愛するリリーが死にました。【不純恋愛】【仮】

三愛紫月

この嘘は、許されますか?

自分の人生は意味をなさない。どうなってもいい。そう思った日。彼女に出会った。


出会いは、スマホのゲームの【丘の上の住人】だった。


僕は、男である事を隠す為にハンドルネームは、【美空】


そして、彼女のハンドルネームは【リリー】だった。


リリーと僕は、ゲームの世界でよく会話をした。


好きな食べ物から始まり、恋愛の話に至るまで…。


【私、結婚して15年なの】


リリーの言葉に胸がズキズキした。解り合っていると思っていたのに…。リリーは、結婚していたのだ。

会った事もないのに、振られた気がした。

いや、リリーは僕を女の子だと思っていたのだ。そんな事わかっている。


なのに、僕は勝手に裏切られた気持ちを感じていた。


リリーは、この時代の僕にとって生きる全てだったから…。


【リリー、会いたい】


僕は、初めてそんな言葉を送った。


【美空は、どこに住んでいるの?】


リリーからの返信に胸が踊るのを感じる。

僕は、迷わず住所を送った。


【うーん。ここから、一時間はかかるかな】


リリーからの返信に僕はがっかりしてため息をついた。


【でも、来月なら祖母の七回忌で、そっちに行くから会えるよ】


次にやってきたリリーからの返事に胸がドキドキと音を立てる。


【じゃあ、会おうよ!私、青色のコートを着て、駅前でリリーを待ってるから】


僕の返事にリリーは、自分のアバターのスタンプを押して返事をくれる。そのアバターのリリーは、口元を押さえて恥ずかしそうに微笑んでいた。


僕は、この日からリリーに会うまでの間、バイトに入りまくった。リリーの年齢は、知っている!42歳だ!

僕は、25歳で…。

リリーからしたら子供だ。

スマートにエスコートは、出来なくてもお金をスマートに払ってあげたかった。


就職に失敗し、夢も破れた、僕が出会ったのがリリーだった。


だからこそ、リリーにカッコ悪い所は見せたくなかった。


旦那さんより僕は、稼いでいないの何てわかっている。

リリーを幸せに出来る器もお金も持っていないの何てわかっている。


兎に角、僕はお金をスマートに払う為だけに必死で働いた。


そして、明日が約束の日だった。


リリーと会える日だ!


僕は、財布の中の札束を見つめる。


「10万は、ある!これだけあればいけるだろうか?」


無理ならば、クレジットカードがあるか!


僕は、リリーの旦那さんには負けたくなかった。


僕は、青いコートを着てリリーに会いに行った。


待ち合わせ場所について、僕はリリーを待っていた。


「美空さんですか?」


そう声を掛けられて振り返った。


「リリー?」


リリーは、僕の想像を軽く越える程の美人だった。

リリーは、驚いた顔をしていた。


「まさか、男の人だとは…」


「女だって話したかな?」


僕は、わざとリリーにそう言った。


「話してないわ。私が、勘違いしただけよね。ごめんなさい」


リリーは、そう言って申し訳なさそうに頭を下げた。


「いいんだよ。気にしないで!行こう」


僕は、リリーの手を掴んで走り出した。


「待って、待って」


リリーは、そう言って笑った。


「はぁ、はぁ、はぁ」


リリーの吐く息が白い。


「結婚生活は、幸せ?」


僕は、リリーにわざとそう言っていた。


「それなりなのかもね。特別、凄く幸せじゃないけど…。ぼんやりそこに存在してるって感じかな」


「へー。つまんないな」


僕は、そう言ってリリーを見つめた。


「そうね。結婚生活なんかつまらないものかもね」


息が整ったリリーは、そう言って歩きだした。


「夢がないね!もっと、結婚したくなるような話を聞かせてよ」


僕は、リリーを追いかけて並んで歩く。手がぶつかるのが気になって、僕はリリーの手を握りしめた。


「ちょっと…」


「いいじゃん。別に友達なんだから…」


年の離れたリリーに僕は、わざとこう言った。


「今時は、男と女なんて関係ないんだよ!添い寝もするし、ハグだってする、キスだってね!こうやって、手を繋いだりもね。そういうのにドキドキしたりとか厭らしい考えなんてないんだよ」


嘘もここまで話せたら上出来だ!僕は、リリーにドキドキしているし、下心だってある。だけど、今は恋心が先だ。


「そうなの…。私がおかしいのね」


リリーは、驚いた顔をしながらも納得していた。僕は、リリーと手を繋ぐ事を獲得した。


「で、さっきの話」


「さっき?」


「結婚したくなるような話を聞かせてよって話だよ」


はぐらかそうとするリリーに僕は、そう言った。


「結婚に夢なんかあるのかな?あるのは、現実と生活。それ以外には、何もないと思うんだけど…」


「何それ?つまんないな」


僕は、リリーを見つめてそう言った。現実や生活!そんなもの糞食らえだ。


嫌、前言撤回だ!

