第八章 第三の推理②

「……結局の所、構図は原島司殺害事件と同じだったんです」

 榊原は一度コーヒーを口に含みながらおもむろにそんな事を言った。

「原島司殺害事件では、明確な動機のあると思われた豊洲社長が怪しいと長年思われていましたが、彼には鉄壁のアリバイがあり、そのアリバイの存在ゆえにどれだけ怪しくても追及する事ができないでいました。で、警察はそのアリバイを崩そうと必死になっていたわけですが……実際の所、豊洲社長は本当に無実であり、他に真犯人がいたというのがあの事件の構図だったわけです。まぁ、冷静に考えてみれば当たり前の事なんですがね。どれだけ怪しかろうが、崩しようがないアリバイがある人間が犯人であるわけがない。もちろん、本当にそのアリバイが『崩しようがない』のかは徹底的かつありとあらゆる可能性を検討する必要はありますが……それでも崩れないアリバイがあるのなら、そもそもその人物が犯人であるという前提から疑ってかかる事も必要だという話です」

「それはつまり……譲原という男が犯人ではないという事ですか?」

 小沼の言葉に榊原は頷いた。

「譲原の鉄壁のアリバイがどうしても崩れないとわかった時、私は一度譲原犯人説に固執するのをやめ、他に犯人に該当する人間がいないかどうか……それを確認するために事件を俯瞰的に見つめてみる事にしました。結果、一連の情報を見ているうちに、譲原以上に怪しい人間がいる事に気付いたのです」

「怪しい人間……」

 それは話の中に出てきた杜川という男かと小沼は思ったが、榊原が告げたのは予想外の名前だった。

「それは、譲原と事件当夜に麻雀をしていた証言した面子の一人である、『鈴木』という男です」

「え……」

 まさかそっちに飛んでいくとは思っていなかったのか、小沼は目を丸くした。というか、そんな人間がいた事すら頭から飛んでいた。正直、頭に残るかどうかもわからない、脇役中の脇役ではないか。一方、榊原は何でもないという風に淡々と話を続けていく。

「本名は鈴木富親すずきとみちか。先程も言ったように、事件当夜に友人の高木氏に誘われて、譲原克夫と一緒に高木氏のアパートで麻雀をしていたと証言した人物です。ただ……これを逆に言えば、飲み会に出るまでの間、この男には譲原と違って明確なアリバイが存在しないという事でもあります。昼間の間に琵琶湖岸に行って被害者を殺害し、その後新幹線なりで関東にとんぼ返りして麻雀に参加したとすれば、犯行は充分に可能です」

「そ、それはそうでしょうが……」

 そんな乱暴な、というのが小沼の第一印象だった。その程度の話だったら、誰だって簡単に容疑者になってしまう。

「もちろん、それ以外にもこの男の事を疑うちゃんとした根拠があります。どうもこの男は自分が証言をする事になるとは思っていなかったようですからね。譲原のアリバイを証明する証言をした時、この男はかなり不用意な発言をしているんです。実の所、私がこの男を怪しいと思ったのはそれがきっかけでした」

「不用意な発言って……」

 というか、そもそもさっきの話の中で、記憶に残るかどうかさえ怪しい立ち位置にいた脇役の鈴木の証言など少ししかなかったはずである。

「事情聴取の際、鈴木はこう発言しています。『仕事が休みだったので昼は横浜の埠頭で趣味の写生をしていたが、夜になって高木の誘いで麻雀に付き合った。譲原氏とはその時初めて出会ったが、特段変わった様子はなかった』、と」

