第5話 忍び寄るもの

 朝の散歩で見ず知らずの美しい女性と出会え、それだけで何だか得をした気分になった。優一はさやかの家に帰り朝食を食べた。隆一の様子がおかしい。まだ、熱っぽいと言っている、さやかのお母さんが体温計を持ってきて計ってみるが、熱はないようだった。


 その日もこの近くにある、いくつかの名所に行ってみた。竜串、見残し海岸。美しい地形に目を奪われた。そして足摺岬。ここから見える太平洋の景色は本当に絶景だった。その日一日いろいろな名所を回った。この旅行はさやかの実家に遊びに行こうという目的で来たのだが、これほど観光が楽しめるとは思っていなかった。


 晩ご飯はさやかの家で食べるということで、少し早めに家に帰った。さやかのお母さんと、さゆみが台所で料理を作っていた。

「おかえりなさい。どうだった?」

皆、思っていた以上に美しい海や岬を楽しめたと、今日一日の観光旅行を報告した。本当にとても満足していた。


 晩ご飯は従姉いとこも呼んでいるという、近所に従姉がいて、時々一緒に食事をすると言うことだった。さやかのお父さんも今日は休みということで、結構な人数での晩ご飯となった。

 隆一はまだ具合が悪いと言っていたが、「せっかく皆が集まるので、食べられるんだったら皆と一緒に……」と誘われて、何とか晩ご飯の席には一緒に座った。

 広い座敷の部屋に長いテーブルを置き、皆で食事をする。何だか修学旅行みたいだった。お父さんがご機嫌に、

「さあ、今日は思う存分食べて飲んで……」

と言う。お母さんとさゆみは、刺身さしみや唐揚げ、天ぷらなどいろいろな料理をテーブルの上に並べた。

 少しして部屋に一人の女性が入ってきた、

「え!」

優一は驚いた。朝、神社の前で掃除をしていた女性だ。さやかは女性に、

「葉山ちゃん、こっちこっちと自分の隣の席を勧めた。」

その女性は優一の前に座った。

「こんにちは」

優一が言葉を失っていると、さやかが、

「従姉の葉山ちゃん。きれいでしょ」

と紹介してくれた。優一は目の前に座ったその女性に言葉を失った。

「どうしたの? 優一……好きになっちゃった?」

「え、あ、いや。ちょっと驚いて……」

その女性は優一を見て、

「朝、神社の前で会いましたね」

と言った。

「え? 二人は知り合いなの? 優一見てると、そんな風でもないけど……」

しばらく他愛もない話で盛り上がったが、葉山が何かを気にしているような感じだった。その何かを気にしている葉山に、さやかも気が付いた。

「どうしたの?」

「ん? いや、ちょっと気になることがあって……」

葉山が周りを見回し、隆一に目を止めた。

 隆一は少しお酒に酔ったようで目がわったように、どこともなく凝視ぎょうしするように見ている。

隆一の前にいた厚子が、

「ねえ、ちょっと酔い過ぎじゃない? 具合悪いんだったらもう休んだら?」

と隆一の体調を気遣う。が、少し様子がおかしい。少し息が荒いのが離れていてもわかった。

 葉山がさやかのお父さんとお母さんに目配せした。お母さんは奥の部屋に行ったようだが何のためかわからなかった。お父さんは隆一の隣に行った。そして、葉山は部屋を出て行った。

「え、もう帰るの?」

優一の言葉に、葉山は振り返らずに部屋を後にした。

隆一の隣に座ったお父さんは隆一の肩を抱くように、

「隆一君だっけ? 大丈夫かい? 無理して飲まなくてもいいよ。ちょっと休む?」

と聞く。

いきなり、隆一が前のテーブルに突っ伏つっぷする。前にあったグラスやお皿が、ガシャンと音を立て、厚子の方に飛んできた。

「なに? なんなの? どうしたの?」

混乱する厚子。

さゆみが厚子の肩を抱くようにその場を離れさせた。

「厚子さん、大丈夫だから……」

高校生なのに、この状況で冷静に厚子をかばってくれる。

お父さんは隆一を抱きかかえるようにして、

「大丈夫。大丈夫。ちょっと休んだ方がいい」

と言って奥の部屋の方へ連れて行く。隆一は何かわからない大声を出して暴れだした。優一も厚子も、もう、何が何だかわからない。『大丈夫じゃないだろう』と思った。

「なんなんだ? 隆一どうしたんだよ」

優一も正気を失いそうになる。

さやかが、

「大丈夫、葉山ちゃんが助けてくれるから……」

と言う。もう、何が何だかわからない。一瞬にして現実の世界から別の世界に放り込まれたような感覚だった。騒然となった食卓。優一と厚子が呆然としている横を、真っ白な白衣びゃくえ緋袴ひばかま。巫女の装束のような出で立ちの葉山が五十センチくらいはあるだろうか両先がとがった長い針のようなものを何本か持って皆の横をすり抜けるように奥の部屋に入って行った。

 部屋ではお父さんが隆一を羽交はがい絞めのように畳に押し付けている。暴れる隆一を抑え込んでいる感じだった。部屋の外から見ている厚子はさゆみに肩を抱かれて泣いていた。優一もただ茫然ぼうぜんと見守るだけだった。

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