僕は、リリーとの現実が欲しい。


「何時までいれるの?」


僕の言葉に、リリーは腕時計を見つめる。


「そうね。夜の新幹線で帰るから、7時頃かな?」


「じゃあ、晩御飯は食べれるね」


「それは、大丈夫だよ」


そう言って、笑うリリーを見つめていた。キスがしたい。

どうにか、リリーとキスがしたい。

そんな気持ちでいっぱいだったあの日の僕。


♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡


小高い丘のようなこの場所に僕は呼ばれてやってきていた。


「こんにちは」


「こんにちは」


黒渕メガネをかけた、ヒョロリとした男性に僕は挨拶をしていた。


「まさか、美空さんが男だった何て知りませんでした」


「すみません」


僕は、その人を見て謝っていた。


「謝らないでいいんですよ!勘違いしていたのは、こちらですから…」


そう言って、その人は僕を見つめる。痩せこけた頬が、その人の悲しみを象徴しているようだった。


「生前は、妻と仲良くしていただいてありがとうございました」


この、生前と言う言葉にリリーには、もう二度と会えないとハッキリと気づいた。


「葬儀は、身内だけで執り行ったんです。他の人にお見せできるような状態ではさすがにありませんでしたから…」


「そうですか」


あんなに綺麗なリリーの最後が、人には見せられないものだったなんて…。僕には、想像がつかなかった。


「ハンドルネームは、リリーだったんですね」


そう言って、その人は懐かしそうな顔をして笑った。


「彼女と出会った頃のあだ名がリリーでした。あっ!自己紹介を忘れていました。貫井蒼介ぬくいそうすけと言います。妻は、名前を言いましたか?」


「いえ」


「そうでしたか、妻は貫井百合子ぬくいゆりこです」


僕は、この日リリーの名前を初めて知った。


「僕の名前は、美波空太みなみくうたと言います」


そう言って、僕は名刺を貫井さんに差し出した。


「あー。だから、美空さんですか」


「はい」


名刺を見つめて、納得したようにうんうんと頷いていた。


「妻とは、その…。何度か会っていたんですよね」


「あっ、はい。それは、何か申し訳ありません」


「いえいえ。美空さんは、妻の支えだったようですから…。構わないですよ!」


そう言って、貫井さんは笑っていた。


けれど、穏やかな口調とは裏腹にその目には若干の殺意が宿っているような気がした。


「妻とは、男女の関係は?」


「まさか、ありませんよ」


僕は、そう言って両手をパーにして手を振っていた。


「そうですか!それなら、よかったです」


さっきとは、違って貫井さんの目から殺意の感情が消えていた。


「はい」


「妻のあだ名の由来知りたいですか?」


「是非」


「百合子って名前と色が白い事。そして、自分の意思をしっかり主張するから…。リリーでした」


「そうですか」


「結婚してからは、百合子の主張はうんざりでしたね」


そう言って、貫井さんは首を左右に振っていた。


「だから、浮気したんですか?」


僕の言葉に貫井さんは、驚いた顔を向けた。


「美空さんは、どこまで知っているんですか?」


♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡


初めてリリーに会った日から、今日で1ヶ月が経っていた。あの日は、あれからリリーと他愛ないおしゃべりをして、リリーが食べたいと言うラーメンを晩御飯に食べて別れた。

ずっと手を繋いでいた。僕は、次いつリリーと会ってもいいようにバイトを変えて働いた。

連絡先を交換しながらも、やりとりは【丘の上の住人】の中のチャットだった。


【丘の上の住人】は、愛の丘と呼ばれる場所に小人族が住んでいるのだ。この小人族が僕達プレーヤーだった。その丘で、家を建てたり野菜を育てたり農家をしたり…。そして、プレーヤー同士はチャットでリアルタイムで会話をするのだ。僕が、リリーに話しかけたのはいわゆる隣人だったからだ。僕の家の木がリリーの家に伸びてしまったのだ。それをお詫びに行って切りに行った。それが、リリーとの始まりだった。


