合言葉はラッキートレイン

月井 忠

第1話

 僕は大学構内のすみっこにある部屋に向かっていた。

 昨日初めて、あの人から「お誘い」があった。


 やっとのことで胸が高鳴る。

 目的の部屋のドアには「脳電開」と書かれた紙が貼ってあった。


 正式名称は脳内電磁波開発研究会。

 略して脳電開。


 活動内容はと言うと、今のところ頭皮マッサージだけだ。

 ちょっと拍子抜けした。


 もっといかがわしいことでもしているのかと思っていたけど、さすがに合法の活動にとどまっているみたいだ。


 ドアを開けて中に入ると、いつものように本の匂いが通り抜ける。

 部屋には本棚に入り切らずに溢れた本が山積みになっている。


 これらの本は、とてもいかがわしい。

 五分でできる脳力ブーストとか、指圧で爆上げ至高の思考とか、本屋に売っているのか怪しいものばかり。


 さすが「脳電開」といったところだ。


「やあ、来たね」

 お目当ての女性は本棚の影から顔を出した。


 名前は幸子さん。

 名字は知らない。


「お願いします」

 僕は頭を下げる。


「じゃあ行こうか」

「はい、お願いします」


 幸子さんについて大学構内を出る。


 昨日彼女から「お誘い」を受けた。


 僕の本当の目的はこの「お誘い」を引き出し、本部に潜入すること。

 脳電開はあくまで入り口で、その奥にあるハイパーブレインという謎の組織がある。


 僕はそのセミナーに潜り込むための「お誘い」を受けたわけだ。


 幸子さんに連れられ、電車を乗り継ぎ、歩くこと十数分。

 とある雑居ビルまでやってきた。


「ここからは私語厳禁ね」

「はい、わかりました」


 エレベーターは止まっているようで、暗い階段を二人で上っていく。

 幸子さんは三階まで来ると、廊下を進み、奥のドアの前で立ち止まる。


 振り返ってウィンクをすると、ドアを開けた。


 拍子抜けした。


 どんなおぞましい光景が広がっているのかと思っていたが、実際には教室ぐらいの広さにパイプ椅子が並べられただけだった。

 椅子にはすでに何人もの人が座っていて、全員背中を向けて正面のホワイトボードを見ている。


 幸子さんに促されるまま、端の空いている椅子に座った。


 しばらく待っていると、後ろのドアが開いて、誰かが入ってくる。

 僕はちらっと目だけで入ってきた人を見た。


 無精髭で、髪もぼさぼさの冴えないおっさんだった。


 おっさんはホワイトボードの前に立つ。


「ハイパーブレインにようこそ!」

 いきなりバカでかい声で叫んだ。


 かなりビビる。


「ラッキー!」

 僕以外の全員が合唱した。


 意味不明だ。


「君たちは?」

 おっさんが尋ねるような感じで言う。


「ラッキー!」

「ラッキー!」

「ラッキー!」


 前列の座っていた奴らが一人ずつ絶叫し、起立する。

 点呼か何かかもしれない。


 僕の手前まで順番が来て、幸子さんが「ラッキー!」と言って立ち上がった。


 仕方なく、僕も同じタイミングで叫ぶ。


「ラッキー!」

 僕は立ち上がる。


「ラッキー!」

 隣の奴が叫んで立つ。


 どうやらうまくいったようだ。


 点呼は続いていく。


 僕の姉は「合言葉はラッキートレイン」という言葉をSNSに残して失踪した。

 僕は姉のことを探して、このハイパーブレインに潜入した。


 今のところ姉については、最悪の状況を考えた方が良いのかもしれない。


 最後の一人が「ラッキー!」と叫ぶ。


「合言葉は?」

 おっさんが聞く。


 これは僕でもわかる。


「ラッキートレイン!」

 僕を含めた全員が合唱した。


 気持ちいい。


 こんなにラッキートレインが素晴らしいなんて最高だ。


 僕はラッキートレインを探しにここまで来た。


 ラッキートレインがあれば空だって飛べそうだ。


 ラッキートレインは魔法の言葉だ。


 それ以外に必要なものなんてない。


 君もそう思うだろ?


 さあ、みんな一緒に!


 合言葉は?










 ※ラッキートレインと叫んだアナタのために……この物語はフィクションです。

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合言葉はラッキートレイン 月井 忠 @TKTDS

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