「確かに言いましたが、それが何か?」

 小沼はこの証言の何が悪いのかわからず戸惑いながら尋ねるが、榊原は落ち着いた声でこう言った。

「何かも何も、あり得ないんです。何しろ……その日の昼、横浜市は激しい雷雨に襲われていたはずなんですからね。少なくとも、埠頭で写生なんかできるわけがないんです」

「え?」

 小沼はポカンとした表情を浮かべた。

「鶴辺事件を調べていた時の話ですが、被害者の鶴辺一成氏に関する情報の中にこんなものがありました。いわく、『事件の二週間前の土曜日、横浜スタジアムでプロ野球の試合を見ようとしたが雷雨で中止となり、酔っていた鶴辺氏がチケット売り場付近で暴れて警察に連行された』と。鶴辺事件が発生し、遺体が見つかったのは五月二十七日土曜日の早朝ですが、その二週間前というのは五月十三日土曜日……すなわち、木那さんが琵琶湖岸で殺害された当日です。つまり、木那浅江殺害当日……言い換えれば譲原や鈴木たちが麻雀をしていたと言っているこの日、横浜市は激しい雷雨に襲われていたはずなんです。プロ野球が中止になるくらいですからこの雷雨は一過性のものというわけではなく、かなりの長時間続いたはず。その状況で、埠頭でのんきに写生を続ける人間などいるわけがいません。それをしたと言っている以上、鈴木は明らかに警察の取り調べに対して嘘をついているんです」

 慌てて小沼はその日の事を思い出してみる。そう言えば確かにあの日の午後、横浜から東京にかけて雷を伴う激しいゲリラ豪雨が降ったはずだ。幸い夕方になるころにはやんでいたが、あまりの雷の凄さに停電になるのではないかと心配したのを覚えている。

「では、なぜそんな嘘をつく必要があるのか? というより、該当時刻にどんな形であれ横浜にいたとすればこの時間帯にゲリラ豪雨が降った事は誰でも知っているはずで、嘘をつく意味など全くありません。そんな嘘をついたところで、その嘘を証明する人間は三百万人以上いるわけですからね。だとすれば話は簡単です。鈴木は嘘をついたわけではなく、『本当に該当時間に横浜市に雷雨があった事を知らなかった』のです。しかしさっきも言ったように、あの日雷雨があった事は横浜市のみならず南関東圏にいたとすれば誰でも簡単に知る事ができる情報です。それを知らなかったとすれば、可能性はただ一つ……あの日、あの時間、鈴木は雷雨があった横浜市周辺にはいなかったのです。そして、鈴木はどういうわけかその事実を隠そうとしている。しかも写生をしていたと嘘をついてまでです。その行動に疑いを持つのは当然でしょう」

 小沼が息を飲み、榊原は話を続けていく。

「この証言に不自然さを抱いて、私は改めて今まで注目さえなされていなかった鈴木の事について調べました。その結果、意外な事実が明らかになったんです。この鈴木という男……被害者の木那浅江の小学校から中学校にかけての同級生で、幼馴染に近い間柄だったようなのです。ただし、本人は中学途中で親の仕事の都合で京都から東京に引っ越す事になり、それ以来縁は切れていたようですが」

「幼馴染……」

「鈴木は都内のソフトウェア開発会社でシステムエンジニアとして勤務しています。が、このソフトウェア会社、実はあなたの会社……すなわち『イムソフト』のプログラミングの下請け業務を担っていたようなのです」

「え?」

 驚く小沼に、榊原はある会社の名前を告げる。そして、小沼はその社名に確かに聞き覚えがあったようだった。

「た、確かに……その会社とはプログラミングの下請けの契約を結んでいますが……」

「鈴木本人はそこに何人もいるシステムエンジニアの一人で対外折衝に出る事はほとんどなく、しかも名字も『鈴木』というかなりありふれたものです。それゆえに、『イムソフト』と繋がりがありながら木那さんもかつての幼馴染が下請け会社にいる事を知らず、また逆に鈴木も木那さんがこの会社にいる事に気付いていなかったようです。まぁ、中学の頃に繋がりが絶たれてからもう十数年経過しているわけで、互いに気付かなかったのも無理はないですが」

 そう前置きして、榊原は本題に入る。

「……さて、先程も言ったように、木那さんはここ最近、ライバル会社の『アルコ』から執拗な勧誘を受けていました。ところでつかぬ事を聞きますが、ここ数年、『イムソフト』は『アルコ』に対して売り上げの面でやや後塵を拝している状態だそうですね」