ピロリン。


珍しくリリーから、直接メッセージがやってきた。


【美空、会いたい】


その言葉に、僕はすぐに【僕もだよ】と伝えた。


二度目に会ったのも、この街だった。リリーは、僕を見つけると駆け寄ってきて、当たり前のように手を繋いできた。


「手袋しなきゃ!冷たい」


僕は、その手をコートのポケットに入れて歩きだした。リリーは、僅か1ヶ月で随分とくたびれていた。


「痩せたんじゃない?」


「最近、食欲がなくて…」


俯いたリリーの横顔は、頬がガッツリ痩けていて初めて会った時の綺麗さが半減していた。


「何かあった?リリーから会いたいなんて」


「夫がね。浮気してるの」


その言葉に僕は、固まったのを覚えている。


♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡


「百合子は、美空さんに何でも話していたんですね」


僕は、貫井さんの言葉に我に返った。


「何でもかは、わかりませんが…」


僕は、そう言って貫井さんを見つめる。


「百合子はね。私と別れたいと言い出したんです」


そう言って、眼鏡越しに冷たい視線が僕に向かって送られる。


「そうですか…」


「男が出来たのだと直感しました。だって、百合子は一人でなど生きていけない女でしたから…」


「そうでしょうか?」


僕は、貫井さんを見つめてそう言った。


「ハハハ、美空さんは何も知らないでしょうから、そんな風に思うのでしょうね。百合子は、人への依存がとても強い人間なんです。だから、一人でなんて生きていけるはずがありません。特に、私への欲求は凄まじかったですから」


