六話 『巻き込まれるのはもうごめん』

香織様と王子をコンビニで目撃して数日が経った。王子にも香織様にも気付かれることはもちろんなかったが、気持ち的な問題であそこらへんのコンビニには一切立ち寄らないと決めた。



「おはようございます。透華様」



「あ、美月さん、おはようございます。あら、今日はポニテールなのですね?とても可愛いですわ」



「ありがとうございます。透華様」



そう言って彼女は笑う。うーん、可愛い。彼女の名前は水瀬美月。クラスメートだ。長いサラサラな黒髪にぱっちりとした二重で整いすぎて逆に怖いぐらいに小さな顔。その上、性格も良く、記憶力が非常に良いときたものだ。だからーー、彼女は一度聞いたら絶対に忘れない。



「あ、円野くんおはよう」



「み、水瀬さん!?お、おはよう……!」



そう言って笑顔でみんなに話しかける姿は正しく女神だ。なんたって原作だと一番最初に美穂ちゃんの味方についたからね。個人的に華鈴様と美月さんの絡みが好きなのでこの時点で絡んでくれないかなぁ。そう思っていると、



「白鷺さんに水瀬さんに城ヶ崎さんおはよう」



「あ、おはようございます。西園寺様」



「おはようございます。西園寺様」



私達は二人揃ってペコっと頭を下げるけど、華鈴様は会釈をしてその場から立ち去っていく。



「ふーん、そっか」



えっ、何ですかその笑みは。怖いんですけど?何?会釈だけでは満足出来ないってこと?それとも落ちてないから?そう思っていると、西園寺はいつもの笑顔に戻りながら美月さんにこう言った。



「あ、水瀬さん。そのヘアスタイルいつもと違うよね?かわいいよ」



「えっ、あ、ありがとうございます……!」



……この男……華鈴様のことが本命な癖して美月さんまで落とそうとしてるの?ひぇー、怖い。そう思いながら私は教室へと向かっていった。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



悪口というのは負の連鎖だ。同類でしか生まれないようなそんなくだらないものだ。それは即ちーー、



「はぁ!?水瀬さんが!!西園寺様に!?私だって今日ヘアスタイルを変えましたわ!何で水瀬さんだけ……!」



嫉妬の炎が大きくなっていくのをひしひしと感じる。ヤバイ、と本能から語りかけているのにそれを止められない自分が憎く感じていた。



「皆さん落ち着いてください。伊集院様も見ていますし?」



とりあえず、王子をダシにすることにすることにした。ほらほら~、そんなこと言ってたら王子に嫌われちゃうわよー、と言うと、みんな黙ってしまう。やはり、王子は最強の切り札だ。



「うっ……それもそうですわ……」



案の定、みんな黙っている。ああ、本当に王子様様だ、と思いながら授業の準備をした。



あれから数日が経った。あの事件も鎮火し、美月さんに攻撃する不名誉な奴もいなくなったと思われていた。思われていたのにーー



「あ、水瀬さん、向こうで冬馬が呼んでたよ」



「え……?伊集院様が?今すぐ向かいます」



そう言って美月さんは廊下を早歩きで去っていくのに対し、こちら側は怒りが爆発とでもいいたげに美月さんを睨みつけている。王子!!何でそんなことするの!?



「生意気」



そんな言葉が聞こえてきた。ま、不味い。折角、あの事件は鎮火したと思ったのに!!今度はこっち!?



「……西園寺様だけではなく、伊集院様まで……」



「流石にこれはねぇ?」



あばば。ヤバイ。もうあの切り札使えねぇーー!西園寺いないもん!どっか行ったもん!!ちゃんといろや!!



「前々から思っていたのよ、生意気だって。西園寺様のとこや、伊集院様のことを抜いても…気に食わない。」



「ええ、私もそう思いますわ!」



ヤバイよ、これ私に同意求められて美月さんを虐める気だ。そういうの少女漫画で見たもん!そしてそれがトラウマになってーー。



「下らない。そうやってすることしか頭にないわけ?」



と、思っていると、声が聞こえてきた。ああ……!流石華鈴様!彼氏(仮)がポンコツでも華鈴様は有能だもんね!