「え、えぇ。恥ずかしながらそういう事になりますが……」

「被害者の木那さんは『アルコ』の杜川氏から何度も勧誘を受けていた。そして、その杜川氏の勧誘の言葉を聞いている中で気付いたようなのです。……杜川氏の言葉の中に、『イムソフト』の関係者でなければ絶対に知る事ができないような情報がいくつも含まれているという事実……すなわち、『イムソフト』からの情報漏れが発生していて、それをライバル企業の『アルコ』が得ているという衝撃的な事実に、です」

「な、何ですって!」

 小沼の顔色が変わった。

「こちらで調べましたが、『イムソフト』の過去の関係者の中に『アルコ』に再就職したというような人間は確認されていません。つまり、そうした人間からの情報漏れは考えられない。だとするなら、情報漏れを起こしているのは現役の『イムソフト』の関係者としか考えられません。つまり、『イムソフト』の関係者の中に『アルコ』の産業スパイが紛れ込んでいる可能性があるのです。それに気付いた木那さんは、極秘にその産業スパイの特定作業を行っていました」

「じゃあ、彼女が興信所に依頼したのは……」

「この産業スパイのあぶり出しのための情報収集が目的だったと考えるのが妥当です。そして、彼女はその調査結果などを踏まえ、見事に産業スパイの正体を探り当ててしまいました。……その『産業スパイ』が、関連下請け企業にいたかつての幼馴染だったという残酷すぎる事実を」

 その言葉に小沼は息を飲んだ。

「その鈴木という男が我が社の情報を『アルコ』に?」

「下請けとはいえ直接プログラミングに関わる仕事ですから、依頼元である『イムソフト』の内部事情にもそれなりに精通している立場です。鈴木に対する疑惑が出た事を受けて改めて私や警察が調べましたが、彼の預金口座には毎月出所不明の大金が振り込まれていました。振り込み主の特定を行ったところ、かなり巧妙に隠してはいましたが、『アルコ』の杜川晴康である事が発覚しています。どうもこの杜川という男は、こうしたライバル企業の社員に対する買収や強引な引き抜き、さらには産業スパイまがいの事も平気で行う人物だったようですね」

 言うまでもなく、こうした同業他社企業の情報を不正に取得、もしくは自社の情報を同業他社に意図的に漏洩する産業スパイ行為は違法行為である。具体的には不正競争防止法の営業秘密盗用に該当し、民事的な損害賠償はもちろん、悪質な場合は刑事罰が適用される事もある犯罪だ(特にこの事件が起こった二〇〇六年前後にかけて営業秘密に関する刑事罰がかなり強化されている)。まして、その情報漏洩行為に金銭のやり取りが絡んでいたとなれば、その悪質性はかなり高いと言わざるを得ない。

「しかし、そこで彼女は迷ったのでしょう。最初は有無を言わさず犯人を警察に突き出すつもりだったのが、その相手がまさかの幼馴染だったわけですからね。おそらく、鈴木が下請け会社にいた事もこの調査で初めて知ったのだと思います。幼馴染を警察に突き出すだけの無情さを、彼女は持っていなかった。だから彼女は鈴木に直接接触し、情報漏洩の事実を追求した上で鈴木に自首を促したんです。木那さんからすれば、かつての友人だった鈴木に対する情けのつもりだったんでしょう。自首扱いなら刑が軽くなるかもしれませんし、そこから杜川の悪事を証言すれば捜査協力で執行猶予が付く可能性もありますから」

「……」

「しかし、残念ながら鈴木はすでに彼女に対する友情など忘れてしまっていたようです。彼女の想いとは裏腹に、情報漏洩がばれた鈴木はどす黒い思いを抱いた。このまま自身の悪事がばれれば、たとえ微罪になったとしても前科がつき、少なくともこの業界にいる事はできなくなる。幸い、情報漏洩に気付いているのは彼女一人だけで、他の人間に言った気配もない。ならばいっそ、彼女さえ消してしまえば、自分の身は安泰になるのではないか……。その瞬間、鈴木はかつての幼馴染に対する殺意を抱く事になったのです」