僕は、黙って聞いていながらも、この人はリリーを何も見ていないとわかってしまった。現実と生活。その意味をリリーは、あの日僕に教えてくれた。

そして、今、目の前にいるこの人がリリーの話を真実にしていた。


♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡


二度目は、リリーの気が済むまでカラオケボックスに居続けていた。気づくとリリーは、元気になって帰って行った。


そして、あれからまた1ヶ月が過ぎていた。

もうすぐ春がやってきそうだった。僕は、相変わらずバイトをしていた。リリーとは、相変わらず【丘の上の住人】で毎日チャットをし続けていた。

そんなある日、またもリリーから【会いたい】と直接メッセージがやってきたのだ。


三度目に会ったのは、僕の街とリリーの街の中間にあたる街だった。リリーは、僕を見つめるとすぐに近づいてきて手を絡ませた。


「手袋買いなよ」


僕は笑って、リリーの手をコートのポケットに入れた。


「離婚しようかな。私」


突然、そう話したリリーを僕は見つめていた。


「どうして?」


「夫が浮気してるのは、話したでしょ?どうやら、彼女が妊娠したらしいの」


その言葉に、僕はリリーを見つめていた。


「それなのに、別れてくれないの」


そう言って、リリーは泣いていた。


「どうして?」


「私は、人への依存が強いからって言うの。だから、一人でなんて生きていけるはずがないって決めつけるの」


「そんな事ないよ!リリーは、一人で生きていけるよ!だって、今日だってここに一人で来ただろ?それと同じ事だよ」


僕の言葉にリリーは、僕を引っ張って行く。


三度目は、リリーがこの場所に来る事を望んだ。


「ラブホなんて、久しぶりだなー」


僕は、そう言いながらラブホテルの中を見つめていた。


「美空、私が死んだらどうかこれを…」


「物騒な話をしないでよ」


「お願い、美空にしか頼めないの」


僕は、そう言ってリリーから紙袋を差し出された。


「これは、何?」


「美空が知る必要はないわ!ただ、私が死んだとわかったら、それを届けて欲しいの」


そう言って、リリーは僕の手に佐伯一夫さえきかずおと言う名刺を握らせた。


「わかった」


何も言わずに、僕はそれを預かった。


「美空は、私をちゃんと見てくれてる。だけど、夫は私を見ていない。夫が欲しいのは、うわべだけ…。年を重ねたおばさんはいらないの」


悲しそうに笑うリリーの涙を僕は拭っていた。


「リリーは、綺麗だよ!僕は、最初からリリーに恋をしていた。【丘の上の住人】で出会った時からずっと」


「美空、もうどれだけ会えるかわからない。だから、抱いて」


この日、リリーは僕にそれを求めた。


♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡


「美空さん、妻から何か預かりませんでしたか?」


「いえ、何も…」


僕は、そう言うとリリーのお墓にお花を供える。


「おかしいですね。美空さんが最後なんですがね」


「どういう意味でしょうか?」


僕の隣に貫井さんは、立つと束で線香に火をつけた。


「美空さん以外の人には、話を聞いたって事です」


「そうですか」


僕は、差し出された線香の束を半分受け取ってリリーの墓に手を合わせた。


「妻とは、どれくらい男女の関係になっていましたか?」


「先ほどもお話しましたが、それはありません」


眼鏡の奥から見える殺意のような怒り。


それに怯まないようにハッキリとした口調で僕は告げた。


「それは、おかしいですね。リリーは、その手の事が大好きな人間です。美空さんが男とわかって誘惑しないなんてまずあり得ないです」


ニタニタと笑いながら、貫井さんはポケットから煙草を取り出して火をつけ始めた。


「男だという認識をされていなかったのかも知れないですね」


僕は、動揺しているのがバレないようにそう言った。


「美空さん。妻を好きでしたか?」


「はい。愛していました」


「百合子に気持ちを伝えた事は?」


「ありません。リリーは、僕に男を見ていませんでしたから…」


嘘もここまで、つけたらたいしたもんだろ。リリー


♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡


三度目を境に僕達は、週に3日。この中間にあたる場所で待ち合わせした。リリーと僕はラブホテルに行き、何度も肌を重ねた。


「じゃあ、いくね」


「はい」


「妻とは、男女の関係は?」


「ありません」


「やり直しだよ!美空!目が泳いでる」


「ごめん」


リリーの夫は、リリーと別れてはくれなかった。


「また、痣が出来たね」


僕は、練習が終わるとリリーの太ももの痣を指でなぞった。


「きっと、私。夫に殺される」


「じゃあ、今すぐ逃げよう」


僕の言葉にリリーは、首を左右に振った。


「どうして?」


「逃げたら、美空も殺されるわ。美空には、生きて欲しいの」


そう言って、リリーは僕の頬を優しく撫でる。


「リリーのいない世界を生きていくのは嫌だ」


僕は、そう言って泣いていた。


「そんな事言わないで美空。もっと早く、美空に出会いたかった。夫と出会う前に…」


