次第にその状況が先ほどの騒いでいた女子たちにも気づくことになる。
なにやら、凛のコート付近が騒がしくなっているのに気づき、驚きの表情を隠せなかった。
「ねえちょっと、みんなあれまずくない?」
先ほど騒いでいた女子たちが凛のコートを見つめる。
「!!!!!」
全員、凛の姿を見て驚愕し震えた。
「ええ!? なんで草薙妹はオーラだしているの」
「まさか、さっきのやり取り聞こえていたの!?」
「やばいよ。だとしたら、狙われているのは優奈だよ!」
「ええ! そんなぁ…」
すでに半泣きしている優奈だった。
「はやく逃げな! でないとヤられるよ」
「確かに、優奈を標的にしている気がする。あれは確実に仕留める目をしているわ」
まさにその通りで、狙った獲物を絶対に逃がさない真なる狩人に覚醒したさまを見ているかのようだった。
「クックック、もう遅いわ。タゲ(標的)はロックオン済みよ」
まるで悪魔が乗り移ったかのような雰囲気になり、どす黒いオーラが一気に溢れ出した凛。
その直後、ボールが静かに天へと上げられた。しかし、禍々しい気配とは裏腹にあまりにも静寂で優雅な凛の初動に、全員つられたかのように彼女の打ち上げたボールを見入ってしまった。
「行ったりやがれ! 冥界に! オラァァァァ!」
憤怒ゲージ〖マキシマムブレイク〗いわゆる限凸である。
この発言で優雅さは儚く消えた。もはや、あなた誰ですか?と言わんばかりの豹変ぶり。そして、矢は…もといボールは、物理的にあり得ないような効果音でラケットから打ち出された。
対戦相手のデニス部エースの横を瞬きする間もなく通り過ぎ、地鳴りのように唸りながら超低空弾道でボールが優奈めがけて飛んでいく。
「いやぁぁぁぁぁぁ」
恐怖で足がすくんでしまい逃げられず、とっさに手で頭を覆い屈みこむ優奈。もうだめかと思った刹那、信じられないほどのボールの回転で、当たる手前で急激にホップした。
『ガシャーン』
ホップしたボールは優奈の頭を越えフェンスに衝突。
「ふぇ?」
優奈は泣きながらも、何が起きたか分からなくポカ~ンとしている。
「外したですって!?」
凛は仕留めそこなったのでかなり驚いている。
しかし、想像以上に激烈なサーブであったため衝突したボールの回転の勢いが収まることなく、網をどんどんえぐっていきついには貫通した。その貫通したボールは勢いよくサッカー場にまで向かっていった。
「!!!!」
凛は気づく。ボールの行く先には愛するお兄様が立ち留まっていたことに。
―――――――――――――
俺はハーフタイムに差し掛かりコート内で一息ついていた。何やら女子の方が騒がしいなと思いつつそちらを見ようとした矢先、大声で叫ぶ凛の声が聞こえた。
「お兄様! 危ない!!」
振り向いた瞬間、目の前に黄色い何かがものすごい勢いで俺の顔に向かってきた。
『ドゴォォォ』
「ヘボァアア」
それは、ヘビー級ボクサーのコークスクリューブローが顔面に直撃したかのような衝撃だった。俺は吹っ飛び、何が起きたかよくわからない状況で意識が途絶えそうになりながらも、凛がサーブをし終えた姿だけは確認できた。
『バタン』
なすがまま受け身も取れず倒れこむ。
「キャアァァ」
悲鳴を上げる女子たち。
「おい、蓮! しっかりしろ!」
救護に駆けつける男子たち。
「いやぁぁぁ、お兄様ぁぁぁぁ」
泣き叫びながら駆けつけてくる凛。
『妹よ・・・これはさっきの仕返しですか?』
意識が薄れゆく中、先ほどの妹の愚行の対処の仕方を後悔するのであった。
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