「は?もう一度言ってみなさいよ!」



華鈴様の登場により、女子達の顔は歪んでいくが華鈴様はそんなこと気にせずズバッとこう言った。



「下らないって言ったのよ?もう一回言ってあげましょうか?」



そう言って華鈴様は女子達を睨みつける。その迫力に思わず女子達も一瞬言葉を見失ったようだが、



「何なのよ、理事長の孫だからって調子に乗らないでよね!」



「ええ、そうですわ!ほら、透華様も何か言ってくださいよ!」



ええーー!?ここで私を巻き込むの!?嫌だよ!華鈴様にこれ以上何か言うなんて!あの日以降人の悪口は言わないって心に誓ってるんだからぁ!私がそう思いながら、あわあわしていると、



「どうしたの?前みたいな迫力が全然無いじゃない。やっぱり、小物ね」



そう言って華鈴様は去っていく。そうだよ、私は小物だよ。それは自分でも理解していたはずの部分だ。だと言うのにーーー。



「な……なんていう生意気な態度!透華様!あんな態度許してもいいんですか?」



許すも何も本当のことだ。本当のことを訂正することなんて出来ない。だと言うのに周りはごちゃごちゃと……



「透華様!」



うるさい。



「透華様!正義の真髄を!」



うるさい。



「透華様!」



宗教のように、私に何かさせようとする輩達。これが前の私なら調子に乗って華鈴様に喧嘩を売っていただろう。でも、今のは私にはーー



「透華様!」



「うるさいな!!今は静かにして!」



「と、透華様?」



信じられないものを見るみたいに他の子達は、 不安そうに私を見ている。まるで、自分達が何か無礼なことをしたのか、という表情をしている。それに私はずっと思っていたことをぶちまける。



「うるさい!って言ったの。そんなことも分からないの?いつもいつも同じ話聞かせやがって!それしか話題がないの?美月さんのことだって逆恨みしているだけじゃない!」



ずっと思っていた。世の中には沢山の娯楽があるのに、みんなが話すのは人の悪口ばかりだ。たまにならいいけど、こんなにも毎日悪口大会を開催されても困る。先生の愚痴しか共感出来ないこっちの身にもなって欲しいものだ。



完全に冷えている空気。でも、私は言えたことを言えて後悔はしていない。だけど、これからはぼっちだろう。あれだけ散々なことを言ったのだから、ついてくる人達がいるとも思えなかった。



「(でも、媚びる……鬱陶しい人達がいなくなったと思えばそんなに悪く…ないのか?)」



私はそう思いながら次の授業の準備をした。



△▼△▼



あれからまた一ヶ月が経った。一ヶ月経った分かったことは、今の私はぼっちだということぐらいだ。私と目が合うとみんな目を逸らすんだもん。悲しいよ



だけどこの前教室に居場所がなくて絶対に誰も来ないトイレにコソコソと弁当食べることに全然抵抗がなかった。むしろ、安心したし。ぼっちであることを身体が求めているのでは?とそう思った程に。前世のことは全く思い出せないが、これだけはわかる。



「悲しい最後を迎えたんだろうなぁ……」



きっと誰も見守れることなく死んでいったのだろう。やだ、悲しくなってきた。



「あ、あの……!」



そう思っていると、声を掛けられた。緊張感がこっちにも伝わってくる。



「……何かしら?」



「に、二時間目の化学……理科室に移動ですよ……城ヶ崎様!」



そう言って女の子は逃げるように去っていく。……私は相当怖がられているみたい。そんな酷いことしないのに。



「透華様、おはようございます」



そう思っていると、美月さんに声を掛けられた。…変わらないものだってあった。美月さんと華鈴様だけは態度が変わらないし、昔と変わらない接し方をしてくれる。それは私にとっての救いだ。だけど、その一歩は踏み出せない。友達になろう?なんて、言えるわけがなかった。美月さんはともかく、華鈴様は応じてはくれないだろう。



なら、美月さんに友達になってくれ!と言えばいいのだが……やはり、この関係が心地よくてこの関係を崩したくなかった。そう思った時だ。私の髪からボトッと音がした。なんだろう?と思いながら手で掴むと、ヌメヌメした何かだった。



「え……?」



突如、ピョンと飛び跳ねるその物体を二分ぐらいかかってようやく理解した。だけど、理解出来た時にはすでに遅く……。



「ーーーー」



私は静かに床に崩れ落ちた。虫が私の髪に纏わり付いていることを理解なんてしたくなかったからだ。遠くからキャーという声が上がっているが、そんなこと気にする余裕もなく……



「透華様!?」



最後に聞いたのは美月さんの困惑した声だった。


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