リリーは、そう言って僕にキスをしてきた。


「じゃあ、始めましょう」


「うん」


僕は、リリーと向き合った。


「妻とは、男女の関係は?」


「ありません」


「やり直し、また動揺してた」


「ごめん。待って」


僕は、頬をパチパチと叩いた。


「妻とは、男女の関係は?」


「ありません」


「妻から、何か預かりませんでしたか?」


「いえ、何も…」


僕とリリーは、何度も何度も練習を繰り返した。


それから、二ヶ月が経った。季節は、すっかり春を通り越して夏になった。


「妻から、何か預かりませんでしたか?」


「いえ、何も…」


「美空、とってもよくなったわ!」


リリーは、そう言って喜んでいた。


「ねぇ、リリー。これはリリーが死んだ後のやりとりなんだよね?」


「そうね」


「リリーが死ななければ、こんなやりとりはないわけだから…。もう今日で終わりにしようよ」


そう言った僕の頬にリリーは、手を当てる。


「美空、それは駄目よ。夫と別れない限り、いつこんな日が来るかわからないのよ。美空」


そう言って泣いてるリリーの涙を僕は拭っていた。


「一億の保険金がかけられているの」


リリーの言葉に僕は驚いた顔をしていた。


「最近、調べてもらってわかった。だから、私はいつ殺されるかわからないの…」


「リリー、そんな嫌だよ」


僕は、リリーを抱き締めた。


「美空、約束して。必ず、預けたものを届けると…」


「リリーの命と引き換えじゃなきゃ駄目なのか?そんなの…」


「ごめんね。美空…。そうしなくちゃ…」


その日、リリーは僕をたくさん求めてきた。僕達は、もう深い沼に落ちていたんだと思う。


♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡


「そうか!私の見当違いだったってわけか…」


貫井さんは、そう言って煙草に火をつける。


「リリーは、どうして死んだのですか?」


僕の問いかけに、貫井さんはわざとらしく目を伏せてからポケットから取り出したハンカチで涙を拭う。


「目撃者によると、電車に飛び込んだらしいんだよ。何やら思い詰めていたように見えたらしい。やはり、子供が出来ない事を悩んでいたのではないだろうか?」


「そうですか」


「君には、何か相談していなかったか?たくさん、君に会いに行っていたと思うんだが…」


僕は、その言葉にゴクリと生唾を飲み込んだ。


「そんなに会ってはいませんよ」


「そうか?じゃあ、百合子はいったい誰に会いに行ってたのかな?」


「それは、僕にはわかりません」


貫井さんは、煙草を消してポケット灰皿にしまった。


「そうか…。長く引き留めてすまなかったね」


そう言って、貫井さんは腕時計をチラリと見る。


「君は、本当に百合子から何も聞いていないのかな?」


「はい」


「嘘は、ついてないようだね」


「はい」


貫井さんは、眼鏡をあげながら僕を見つめる。


「あの、最後に一つ聞いてもいいですか?」


「何だろうか?」


「あの日、リリーに何があったかを知る事は、もう二度と出来ないのでしょうか?」


貫井さんは、また煙草に火をつける。


「出来ないね。誰にも無理だ…」


「そうですよね。変な事を聞いてすみませんでした」


「いや、構わないよ。ただ、あの日、百合子は旅行に行こうとしていた。君ではないのなら…。誰に会いに行こうとしたのか今となっては、わからないけれど」


僕は、その言葉に貫井さんを見つめる。


「旅行に行こうとした人が自殺などするのでしょうか…」


「ハハハ、人間なんてわからない生き物だよ!百合子は、不倫をしていたんだろう。それを悔やんで死んだんだよ」


そう言って、煙草を消していた。


「それじゃあ、私は失礼するよ。もう、君に用はないから…。すまないね。わざわざ呼び出して…」


「いえ、大丈夫です」


「ゆっくり百合子と話してくれ。時々は、手を合わせに来てくれたら百合子も喜ぶだろう。それじゃあ…」


そう言って、貫井さんはいなくなった。僕は、貫井さんが見えなくなるまで見つめていた。


「はあー」


その場に、僕は膝から崩れ落ちる。


「ありがとう、美波君」


「佐伯さん、協力できましたか?」


「ああ、本当に助かったよ」


「それなら…」


「探してた証拠が見つかったようだ。引き留めていてくれたお陰だよ!本当にありがとう」


「いえ、それならよかったです」


佐伯さんは、僕の肩を叩いた。


「捕まえるのは、警察の役目だ。ありがとう、美波君」


「いえ」


「それじゃあ、私は行くよ」


「はい、お気をつけて」


「リリーちゃんとゆっくり話してくれ」


「はい」


佐伯さんは、そう言って笑った。


「あっ、そうだ」


そう言って佐伯さんは、僕を見つめる。


「どうされました?」


「美波君に言うのを忘れていた。リリーちゃんは、あの日、美波君と一緒に逃げるつもりだったんだ」


「えっ?リリーが?」


僕の目から涙がスーっと流れ落ちる。


「ああ」


そう言って、佐伯さんは僕に何かを差し出してきた。


「これは?」


「リリーちゃんから届いた手紙の中に美波君への手紙が入っていたのを忘れてしまっていた。すまない」


