第64話SIDE:利根川1
「ちくしょう……」
「二週間程度でレベル1の探索者だと?
ドン! 怒りに任せタイル張りの床を踏み締める。
「俺だって努力してるのに……なぜあのクソ陰キャ野郎が俺の前を行くんだよ!」
幼稚な怒りに身を任せた蹴りがゴミ箱に命中し、中のゴミをまき散らす。
「おまけに藍沢さんと仲良くしやがってっ! 本当に忌々しい……藍沢さんは俺が狙っているんだ! それに生意気ににも俺のパンチを受け止めやがって……」
武道の経験はないものの、探索者として順調なキャリアーを積んでいる利根川にとって、『ステータス』が劣っていると示された事は恥辱以外の何物でもない。
「今は耐えるときだ。利根川圭吾……このあとには大きな飛躍が待っているあの陰キャ野郎を超えるには、ダンジョンに籠ってひたすら能力の向上に励む他ない!!」
幸いクソ陰キャよりも俺の方が探索者歴は長く、ダイゴと言う丁度いい手駒も居る。横井に効率の良い狩場を聞いて『ステータス』向上に励むのが無難だな……
そうと決まれば先ずは行動しようと思いたち……横井とダイゴに電話をかける。
「もしもし、横井くん今日なんだけど……」
耳に当てたスピーカーから洩れ聞こえるのは、カラオケの伴奏と酒でも入っているのか、やたらとテンションの高い若い男女の声だった。
『あ、ごめんな。今日友達とカラオケで……良かったら利根川くんもくる? 一杯人いるから楽しいと思うけど……』
「ごめん。今日気分じゃなくて……」
『あ、全然ええよ。じゃぁまた明日ダンジョンに潜ろうや……』
電話を切る僅かな時間に物音が聞こえたので、スマホから耳を離すのを辞める。
すると甘ったるい、酒に酔ったようなふにゃふにゃとした言葉遣いの女の声が聞こえた。
『ねぇ~誰と話してるのぉ~もしかして女ぁ~?』
『ちがうよ。クラスメイト一緒にダンジョンで小遣い稼いでるっていったでしょ? ――――』
そこで電話が切られた。
「クソ! コネ作りと小遣い稼ぎとしてしか見てないプライドだけが肥大化したイケメン擬きめ!」
口汚い言葉で自信を庇ったり、探索者のイロハを教えてくれた横井を罵ると次は、手駒程度にしか見ていない。太鼓持ちに腰ぎんちゃくのダイゴに電話をかける。
「もしもし……」
『あ、もしもし利根川くんどうした?』
「今日ダンジョンに行かないか?」
『あー今日はいいよ。だって横井くんいないでしょ? 探索者にになってちやほやされたし、人数いて安全に楽して楽しく稼げる日に探索したいから、じゃぁ……』
自分の手駒、格下だと思っていた相手に袖にされ肥大化した利根川のプライドは傷つけられた。
「クソ! ダイゴのやろうが! 巫山戯やがってぇっ!!」
倒れたゴミ箱を更に蹴り飛ばすと俺は、駆け足でダンジョンに向かった。
ゴツゴツとした坑道を背にし緑色の体色をした一匹の小人だった。距離は約10メートルと離れている訳ではない。
何かに怯える様に、時折見回すその額に生えた小さな角が人外を表している。服装は原始人や未開の部族を思わせる腰巻程度。
武器として傍にあるあれは金属製の剣だろうか?
「ゴブリンだ! 前に戦った事があるからな……今の俺ならソロでも勝てるだろう……何といてもRPG では序盤の雑魚敵として有名だからな……」
足音を出来るだけ立てない様に、垂直に足を落とし音を殺す。
短剣は既に鞘から抜いており、盾を前に突き出すように構えショートソードを大きく振りかぶった状態でゆっくりと近づいていく……
「死ねや! ゴラァぁああああああああ!!」
折角の奇襲のチャンスに対し、利根川は大きな声で叫びゴブリン・ウォーリアーが気付く数秒の猶予を与えてしましった。
『ステータス』にモノを言わせショートソードを力いっぱいゴブリンの背中目掛けて振り下ろした。
『ビュン』と風切り音を立て、背中目掛け振り抜いたショートソードの刃は、力み過ぎたためか声を出した事で気付かれ焦ったのか? 狙いは反れて肩のあたりに振るわれる。
しかし、もうそこにはゴブリンの腕は無い。数秒の差が明暗を分けた。
「え゛?」
何とも言えない気の抜けた声を利根川は発する。
『ゴブ!』
ゴブリンの回し蹴りが利根川の顎にヒットし、利根川の意識が数秒飛ぶ……
しかし体に染みついていたのか、咄嗟に盾を構えゴブリンの横なぎ払いを間一髪でガードする。
だが二発目袈裟斬りで盾は弾かれ、胴ががら空きになった状態で利根川の朦朧としていた意識が回復する。
しかし、ゴブリンの放つ逆袈裟斬りをを上手くショートソードで
ズブゥ
骨越しに感じた硬い感触は途中で止まったものの、焼けるような熱さと激痛が利根川を襲う。
「ぎゃああああ! 腕が俺の腕がぁあああああああああああああ!」
利根川は死に物狂いで出鱈目に手を動かす。
利根川はドクドクと血を滲ませながら絶叫を上げる。
しかし恐怖が勝るのか、利根川は盾を出鱈目に振り、「くるな! くるな!」と言わんばかりの必死の抵抗を見せる。
「そうだ!
痛む手を無理やり動かし栓を口で抜くと
痛みが弱まり、薄皮がこれ以上の出血を防いでいる。
瓶を投げ捨てると盾を構えてショートソードを拾う。
「残念だったなァ!」
保険として持っていた一本数万の
ショートソードの切っ先を相手の目に向けてけん制しながら、相手の出方を伺う。
ゴブリンは小柄のため、速力、腕力、攻撃範囲共に人間より弱い。
移動の初速と爪や牙程度しか、人間より優れている武器はない。
ここまでくれば簡単な狩りだ。
盾で受けて反撃を入れるだけの簡単なお仕事だ。
右回りに擦り足で半歩の間合いの距離をグルグルと回る事で、相手もそれについていくように動かなければならない。ゴブリンは剣しか持っていないので、盾を持っている俺が圧倒的に有利と言う事だ。
痺れを切らしたゴブリンがフェイントを入れ襲い掛かって来た。
刹那。
利根川は咄嗟に一歩前に踏み込んで、盾で弾きショートソードを前に突き出した。
それは偶然にもゴブリンの肩に突き刺さる。
盾で押し付けるようして壁まで走り、盾と壁でゴブリンを挟みつつ剣をぐりぐりと抉るように動かす。
「ぎゃああああ!」
「せやぁぁぁぁああああああああああああ!」
ゴブリンは苦し紛れに剣の刀身を掴み引き抜こうと抵抗するが、少し引き抜いたところで口から血を吐いて、ゴホゴホを血が混じった嫌な咳をする。
どう見ても致命傷だ。
俺の勝利は明らかであり、だからこそ余裕でいられる。
そうこうしている内に、鈍い銀色の刀身に滴って落ちる緑色の血の量が増えピクピクと間抜けに痙攣し、暫くするとピクリとも動かなくなった。
「ざまぁ見ろクソゴブリンめ! 俺に逆らうからだ……」
利根は肩で息をしながら近場の石に座る。
奇しくもそれは、約二週間前に加藤光太郎が初めてモンスターを倒した場所と同じであった。
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