「そんな……」

 榊原は小さく息をついた。

「後はもう説明するまでもないでしょう。鈴木は木那さんからの自首の要請を巧妙に先延ばししつつ、事件の数日前から彼女の周囲をそれとなく探っていました。そして、彼女が譲原と一緒に釣りに行く計画を立てている事を知り、その釣りの場で彼女を殺害する決意をしたんだそうです。恐ろしい事に、当初の予定では鈴木は木那さんのみならず同行する予定だった譲原も一緒に殺害し、譲原が木那さんを殺害して自殺したかのように見せ掛けて全ての罪を譲原に着せるつもりだったようです。また鈴木はこの時、彼女たちが故郷近くの滋賀県高島市の湖岸に釣りに行く事もつかんでいました」

「……」

「事件当日、鈴木は朝早くに新幹線に乗って京都入りし、そこから湖西線で木那さんが行く予定だった琵琶湖岸の釣り場に先回りしました。そして午後二時頃……釣り場にやって来て予定通り釣りを始めた彼女の背後から近づき、振り返った所をナイフで突き刺して瀕死に至らしめ、それでも死ななかったため琵琶湖に投げ込んで溺死させたんです。ただ、誤算だったのは同行するはずだった譲原が急な仕事で来られず、結果的に彼を自殺に見せかけて殺害し、すべての罪を着せるという当初の計画がいきなり頓挫してしまった事。しかし計画を先延ばしする事はできず、彼は現場の後始末をするとそのまま運を天に任せて東京に引き返すしかなかった。だからびっくりしたでしょうね。その夜、友人の高木氏に誘われてアリバイ作りのために向かった麻雀の席で罪を着せるはずだった譲原本人と同じ卓を囲む事となり、しかも後々に彼のアリバイを証言する事という形で事件の関係者になってしまったわけですから。その予想外の出来事が思考の混乱を引き起こし、事情聴取時における不自然すぎる発言を誘発してしまったというわけです」

 それが、最後に残った今回の事件における残酷すぎる結末だった。その場にしばし、重い沈黙が漂う。

「……犯人の鈴木富親はどうなったんですか?」

 小沼の問いかけに、榊原は簡単に答えた。

「心配せずとも、昨日、滋賀県警が逮捕しました。計画が破綻した時点で本人も薄々『だめかもしれない……』と覚悟はしていたようで、観念してすべてを自白しているようです。敦田興信所の報告書も押収されて彼女が鈴木をはじめとする関係者の調査を依頼した事もはっきりしましたし、証拠もそろいつつありますのでもう逃げ場はないでしょう。おそらく近日中にその事がマスコミに報じられると思います。まぁ、それなりに重い罪にはなるでしょうね。もっとも……この先は裁判所の仕事ですが」

「……」

「それと、彼に産業スパイ行為をそそのかした『アルコ』の杜川晴康ですが、木那浅江殺害には直接的に関与はしていなかったものの、こちらは不正競争防止法の営業秘密盗用違反の疑いで現在警視庁捜査二課が捜査を進めています。彼はこれ以外にも今まで同様の事を複数企業に対して何度も繰り返し続けていたようで、証拠が固まり次第逮捕される事になるでしょう。それを黙認していた『アルコ』自体もただでは済まないでしょうね」

 そう言うと、榊原は小さく息を吐いた。

「以上で、この件に関する報告は終わりです。残念な結果になってはしまいましたが……」

「……」

「最初に言ったように、今回は私の独断で動いた話なので、何か報酬をもらおうとかそのような事は考えていません。ただ、これも何かの縁です。また何かありましたら、その時は遠慮なくご連絡ください」

 では、と言って榊原は立ち上がろうとする。

「……最後に一つ、いいですか?」

 と、そこで小沼は榊原に呼びかけた。

「もちろん。何でしょうか?」

「その鈴木という男が犯人だったとして……木那君の手に握られていたという整理券は何だったんでしょうか? まさか、事件には何の関係もない、偶然手に残ってしまっただけのものだったとでも?」