そう言って、佐伯さんは僕の肩を叩いた。


「ゆっくり、リリーちゃんと話してくれ。じゃあ」


「ありがとうございました」


僕は、佐伯さんに深々と頭を下げた。


♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡


リリーと出会って、もうすぐ一年が経とうとしていた。


「ねぇー、美空」


「何?」


「後、四日で出会って一年が経つじゃない?」


「そうだね」


「明後日から、あのひと出張に行くの」


「そっか」


僕は、そう言ってリリーを見つめる。


「旅行に行きたいって話」


「旅行?」


「二泊三日でどう?泊まりなんかした事なかったでしょ?」


「何、急に…。変だよ。リリー」


僕は、そう言ってリリーの頬を撫でる。


「そんな事ないよ。離婚出来ないから、美空と一緒に旅行ぐらい行きたいと思ったの」


僕は、嫌な予感を拭い去る事は出来なかった。だけど、リリーがそうしたいのならそうしてあげたかった。


「また、痣が増えたんじゃない?」


ここ、二ヶ月リリーの体についた痣は薄まるどころか増えていっていた。


「お腹とか太ももとか背中とかね…」

リリーは、そう言いながら痣を触っていた。


「殴り殺されたりしたら嫌だよ」


僕は、リリーの手を握りしめる。


「それは、ないよ」


そう言ってから、リリーは僕の頬を撫でた。


「リリー、旅行行こう。ゆっくり温泉にでも入って…。蟹でも食べに行こうか?」


「金沢とかにする?」


「それいいね」


僕は、そう言ってリリーに笑いかける。待ち合わせ時間は、朝の9時で青いコートで出会った駅で待ってると指切りをして僕とリリーはその日帰宅した。


四日後ー

キャリーケースをひいて、僕は出会った駅で朝の八時からリリーを待っていた。寒さに凍えそうになる体を擦りながら、リリーを待ち続けた。その日、何時間待ってもリリーは現れなかった。嫌な予感がして、ニュースを片っ端から調べてもわからなかった。

それから、毎日僕は【丘の上の住人】のチャットでリリーに声をかけ続けた。

何かあって、メッセージを送ったら旦那さんにバレてしまう恐れがあったからだ。僕は、リリーとの約束を叶える為に連絡が来なくなって10日後、佐伯さんに会いに行った。佐伯さんは、新聞記者だった。僕の渡したものと僕の話を聞くと、すぐに同級生で刑事の浜谷はまたにさんに連絡をしてくれた。

それから、二人は水面下で色々と動いてくれていた。それから10日が経った頃リリーからメッセージがやってきたのだ。


【美空さん、大事なお話があります。こちらに明日お越しいただけますか?】


堅苦しい文章に、リリーではないのはすぐにわかった。そして、リリーがもうこの世界のどこを探してもいない事はわかっていた。だから、来るしかなかった。

待ち合わせ場所に来る前に、佐伯さんからどうしても証拠が後一つ必要だと言われた。その為に、リリーの旦那さんをどうにか引き留めておいて欲しいと頼まれたのだった。僕は、その言葉に頑張ってみます。と約束した。


♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡


「リリー、褒めてくれないか?いつも、みたいによく出来たねって…」


僕は、リリーのお墓を撫でながら話していた。佐伯さんがリリーに接触してきたのは、二年前だったとリリーから聞いた。佐伯一夫の妹である真喜子まきこは、リリーの夫と結婚して7年目に電車のホームに転落して死亡した。夫は、5000万という保険金を手にしたと言われたと話していた。夫を疑いたくなかったリリーは、調べる勇気をなかなか持てなかった。僕と出会い会うようになって、ようやくリリーは自分にかけられた保険金を調べたと佐伯さんは言った。DVだけではなく殺人までとなれば話は違う。リリーは、一人で色んな事を調べたと佐伯さんは言っていた。ただ、その書類を佐伯さんには預けてはくれなかったと…。


僕は、リリーからの手紙を開いた。


「リリー、何で死ななくちゃいけなかったんだよ」


僕は、手紙をグシャグシャと握り締めて泣いた。


【もしも、生きていけるのなら美空と生きたい。旅行に行って、そのままどこかに行きたい。私は、美空と一緒にいたい。だから、美空】


手紙は、そこまでで終わっていた。そして、空白の後の最後に震えた文字で【愛してる】と書かれていた。


「リリー、リリー、帰ってきてくれよ。リリー」


僕は、リリーの墓にしがみついて泣いていた。


ブー、ブー


「はい」


『先ほど、貫井蒼介が逮捕されました』


「本当ですか?」


『はい。妹の事故も殺人だとわかりました』


「証拠が出たんですね?」


『はい。美波君が貫井を引き留めていてくれたお陰です。ありがとうございました』


「こちらこそ、ありがとうございました」


僕は、佐伯さんとの電話を切った。


「リリーが託した願いはちゃんと叶えたよ」


僕は、リリーのお墓を撫でる。


「愛してる、リリー」


どこからかやってきたアゲハ蝶が、僕が供えた百合の花束にふわりと止まった。暫くして突風が吹くと蝶は僕の肩に止まった。

【ありがとう】とリリーが言った気がした。


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