 小沼の問いかけに、榊原は肩をすくめて首を振った。

「それはないでしょう。あれは間違いなく、被害者のダイイングメッセージだったと私は思っています」

「でも、市バスの整理券をどう解釈すれば犯人を示す事になるんですか? まさか、何かの暗号とか……」

「死にかけの人間に複雑な暗号を考える余裕なんかありませんよ。だから小説ならいざ知らず、実際の事件におけるダイイングメッセージは単純なものが多いんです。ま、ダイイングメッセージは法的に直接的な証拠になるわけでもないのでここでその意図を明らかにする必要もないんですが……こう言っては何ですが、まったくもってくだらない駄洒落ですよ」

「だ、駄洒落?」

 思わぬ言葉に小沼は目を丸くする。

「結論から言えば、彼女は間違いなく『市バス』を示すためにあの整理券を握りしめたんです。で、この『市バス』という単語ですが……『市』の部分を若干伸ばし気味に読めば『シーバス』と読めない事もないはずです」

「そ、それはまぁ、そうですが……」

「私はたまたま知っていたから気付く事ができましたがね。『シーバス』……これはルアーフィッシングの関係者の中では大型魚の『スズキ』を示す隠語なんだそうです。釣りを趣味とする木那浅江さんは当然この隠語を知っていたはず。……ここまで言えば、私が何を言いたいのかはわかるはずですが」

「……『シーバス』イコール『スズキ』で、犯人は『鈴木』という事ですか……」

 確かに種明かしされてみれば、脱力しそうな駄洒落だった。ただ、シンプルであるがゆえにダイイングメッセージとして咄嗟に頭に浮かんでもおかしくはないものではある。

「以前、ある事件を調べていた時に関係者の釣り人たちがやたらとこの単語を連発して、『聞いた事がない魚だが何の事だろう』と思って尋ねたら教えてくれたんですよ。逆に言えば、釣りの関係者でない限りは普通使わない言葉でもあるわけですがね」

 ただ、と榊原は付け加えた。

「真相がすべてわかってから調べたところ、この駄洒落にもそれなりの理由はあったそうですよ。と言うのも、被害者の木那浅江さんは、小中学生の頃に幼馴染の鈴木をこのあだ名で日常的に呼んでいたらしいんです。『おはよう、シーバス君』という風にね。彼女、その頃から釣りが趣味だったらしく、釣り用語の『シーバス』の事も知っていたようです。もっとも、鈴木本人はそのあだ名の由来をわかっていなかったようですがね。一度聞いてみたらしいですが、『自分で考えてみて』と言われて結局由来を知る事なくいつの間にかそのまま受け入れ、やがて鈴木は転校してしまったという経緯です。大人になって再会したときにはさすがにこの呼び方はされなかったようですが、それゆえにこのあだ名の事を本人もすっかり忘れており……結果、『市バス』イコール『シーバス』というダイイングメッセージに気付く事ができなかったとの事です」

「……彼女にとって、鈴木は『シーバス君』と呼ぶのが自然だったというわけですか」

「えぇ。つまり、あの場で咄嗟に考えた駄洒落ではなかったというわけです。もっとも……鈴木本人はそんな昔のあだ名など等に忘れており、犯罪の隠蔽のためにかつての幼馴染を何の躊躇もなく殺しにかかったわけですが」

 一見するとつまらない駄洒落。しかし……わかってみれば、何とも後味の悪い話だった。

「彼女は……木那君はどんな気持ちで、その整理券を握りしめたんでしょうか? 長年の付き合いだった幼馴染に刺され、今にも死にそうなその状況で」

 小沼はポツリと呟き、それに対し、榊原はこう答えるしかなかった。

「それは、さすがの私にもわかりかねますね。すべては神と、本人のみが知る……と言ったところでしょうか」

「そうですか……ありがとうございます」

 小沼は改めて頭を下げる。それを見て榊原も軽く会釈し、そのまま喫茶店から去ったのだった……。

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